10 エミール -イベント-

 授業が終わった後、メアリーさんはナサニエル君に声をかけるが、ナサニエル君はそれを無視して出て行ってしまった。それを追いかけるメアリーさん。かなり関係は悪化しているようだ。


ナサニエル君を追えば、男爵令嬢との逢引きを録画出来るかもしれない。

慌てて黒板を綺麗にして、追いかけようとおもったが既にどっちへ向かったかもわからない。



 仕方ないので、それらしい所を彷徨っていると女生徒の歌声が聞こえてきた。

合唱部か何かの練習だろうかと目を向けてみると、エヴァレット男爵令嬢が一人歌っていた。


……げっ


「あ! エミール先生に聞かれちゃった……」

途中で歌を止め、少し恥ずかしそうに上目遣いで僕を見つめて笑う。

途端に背筋に寒気が走って足早に去ろうとすると、呼び止められてしまった。


「ま、待ってください、今の歌どうでした?」

「ええ……? あまり聞いてなかったもので、すみません。では、これで」


「あ、あの、私の文化祭での伴奏がまだ決まってないんです! エミール先生、お願いできませんか?」

男爵令嬢は急に焦って私の服を掴んできた。これでは逃げられないじゃないか。


「なぜ、私に伴奏を……?」

「え、だって、エミール先生は音楽の先生じゃないですか」


「は????」


私が音楽教師?


「いえ、私は高等数学を教えていますが、誰かと間違えてるのでは?」

「え!? そんなはずないでしょ?」

「いえ、本当です」


しばし沈黙が訪れるが、服を握られたままで逃げられない。


「あの、そろそろ離してもらえませんか?」

「エミール先生、ピアノ弾けるでしょう?」

「は? いえ、幼い頃にやっていましたが、今はとても。頼むなら、受け持ちの先生に頼む方がいいですよ?」


「ええ!? じゃあ文化祭はどうしたら良いのよ! エミールが音楽をやってない……? どこで狂ったのよ」


 急に頭を抑えて、ブツブツとわけわからないことを言い出す男爵令嬢。ヤバイ、怖い。関わりたくない。


「では、私はこれで」

その隙に足早に逃げる。建物を曲がった瞬間に、全速力で走って逃げた。


 何故、私が音楽をやっていると思ったのだろう? 確かに、幼い頃は好きでフレデリカさんに会うまでは音楽の道に進みたいと考えてた気もするが。

妙な決めつけで話されると、凄く気持ちが悪い。

なぜ、そんなはずはないと言い切れるのか。


普通はそんな返しはしない。

それとも新たな彼女の手口? 


ペトルに見せて意見を聞きたかった……!

録画をしておけば良かったと後で大変後悔したのだった。


✳︎ ✳︎ ✳︎


 録画時間を伸ばすために、研究室に篭って改良を続ける。幸い休日だったのもあり、実験室を占領できる。高純度の魔石ならば、録画時間は伸びるがそれでも一時間程。

何かあってから起動するより、起動したままでいたい。


前のナサニエル君と男爵令嬢のやり取りも、声は魔法で集音したから収録されていたが、姿は遠目すぎて詳しい事がわからない。僅かに、抱き合った事がわかる程度の物。

課題が山積みだ……。そこでウンウン唸っていると、そこに重い顔をしたペトルとカールが現れた。


「あれ?お二人とも、今日は休日では?」

「詳しいことは聞くな……」


 ペトルは詳しいことは聞くなと言いつつ、自分から経緯を話し始めた。

女の子とダブルデートするも、二人揃って振られたそうだ。


「俺たち、女の子が好きそうな話題がわからねーんだよ! カールは、積極的に喋らねーしよー」

「ごめんよ……女の子を前にすると固まっちゃってさ……。でもペトル君も、他人のマナを勝手に読んで怒られてたじゃないか……」

「途中までは良かったんだよなー。占いみたいに、マナの波形から個人情報当てればモテんじゃねーかって思って……。女の子って大抵占いは好きだろ?」

「だからといって、女の子の疾病傾向とか太りやすいとか……言っちゃダメでしょ」

「太ってないと思ってたから、言ったんだけどなー」


 最終的にペトルが女の子にケーキの食べ過ぎを注意して、怒らせて帰ってしまったのだとか。それは……確かに怒る。


「エミールは、それ改良してんの?」


 僕は二人に問題点を告げたところ、二人が手伝ってくれることになった。

説明している途中で、例のナサニエル君との映像も見せる。


「うっわ……これ、腕に抱きついて自分の胸押し当てるやつじゃね? 映像小さくてわからないけど、令嬢から腕にしがみついたように見えるよな」

「僕もこんな事されたら、このナサニエル君だっけ? 同じことしちゃいそう……」

「どっちの映像も、顔の表情とかわかり辛いなー。やっぱ拡大機能いるよな」

「廊下での方の映像は、声は聞こえるけど、ちょっと聞きづらいよねぇ……」

「そうなんですよ、記録時間も長くしたいけど、集音も拡大もしたい……」

「映像が綺麗じゃなくても良いなら、起動時間伸ばせそうだけどなー。誰が喋ってるか明確にしたいなら、マナ波形と音声のみで充分じゃねーか?」

「でも、それじゃ、行動で何されたかわかんなくないかな。」


 3人でウンウン唸りながら試行錯誤を重ねて行く。結果、動きは多少カクカクし映像も荒くなるが7時間まで記録できるよう伸ばした。


後は別個でもう一つ、対象人物をズームし集音できる機能に特化した物をつくった。こちらは、自分でその都度起動とマナが必要になるが30分程度から1時間程録画できる。起動は別のもので作って、ポケットで起動出来るようにした。


 男爵令嬢の行動をメインに録画したほうが、無駄にならず良いだろうとの事になった。

男爵令嬢の固有マナ情報を得る事ができたら、ペトルが男爵令嬢の位置が把握出来るレーダーを作ってくれることになった。



 基礎は二人に手伝ってもらいつつ、後は研究室に泊まり込んで作業した。ギリギリ完成して、登校日である。


 

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