13 エミール -盗撮-

 あの後、僕はそのまま寝てしまったらしく、気がついたらフレデリカさんはもういなかった。


次の日は登校日では無かったので、家に帰って昼過ぎまで寝た。おかげで調子が万全だ。

そのまま研究室に赴く。


「エミール君、体調は平気なのか?」

「ご心配をおかけして、申し訳ありません。無事回復しました」

フレデリカさんに心配してもらえて、ますます体力が回復した。120%である。


「くれぐれも無理はするなよ」

そう言って、フレデリカさんは自分のデスクに戻っていった。


「良かったねぇ、心配してもらえて」

ニヤニヤ顔のペトルが茶化して来る。


「へへ……」

「嬉しそうな顔しちゃってまぁ……」

呆れた顔をしたペトルが、学院での進捗を聞いて来たので説明をする。


「お前も狙われたのか……まぁ狙わないハズがないよなー」

「で、音楽室に『置き型の録画機』を置いておけば殿下との何かが撮れるかもしれない」


「ピアノはそこにしか無いのか?」

「発表する大きな講堂にもあるけど、練習するとしたら音楽室だと思う」


「録画機の録画時間は最大7時間しかないだろ? 毎日魔石の交換に行くと、誰かに見つかったらヤバイよな……」

「そうなんですよ……怪しすぎる」


「あ、ちょっと待ってな。いいもんが……」

ゴソゴソとペトルが、物を詰め込まれたロッカーを漁ると、魔道具修理で有名な店の制服が出てきた。


「これは……?」

「お前さんは、金持ちだから知らないだろーけど、ウチらはこういうバイトもすんの」


ペトル達は、材料費のために時々修理のバイトをしているらしい。結構時給が良いのだとか。


「よし、着てみろよ」

「ペトル……洗った?」

「……ちょっと汚いぐらいが、本物っぽさが出るだろうが」


洗ってないのか……しぶしぶそれを着ると、少し足の丈が足りなかった。


「くっ……嫌味なヤツめ……。まぁ、これで音楽室の空調の修理のフリでもすりゃー大丈夫だろ。後は帽子でその髪隠して、顔は……粉塵マスクでもしてろ」

一通り着てみると、どこからどう見ても修理人だ。足丈はブーツで隠せば良いだろう。


「うし。かなり貸しだかんなー。絶対……、絶対可愛い女の子紹介しろ……っ!」


 妙に力の篭った手で肩をバンバン叩かれる。普通こういう時は金銭か仕事の取り計らいが常だった僕は、素直な友情を嬉しく思った。


「絶対全力をかけて、良い子を紹介します……!」

とはいえ、どうやって見つければ良いのだろうか……、こういうのは後で友人のバートン・フォシェイにでも聞いてみよう。



✳︎ ✳︎ ✳︎



 授業中ならば動き回っても目撃されることは少ないだろうと踏んで、昼前の4時限目の真っ最中に音楽室へ向かう。音楽の授業が無いことも確認済みで、制服に着替えて変装も完了している。

誰ともすれ違うこともなく、あっさりと音楽室へと到着した。少しドキドキしていたので拍子抜けだ。


 ピアノの真上の空調部分に録画機を仕掛けた。ここなら、ピアノを弾く殿下と歌う男爵令嬢の二人が映るだろう。

『録画機』を起動させて、その場を去る。これで、夕方の6時半くらいまでは録画出来るはずだ。

文化祭までは後2週間なので、それまで頑張れば良いだろう。僕は着替えて、自分の授業の準備をしに選択教科練へと戻った。




 授業を終え、回収までの時間稼ぎにブラブラと校内を彷徨く。文化祭が近づいているからか、看板等を作っている生徒が多い。歩いていると、色んな生徒から「文化祭はうちのクラスへ来てくださいね」と声をかけられる。


 私の授業を選択している男子生徒のクラスでは、『メイド喫茶』なるものをやるらしい。

『メイド喫茶』なるものが良くわからないが、楽しそうで何より。




 前方から、ピンク頭がこちらへ小走りに近寄って来た。


……げっ


「エミール先生! 探しましたよ!」


 頬を膨らませてプゥと言った感じで、むくれるエヴァレット男爵令嬢。その後ろから、騎士団長子息のサイモン君が慌てて追いかけてくる。


「え……? 私に何か用でしょうか?」

「私の歌を聴いてください……っ! そうしたら、きっと必ず私の伴奏をしたくなるハズです!」

まだ諦めて無かったのか? 確定事項みたいに話される事が気持ち悪い。

歌に何か精神操作系の魔法でも仕込んでいるのだろうか。仮にそうだとしても打ち消す方法はいくらでもあるし、その手の魔法を防ぐ魔道具はピアスにしていつも身につけている。


「ソフィ……いきなり走ったら危ない。……また転ぶぞ」

サイモン君が男爵令嬢を窘める。

「大丈夫だって、サイは心配性だなぁ……」


 二人は愛称で呼び合っているのか? サイモン君にも婚約者はいたはず……確か辺境伯のご令嬢で、この学院には通っていないとか。


「ごめんね?」


 男爵令嬢がサイモン君を見上げて謝ると、真っ赤になって顔を逸らした。それを見た男爵令嬢は満足気にすると、こちらに向き直って再度お願いをして来た。


「アーネスト殿下が伴奏をするという話ですよね? 頑張ってくださいね」

有無を言わせないように、にっこりと微笑みながら返す。


「それじゃダメなの。殿下じゃ優勝できない。エミール先生じゃないと……」


 殿下じゃ優勝出来ない? なぜこうも言い切れるように毎回言うのだろうか。まるで、未来がわかっているような……。未来予知の魔法は過去に何人もの魔法力学者がトライしたが、実現には至っていないのだが。


「そもそも、何度も言ってるように、私は数学教師です。伴奏は出来ませんよ?」

「本当に弾けないの?」

「ええ、全く。忘れました」

「ええ〜」


 男爵令嬢は、ブツブツと小声で「スチルが」「バグ?」「アーネストに置き換わった?」等を呟いている。また、わけわからないことを言っている。

どうして、男爵令嬢の周りは放っておいてるんだろう。



見かねたサイモン君が、男爵令嬢の肩に手をかける。

「先生もこう言っている。……そろそろ殿下の元へ戻らないと……。」

「殿下がお待ちとは! 早く向かった方がよろしいですよ。応援していますから、頑張ってくださいね」


 そう言って強引に話を終わらすと、そそくさと退散した。男爵令嬢はまだ諦めて無さそうだったが、サイモン君に促され音楽室の方へと向かっていった。



✳︎ ✳︎ ✳︎



 夜になって録画機を回収すると、バッチリ撮れていた。そのまま魔石を回収し、新たな魔石に交換する。


 映像には、サイモン君と令嬢が慌てて音楽室にやって来て、先に待っていた殿下と練習を始める。


殿下はこの間聴いた時より、ピアノの腕が若干上達していた。あの後練習でもしたらしい。

終始殿下と男爵令嬢は普通に練習をしていただけで、特に何かあったわけでは無く無難な会話しか収録されていなかった。


他には休憩時間に女生徒達が、男爵令嬢の悪口を言っているモノが撮れていたりした。

どうやら同性には嫌われているらしい。僕も男爵令嬢に対しては良い気持ちを抱いてはいないが、淑女達がかなり酷い言葉で悪様に罵る様子は少しゲンナリした。


 数日は何も起こらず練習するだけの日々が繰り返されていたが、文化祭の前日に音楽室で突風が吹き楽譜が飛ばされそうになる。それを男爵令嬢が掴もうとして、殿下の上に倒れてしまったのだ。

録画機は上からの視点のため、二人がどれくらい密着しているのかはわからない。

令嬢がしきりに謝り、殿下の上から退こうとすると殿下が令嬢の腰に手を回して抱き締めた。


しばしお互い無音が続いたが、

「悪い……つい。……すまなかった」と謝り、令嬢を解放した。


 ううーん……微妙なラインの映像だが、これだけでも撮れたのは良かっただろう。早いところ、将来の話でもしてくれないものだろうか……。


フレデリカさんを側妃にするとか、そういう話をしてくれれば……。そんな都合の良い事にはいかないか。まぁ、男爵令嬢の複数人とのイチャイチャ映像も集めておいたら、後で何かに使えるかもしれないし。

空調に隠した録画機を回収する。やはり、令嬢が現れたら勝手に起動するものが欲しいな……。そうしたら、学院内のめぼしい場所に設置できるというのに。



 研究室へ行ってペトルに、『令嬢の姿を察知したら勝手に録画の起動が入り、去ったら起動を終了させるもの』は出来ないかと相談してみた。


 ペトル曰く、令嬢探知レーダーが出来れば簡単に応用が出来そうとのこと。まずは、レーダーの完成を待つことにする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る