17 エミール -接触-

 あれから数日後、僕が部屋を借りているホテルに伝言が託けられていた。

『明日、夜19時 ウタン通りの〈小鳥の囁き亭〉で話し合いたい』

尾行中に会った相手だろう。万が一の事を考えて、防御用魔道具を多めに身につけていこうか。


 約束の日時になり〈小鳥の囁き亭〉に足を運ぶ。店は蔦に覆われアンティークな雰囲気が漂うカフェだった。扉にはcloseと書いてあるが、構わずドアに手をかけるとギィと古い音がして開いた。


 店内のカウンターに一人いるマスターに、目で促され着席する。落ち着いた曲が流れており、なかなか居心地の良さそうな場所だ。こんな要件の場所では無かったら、通いたくなったかもしれない。


店を訪れて暫く経った後に、一人の小柄な女性が横に座った。童顔で、フワフワとした茶色の髪の毛をしている。前に会った人物で間違いないだろう。


「アンタ、あの男爵令嬢を追ってるの?」

「ええ、貴女もでしょう? ずっと貴女の姿があったから、協力出来ないかと思いましてね」


あの時見かけたダケなのだが、前から知ってるんだぞとハッタリをかけてみる。どうせ、あの時だけでは無いだろう。


「フゥン……、エミール先生バレバレだよ。アンタの目的は何? 第二王子派? 王弟派?」

女にイキナリかけていたメガネを剥ぎ取られ、素顔が露出する。

やはりバレてたか。まぁ、想定内。


「私はどちらでも無いですよ。それに、貴女がどちらでも構わないです。ただ、面白い映像があるので見ていただきたくて」

まず、自分から持ってる情報の一部を晒してから交渉だ。


「ヘェ……見せてみなよ」

「私たち以外がいる場所では、ちょっと……」

チラッとマスターを見る。


「あぁ、ここは大丈夫。私の領内だ。もし、気になるってなら外させるけど」

マスターは、お願いする前にスッとバックヤードに下がっていった。『録画機』を起動して空中に投影する。


最初に撮った、ナサニエル君と男爵令嬢が抱き合ってるシーンが浮かび上がる。


「これは……! どうやって撮ったんだい? 声も同時に聞こえる……っ!」

「私が作りました。こう見えて、技術職でして」

「あぁ、研究室に所属してるんだったな」

やはり調べられている。こちらの個人情報は全部筒抜けだろう。


 何度も女は真剣な表情で映像を繰り返し見てから、やがてふぅ……とため息をついた。

「アンタに会ってもらいたい人がいる、ただし他言は無用だ。わかってると思うけど……」

「わかっています。是非ともお会いしたいですね」


 女は席を立ち、こっちへ来いと手招きした。バックヤードの方へ向かい、木で出来た細い階段を上がる。足で踏むたびにミシミシと鳴って、今にも壊れそうだ。

ある扉まで来ると、女はコンコンとゆっくりノックし、丁寧な口調で伺いを立てる。


「かまわない。入りなさい」


 低く渋い声の持ち主が入室の許可を出す。地位の高い人物だろうか……。女に続き狭い部屋に入ると、そこにはまるで場違いな様子の紫がかった黒髪を丁寧に撫で付けた、見目麗しい紳士がゆったりと座っていた。


「君は、エミール・フィッツジェラルド君で間違いないかね?」

「ええ、間違いありません」


 落ち着いた綺麗な発音で話す紳士は、多分高い身分にある人だろう。

滲み出る雰囲気からは隠しきれない。なので、慌てて丁寧に礼をする。


「良い。そこに座りたまえ。少し話をしようじゃないか」

促されこの場には不釣り合いな質の良い椅子に腰掛ける。


「なぜ、エヴァレット男爵令嬢の事を追っている。君は他国の人間で、調べたところ第二王子派とも、王弟派との繋がりも見つからなかった。もちろん第一王子派ともね」


政治関係でも無い、新聞記者でも無い、それなのに男爵令嬢を追っているのは、誰かへの私怨か何かかと思われているのかもしれない。


「僕は権力争いには興味ありません。アーネスト殿下とローレンツ侯爵令嬢の婚約解消の鍵となるものを集めているだけです」

「ほう……? なぜかね?」


 目の前の紳士が、こちらを値踏みするような視線を向ける。その視線に一瞬怯んだが、嘘は通用しないと踏んで率直に伝える事にした。


「僕が、ローレンツ侯爵令嬢に恋をしているからです……!」


 一瞬、紳士が虚をつかれた様に目を見開いたが、転じてクククと声をあげて笑い出す。

「ククっ……悪い。あまりにも予想外の事でね。君は、アーネストとフレデリカが婚約解消した後に、婚約申込みするつもりかね」

「はい……! 勿論そのつもりです」

「なぜ、フレデリカに? あの娘は美しいからか?」

「フレデリカさんは、お美しいですけど……それだけでは無くて……っ」


 僕はフレデリカさんへの想いを、目の前の紳士にあらん限りの力でぶつけた。気持ちよく語っていた所、


「いや、もう、わかった……。もう良い」

疲れたように頭を振られて、遮られる。これからが良いところだったのに。


「いやなに……私の目的も、アーネストとフレデリカを婚約解消させることでね。できれば、王家側の言い逃れできない程の瑕疵を、見つけたいと思っているのだよ。君と私の目的は同じ様なものだ」

「はい」

「そして、出来れば……第二王子派や王弟派とも関わりたくは無いのだ」


 この人物の目的がいまいち見えて来ない。どちらの派閥でも無いのに、フレデリカさんの婚約解消を願っているとは……? しかし、忌々しげに呟いた言葉は嘘ではないだろう。


「君が持ってきた魔道具を見せてくれないか?」

「ええ、お見せ致します」

 ブゥンと起動して、先ほどの下で女に見せたのと同じ物を紳士に見せる。


「この抱き合ってる人物は……」

「ナサニエル・ニューカム伯爵子息です」

「少しわかりにくいが、声はハッキリ聞こえるな」

「そこは、僕が集音魔法を途中でかけて……。これは初期タイプですので、この後の物はちゃんとわかりやすいものもあります」

「ほう……他にもあるのか」

「ええ、ただしそちらの身元を明かしてもらわねば、お渡しするのは……」


 紳士は膝を組み変え、しばし顎に手を当てて思案した後にこう切り出した。


「君のこの魔道具は、他の人でも使えるのかね?」

「一つのタイプは誰にでも。もう一つのタイプはある程度魔法が使える者で無いと難しいかもしれません」

「ふむ……」


紳士はやがて、顔をあげると僕を真っ直ぐに見据えるとこう言った。




「私の名は、スタイン・ローレンツ。フレデリカの父親だ」




 え……

 えええええ……っ!




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