12 エミール -想い-
徐々に頭に血の気が戻ってくると、床に寝かされていた。フレデリカさんと他の研究員が僕を覗き込んでいる。
「少し顔色が戻ってきたな。動けるか?」
「……は…ぃ……」
体を動かそうとするが、上半身を起こすとまた血の気が引いてクラリとする。
「あー……、スマン。動くな。動くなよ。いいから」
フレデリカさんは簡易詠唱をすると、僕の体とフワリと抱き上げた。
「!!!!!? ええ!? あの?!!」
俗に言うお姫様抱っこである。
さっき唱えてたのは、身体強化魔法か。
「医務室へ運ぶ。エミール君は寝てなさい」
フレデリカさんの体から伝わる体温と柔らかさで、頭がグッチャグッチャになってしまったが、素直に甘えることにした。
こんな、幸運は二度と訪れないと思うから。
医務室に着くと医官が居なかったので、フレデリカさんにベッドで寝るように促される。
「顔色が随分と良くなって安心したよ。心なしか今度は赤くなってるみたいだから、熱があるんじゃないか?」
フレデリカさんが心配そうに、顔を覗き込んでくる。
「だ、大丈夫です……」
「君は働きすぎだよ。学院に行って臨時講師として働いて、それから研究室に来て研究してるだろ? ちゃんと寝てるのか?」
休日返上で魔道具にかかりきり、そのまま学院に行ったので、原因は疲れと寝不足だろう。
「はい……多分。」
フレデリカさんは、はぁ……と呆れたようにため息をついた。
「まぁ、いい……。ちゃんと休むんだぞ。じゃあ……」
そう言って、席を立とうとするフレデリカさんの腕を咄嗟に掴んでしまった。
「ん?」
「すみません!」
パッと手を離して謝る。フレデリカさんとこのまま別れたら、もう二人きりに
なるチャンスが無いかもと思ってしまったら、つい離れがたくなってしまった。
「どうした?」
フレデリカさんは椅子に座り直して、尋ねる。
「あの……もう少し、ここに居てもらえませんか……?」
つい、口に出してしまった。後悔したがもう遅い。
「いえ、迷惑ですよね。忘れてください」
嫌われたくなくて、必死に取り繕う。なんだろう、弱ってるのかな。
男爵令嬢との件で気力も減らされたし、最近フレデリカさんと会えるのも少なくなったし、何より殿下に会ってから、フレデリカさんの結婚が迫ってる事を実感してしまった。
今までも殿下の婚約者だと言うことは理解していたが、リミットは確実にカウントダウンが始まっている。
「かまわないよ。少しここにいようか」
優しげな瞳で見つめてくる。
フレデリカさんの優しさに、涙が滲んでくる。ポロリと目の端から涙が溢れた。そんな優しいところも大好きです。
貴女に会いたくて、ここまで来たんです。一目惚れでした。
いっぱい勉強も頑張りました。貴女との約束を守るために。好きです。大好きなんです。
たった二つの短い言葉。『好き』
でも、この言葉は口にする事が出来ない。
なぜなら、フレデリカさんには婚約者がいるから。婚約者がいるというだけで、想いさえ口にすることが出来なくなる。
僕と結婚して欲しい。魔法力学は続けていいし、何でも望みは叶えてあげたいのに。
どうして、どうして貴女はあんなヤツの物なんだ。
その事実が、たまらなく、辛い。
ボロロと続けて涙が溢れ出て、止まらなくなる。
フレデリカさんは、黙って涙を拭ってくれる。
拭うそばから新たな涙が溢れてしまうというのに。
「ごめ……ん…なさぃ……」
「いいよ。人は泣ける時に泣いた方がいい。我慢する必要はないんだ」
「く……うぅ……」
「よしよし」
サワサワと細い指で頭を撫でられる。
「フレデリカさん……尊敬してます」
「ふふ……ありがとう。嬉しいよ」
「ずっと……昔から、尊敬してたんです……」
「うんうん。尊敬してくれる後輩がいる私は幸せ者だな」
「本当に……尊敬してます……」
好きと言えないのなら。
せめて、他の言葉で伝える我儘を許して欲しい。
今ここには、二人しかいないから。
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