11 エミール -イベント2-

 寝ずに作業したからか、フラフラであるものの頑張って授業をこなす。


はぁ……やっと終わった。

メアリーさんは質問を聞きに来ることもなく、またナサニエル君を追いかけて出ていった。


 僕はとりあえず、改良した長時間型の録画魔道具を起動させる。タイリング型をしてお

り、首元で録画が出来る。

短時間型の方は、胸元にラペルピン型として装着した。起動装置はポケットの中にある。起動装置を手で握ってマナを流せば、リンクしズームや集音などの操作が出来る。ただし、手でずっと触れていなければいけないし、自分の魔力も吸われる。


後は、男爵令嬢の固有マナがわかるものを取得しなければいけない。

例えば簡単に採取可能な部位で言えば、血や唾液、髪の毛等がある。現実的なのは、髪の毛かな……。


 あの時、男爵令嬢は文化祭で歌うと言っていた。この間会った時の裏庭か、ピアノがある場所だと練習しているかもしれないと足を運んだ。また、会うのは凄く気が進まないが……。裏庭に行くも空振り。次はピアノがある場所……。



音楽室に行くと……、いた。


エヴァレット男爵令嬢が、また一人で歌っていた。


「あ! エミール先生! やっぱり来てくれたんですね。」

僕を見つけると満面の笑みで、男爵令嬢が近寄って来た。やっぱりってなんだ。僕が来る事がわかってたとでも言うのか。


「いえ、単に通りすがっただけで……」

「嬉しい!」


いきなり抱きつかれた。



え……?



「ちょ、ちょっと何をするんですか!」


 咄嗟に体を引き剥がす。脈絡が無い。意味がわからない。なぜ抱きつく。こわい。

僕を追い回していた女性達でも、こんなのはいなかった。


「エミール先生に会えたのが、嬉しくて……」


ウルウルと上目遣いでこちらを見上げられると、途端にゾゾっとした悪寒が背筋に走った。

ナサニエル君なんかは、この仕草にやられてしまうのだろうか? 全く共感出来ないが。

嫌悪感を必死で抑えて、表面上は笑顔で優しく男爵令嬢を諭す。


「いや、でも……男性にこんな事してはいけませんよ?」

「ごめんなさい……、私……田舎で暮らしてたから人との距離感がわからなくて。田舎では普通だったから」


ん……? 確か、調べによると幼い頃に引っ越して、王都で暮らしてたはずでは?

田舎で過ごしてたのは一時期のはず。なぜ、嘘をつく……?


「私……このせいで、よく誤解されちゃうんですよね……。私にとっては挨拶や、喜びの表現なのに」

男爵令嬢が悲しげに目を伏せ肩を震わせるが、涙は出てないようだ。


「でも、だからといってこんな事はいけませんよ?」

「はぁい。エミール先生、優しいですね……」

ポポっと頬を染めて見上げて来る。うぅ……この上目遣い……、気持ち悪すぎる。



 そしてある事を思い出した。しまった……抱きつかれた時に、髪の毛の一本や二本引き抜けばよかった……。

いや、まだ間に合うと気を取り戻す。


「あの……ちょっと良いですか? 頭に虫が……」

「やだ! 取ってください!」

「目を瞑ってくださいね」



 男爵令嬢は、上機嫌で目をつぶる。普通、頭に虫がいると言われたら怖がるのにおかしいな……。嘘だとわかられているのだろうか?

いつも、この令嬢といると奇妙な違和感がまとわりついて離れない。


虫を取るフリをして、髪の毛を数本勢いよく抜き取る。


「いたっ……!」

「ごめんなさい、絡んでたものですから」


僕は窓の外に虫を離すフリをしながら、抜き取った髪の毛をハンカチに包みポケットにしまった。


――よし、任務終了。




「先生、今からピアノ弾いてください!」

「え……、ですから僕は今はもう弾けませんよ」

「楽譜はこれです!」


ずいッと楽譜を差し出される。

この令嬢はいつも人の話を聞かない。会話のキャッチボールが出来ていない。

そして、僕がピアノを弾けるものだと思い込んでいる……というより、確信してるような感じだ。実際、今でも時々は弾いているので弾けなくはないのだが……。


「いえ……ですから……」

弾いて、弾けない、そんな問答を繰り返していると



「そこで何をしている……」



 後ろから急にドスの効いた声が聞こえた。

振り返ると、見事な金髪で金がかった青眼のアーネスト殿下が立っていた。怒っているぞと、全身で訴えて隠そうともしない。これが、フレデリカさんの婚約者……。


「若き太陽アーネスト殿下、初めてお目にかかります。こちらの学院で高等数学を教えてるエミール・フィッツジェラルドと申します」

丁寧に挨拶を述べて、正式な礼をする。


「フン、数学教師が何でここにいる」


 アーネスト殿下は不機嫌な態度を崩さず、こちらをじろっと厳しい目を向ける。ヤバイ……。実際、自分の教室は中央学科練のココではなく、右翼にある選択学科練だ。

職員室に寄りに? いや、職員室は一階で、ニ階の音楽室とは離れている。あぁ……どうしよう。どう言い訳しようか考えあぐねていると、男爵令嬢が助け舟を出してきた。


「アーネスト様ったら! 私が文化祭で歌うことは知っているでしょう? その伴奏をエミール先生にお願いしている所だったのよ」

「伴奏を……?」


射抜くような眼をした殿下に凄まれ、どうにか切り抜けようと頭をフル回転させる。


「文化祭は生徒達の発表の場だと伺っております。伴奏も生徒に頼むべきでは? と考えるのですが……」

「そうだな。教師の手を借りるべき事ではない」


「そんな……! 私はエミール先生にお願いしたいんです!」


 焦った男爵令嬢が反論すると、殿下がそっと男爵令嬢の手を握る。


「ピアノなら俺も弾ける。俺ではダメか……?」

「え、え……? アーネスト様も弾けるの?」

「そうだ。お前のために弾きたい……」

「アーネスト様……」


 うまい方向に転がってくれて、ホッとする。

二人が見つめ合いウルウルしている。もう、完全に二人の世界だ。


「お話がまとまったようですね! 殿下の伴奏楽しみにしております!」

「え……えっ!」

男爵令嬢が、行って欲しくないというような縋る目をされたが、無視して足早に音楽室を後にした。



 しばらくして、音楽室からはピアノが聴こえてきたので殿下が弾いているのだろう。

ピアノは少しぎこちなかったが、練習すれば文化祭当日には大丈夫だろう。

こっそり戻って、録画しようかとも考えたが隠れる場所も無かったと考え諦めた。


 初めてアーネスト殿下と会話したが、何というか……尊大で傲慢そうな子供だった。

こんな男の婚約者なのか、フレデリカさんは。

ギリっと悔しさに奥歯を食い締める。


 まだ、完璧な男なら我慢できたものを……。こんな心が猫の額より狭くて小さい奴だと思うと、耐えられなかった。

僕は悔しさでいっぱいになりながら、学院を後にして研究室に向かった。



✳︎ ✳︎ ✳︎



 研究室についた僕は、ペトルに男爵令嬢の髪の毛を渡した。


「うわー、思ったより早く手に入れられたな」

「いや、遭遇して……なんとか」

「後で聞かせろな! とりあえずコレで作ってみるわ」

「お願いします!」


 研究室にはフレデリカさんもいるので、詳しい事はここで話しにくい。


 今回の録画もすぐに確認したかったが、後回しにしよう。それにしても、今日は疲れた……。早めに帰るかと立ち上がったところ……。

突然耳鳴りがして「これはヤバいぞ……」と思った瞬間、視界がグラリと歪んで意識を失った。


「エミール君!?」


遠くで慌てたフレデリカさんの声が聞こえる。

フレデリカさんは、あまり慌てる事が無いのに……。変……だな……。

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