16 エミール -スパイ-
文化祭も終わり、通常授業に戻った。
学院での授業が終わり研究室に足を運ぶと、ペトルから報告があった。
「頼まれてたあのレーダーな、早ければ週末には出来そうよ」
「おぉ……っ!」
「まぁ、元々レーダー自体は発表するつもりで、ほぼ完成間近だったからなー。犯人追跡用でね。……まぁ、レーダーを実際に使ってみてくれると、こちらとしてもデータが取れてありがたい。
後な、なんかわかんねーんだけどよ。男爵令嬢ちゃんのマナの波形がおかしいんだよね。二人分が重なってるみたいな、融合してるっつーか、何とも言えないんだけどよ」
「何だろう……、先天性の病気だとそうなったりすることもあるんですかね?」
「あー、病気の可能性ね。病人の波形はまだ調べてないから、分からんけど。その可能性もあるな?」
「レーダーに問題とか……」
「あぁ、無い無い。大丈夫よ。むしろ、レアな波形だから特定は普通より簡単?」
「なら、良かった……」
✳︎ ✳︎ ✳︎
あっと言う間に週末になり、ペトルのレーダーが完成した。懐中時計型のレーダーである。範囲は自分がいる地点から半径1キロで、学院で使用するには問題ない範囲だろう。
「試しに起動してみます」
「ここじゃ、引っかからんと思うけどなー」
画面は緑色で、対象は赤い点で表示されるという。しばらくすると画面端に、赤い点が表示された。ペトルと思わず目を合わせる。
「嘘だろ……っ!?」
「行ってみましょう!」
慌てて僕たちは、その赤い点を追いかける。消えませんようにと祈りながら。
魔法省を出て、レーダーが指し示す位置へ向かう。赤い点は移動してはいるものの、僕たちの足の方が早いため追いつけそうだ。
やがて、赤い点が後100メートルといった所でピンク色の髪をした少女が目に入った。
「あれか?」
「そうですね……多分男爵令嬢で間違いないです」
男爵令嬢は一人ではなく、銀髪の髪の毛の人物と歩いていた。
「隣は誰だろう……?」
「あ、魔法省のお偉いさんの息子じゃね?」
「録画っ、起動します!」
「まて。普通のヤツの方にしろ。集音魔法とか使う高性能のヤツは、魔法省関係だとあちらさんに気が付かれるかも」
「わかりました」
録画機を起動しつつ、繁華街へ向かう二人を僕たちは一定の距離を保ったまま跡をつけた。
「多分、隣の人物はウィリアム・ハンゼンで間違いねーな。あんな銀髪他にいねーもん」
「あぁ、殿下の側近候補の人物ですね」
前に調べた情報では、ウィリアム・ハンゼンは銀髪を持つ美しい外見の持ち主だ。魔法省のトップ長官の息子で父親に似て魔法が得意らしく、学院でも魔法の実技はナンバーワンらしい。
時折、魔法省にも顔を出すらしく、その度に女性達からはキャーキャー言われているそうだ。面白い事が好きらしく、かなりの問題児。おかげで真面目なナサニエル君とは犬猿の仲だとか。
「これは、デートだな」
「デートですね……」
遠目からでも、男爵令嬢と手を繋いで歩いているのがわかる。
「堂々としたもんだなー。婚約者いるんだろ?」
「ええ……確か、年下のリンデン伯爵令嬢だったかと」
「はぁぁ……、そりゃいないわけないよな。」
そのうち繁華街に入り、露店の食べ物を食べつつ一般的なデートをしている様子が伺える。その間に僕もその辺の露店で、サングラスと帽子を買って身につける。せめてもの変装だ。
「くはー、俺もデートしてぇなー」
ペトルが呑気にそんな事を言う。
そのうち二人は、大通りにある少し高めのアクセサリーショップに入った。
「中の様子見たいですね……」
「お前は顔が割れてるし、俺が入ってくるわ。魔道具貸せ」
素直にタイリング型の魔道具を貸すと、ペトルが素早く身につけアクセサリーショップに入っていった。結構ウキウキしていたから、この状況を楽しんでるのだろう。
僕はその間、向かいにあるカフェの店が見える位置に座った。
店を注視しつつ周りを見てると、同じくアクセサリーショップの中を窺っている小柄な人物を発見した。手元にメモがあり、何やら書き込んでいる。
その人物は帽子を目深に被り、ダボっとした体型がわからない格好をしている。僕たちと同じく、あの二人を追っているのだろうか。
もし、二人が店を出て同じく動きがあったら、監視しているということだろう。
協力を願い出たら……情報を得られたりしないだろうか。
賭けてみる可能性はあるか……と思い、ペーパーナプキンに自分の連絡先と、かの令嬢を追っているのなら協力したいと一言を添えて畳んだ。
あの二人が店に入ってから、1時間弱後……ようやく二人が出てきた。そして、あの人物も動き出す。
間違いない……!
僕は急いでその人物を追い、わざとぶつかった。
「大変申し訳ない、大丈夫だったかな?」
手を貸して立たせる。その際に先ほどのペーパーナプキンを握らせた。
「!」
「騒がないで。僕は多分貴方と同じです」
それだけ言うと、にっこりと微笑む。
怪しまれる可能性は大分あるが、こう言っておけば多分あちらから接触してくるだろう。
その人物はペコリと頭を下げると、慌てて去って行った。
しばらくしてペトルが店から出てきて合流した。
「いやー、あのお嬢さん凄いねぇ。店中のアクセサリー試着してたぞ。そして、その中で一番高い物さりげなく買わせてたわ。そして店員の目があるのに、イチャコライチャコラしてたぞ。全部録画出来たと思うけどな」
「ありがとう、後で見てみようか」
レーダーをパカリと開くと、レストランに入ったらしい。赤い点がその辺りで留まっていた。
「行くか?」
「まぁ、アクセサリーショップの様子は録画出来たし、レストランは僕が入ると目立ちそうだから……」
「そうだな、今日はこの辺で終了するか」
二人でそのまま研究室に帰り、実験室で撮った映像を確認した。
「おー、近くで撮ってるから問題ないな」
アクセサリーショップでの様子が克明に映っている。
ペトルは恋人に贈るための指輪を探しにきたと店員に告げ、男爵令嬢の隣で指輪を選んでいた。
ウィリアムが男爵令嬢に、あれも似合うこれも……と次々に新しい物を持って来させ試着させていた。
その度に男爵令嬢が「こんな高そうなもの貰えないよ……」と遠慮し、ますますウィリアムがもっと高いのを薦めるという具合だ。
結局、男爵令嬢はダイヤの入った髪飾りを買ってもらいその場で身につけさせてもらっていた。その際に、ウィリアムが男爵令嬢の髪にキスを落とす所まで録画されていた。
「やっぱ、商売女かねぇ……? この男爵令嬢ちゃんは。貰うもの貰って逃げる算段なのかね?」
「それだと、困るのですが……出来れば欲をかいて正妃を狙っていただかないと」
「殿下と、前のナサニエル君、それにウィリアム坊ちゃんかー。全て見事に高位貴族サマばっかりだよなぁ」
「あと、サイモン君もそこに入りそうです。サイモン・バウディッチ、現騎士団隊長の子息です」
前にサイモン君と男爵令嬢を見かけた時の、サイモン君は無表情ではあったが確実に男爵令嬢に恋をしていたと思う。
「全員、王太子殿下の側近候補かー。この国ヤバすぎるだろ」
「まぁ、戦争もなく平和な世が続いてますからねぇ……それでも、全員が同じ女性に引っかかるのもあり得ないですよね…」
「どこかの国が遣わしたスパイだったり?」
「スパイでも困るんですよねぇー。フレデリカさんと別れる方向にならないので」
「まぁ、こうやって録画しとけば、ウィリアム坊ちゃんの婚約者さまに売れるかもしれないし、スパイだったら証拠になるかもだし、用途は後々考えればいいさ」
「そうですね……出来れば、フレデリカさんと殿下が婚約破棄できる何かがあれば良いんですけど……。時々、僕のやってることに意味はあるのかなって思っちゃうんですよ」
僕が眉間にしわを寄せてムゥーとすると、ペトルが笑って僕の眉間をつついてくる。
「焦るなって。まぁ、レーダーもちゃんと反応したし、結果は上々だろ」
それから僕達は魔道具の改良案を、お互い話し合い時間が過ぎていった。
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