9 エミール -目撃-

 学院に赴任してしばらく経つと、慣れもあってか落ち着いてきた。赴任して1週間くらいは、授業を選択していない生徒も紛れていたり、授業が終わると教室の外で待機していた女生徒達に追い回されたりして大変だった。


 ヤンネ先生に相談した所、授業を選択していないのに質問に来る生徒、はしたなく追い回す生徒は、マナーの成績を減点すると半ば脅しに似た声明を発表すると追い回される事は少なくなった。ヤンネ先生に感謝だ。



「先生、質問よろしいでしょうか?」

「ええ、メアリーさん。どこかわからないことがありましたか?」


 メアリーさんは、授業が終わった後必ず質問に来てくれる。教科書にはビッシリと書き込みがされており、かなりの努力家だと言うことが伺えた。


「あぁ……わかりましたわ。私、数学は苦手で……すぐには飲み込めませんの。ありがとうございます、エミール先生」

「私も始めの頃は、数学が苦手だったんですよ。」


「えぇ……!? 先生が?」

「最初の頃は、数学は好きじゃありませんでした。音楽の方が好きで……。でも、ある人に追いつきたいと思って勉強してたら、そのうち面白さがわかって好きになれました。」


「そうなんですの……。私も……私も追いつきたい方がいるのです。そのうち面白さがわかるようになるかしら……」


「それは……ナサニエル君の事でしょうか?」


 メアリーさんは、同じクラスのナサニエル・ニューカム伯爵子息の婚約者だ。

クラス内でも、メアリーさんが時々ナサニエル君の事を目で追っている時がある。


少し踏み込んだ質問をしてしまったかな?と思いつつも聞いてしまった。


「そ、そうなんです……。そのうち結婚することになりますから、私も色んな面でお手伝いできたら良いなと……」


メアリーさんが少し顔を赤らめながら答える。


「ふふ……、目標があると人は頑張れますよね。メアリーさんなら、きっと出来ると思います。頑張ってくださいね」

 メアリーさんは、笑顔でお礼をいい教室から去っていった。



✳︎ ✳︎ ✳︎



 学院の渡り廊下を歩いていると、少し言い争うような声が聞こえたので、そっと覗いてみる。


「……酷いです。メアリー様、私を突き飛ばすなんて……」


 メアリーさんは、お友達だろうか他の御令嬢を二人ほど連れていて、倒れたエヴァレット男爵令嬢がフルフルと怯えている。

一見しただけだと、メアリーさんがエヴァレット男爵令嬢を虐めているとも受け取れかねない。こっそりと録画機を起動する。


「さっきから言う通り、私は何もしてませんわ。貴女が勝手に倒れたんでしょう?」

「そんな……。それとも、フレデリカ様に何か命令されたんですか?」

「は……? フレ……ローレンツ侯爵令嬢のことですの? 貴女、本当に何を言って……?」


急にフレデリカさんの名前が出てきたので、ギョッとする。咄嗟に出て行こうとしてしまったが、その前にナサニエル・ニューカム君が現れた。


「メアリー! 何をやっているんだ!」

「ナサニエル様……!」


ナサニエル君はエヴァレット男爵令嬢を庇うように前に立ち、メアリーさんをギッと睨みつける。……これは、悪い予感がする。


「何をやっていると聞いている! ソフィが泣いてるじゃないか!」

「私は何もやっていませんわ! 勝手にエヴァレット男爵令嬢が倒れて……」


「メアリー様は悪くありませんわ! そこの男爵令嬢が勝手に倒れたんです! 被害妄想も甚だしい……!」

メアリーさんのご友人方が口々に庇い男爵令嬢をキッと睨みつけると、ナサニエル君は大きく溜め息をついた。


「メアリー……最低だな。そんな女性とは思わなかった」

そんな捨て台詞を吐いて、ナサニエル君は男爵令嬢の肩に手をまわして去っていった。



メアリーさんの様子が気になったが、慌ててこっそりと二人の跡をつけた。勿論録画は起動したまま、今回は純度が高めの魔石を使用しているから一時間は録画できるだろう。


少し遠目で音声が聞き取れないので、風魔法で音声をこちらに運んで聞こえるようにする。


 二人は人目が少ない校舎裏まで来てベンチに座ると、グスグスと泣く男爵令嬢を慰めていたがナサニエル君は男爵令嬢の涙を拭き取ると、会話を始めた。


「私の婚約者がすまない……メアリーが君に酷い事を……」

「ううん、メアリー様は悪くありません! 私が殿下のお言葉に甘えてしまったから……本当はちゃんと身分差とか考えないといけないんですよね……」


「そんなことも言われたりしたのか? しかし、遠慮することは無いんだ。殿下がお許しになってる事に、誰も異論は唱えない」

「でも……やっぱり、良くない事だと思います。ナサニエル君にもこれから近づきません」


「ソフィ……! そんな事をする必要はない。私はこれからもソフィと話したい……いや話してくれないだろうか。ソフィといると癒されるんだ……」

「ナサニエル様……!」

そのまま二人はグッと距離が近づく。


「ナサニエル様……優しい……。私、甘えてしまいそう……」


男爵令嬢はそのままナサニエル君の腕にしがみつくと、コテンと肩に頭を乗せた。


ナサニエル君は真っ赤になって、ぎこちなく頭を撫でている。


「いくら甘えてもいい……何でも言ってくれて構わない。私が全力で叶えよう」

「ありがとう、ナサニエル様大好き!」


男爵令嬢はナサニエル君に抱きつき、ひとしきりイチャイチャしてから去っていった。



 ――録画終了



 初っ端から、何やら凄いものが撮れてしまった。これは、婚約者がいる子息がやる事では無い。明らかに限度を超えていて、男爵令嬢が愛人だと言われたら納得してしまう。


それにしても、会話の流れがおかしい。


先程は転んだだけじゃ無かったか? 転ばされたという事が仮に真実だとしても、身分差云々は全く出ていなかったように思えるが。


それに、男爵令嬢は殿下と良い感じでは無かったんじゃないのか……?

ナサニエル君に鞍替えしたのだろうか……それだったら、かなりマズイが……。


 とりあえず、録画機を大事に懐にしまって誰もいないのを確認してしてから出ていった。これは、ひっそりと行動するために認識阻害の魔道具も作るべきだろうか。しかし、開発するだけの時間は無さそうだ。

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