18 エミール -ジョゼという女-
「お、お父様……! で、いらっしゃるの……ですか……?」
「誰が、お父様かね。まぁ、いい。君にはこれから協力してもらいたい。そこのジョゼ・ラーモアと共に」
後ろを振り向くと、小柄な女の子……ジョゼ嬢が手を上げてニヤっと笑った。
僕はまだ困惑したままで、フレデリカさんのお父様にお会いするのに、手土産も何も持ってきていないとか、今日の服装は変じゃないだろうかとか、場違いな事ばかりを考えていた。
「アタシから説明するね、アタシの本職は新聞記者でね。殿下とローレンツ侯爵令嬢が婚約解消出来た暁には、この件を新聞に書いてもいいって条件で雇われてる。ウチの独占取材さ」
「新聞記者……?」
この小柄な……どう見ても未成年にしか思えないこの女性が?
「あ、失礼な事思ってやがるな! こう見えて、アタシは22だ!」
フンっと胸を張り、ドヤ顔をする。
「22……!? 私より年上だったとは……申し訳ありません」
「わかってくれたなら良いよ。この風貌も役に立つしな。だから、学院に去年から通ってソフィのことを間近で監視してんだ」
ジョゼが言うには、去年から転校として学院に入学した。
その際の身分や手続き諸々は、ローレンツ侯爵の力を借りたという。
エヴァレット男爵令嬢と同じクラスになったジョゼは、彼女に近づいた。拍子抜けする程簡単に、親友のポジションになれたらしい。
「ソフィは、『サポートキャラが居ないから困ってたけど、遅れてやって来たのね』と言っててさ……、何が何だかサッパリよ。まぁ、それで初日から懐に入れたから良かったけどさ」
少し気味が悪そうな顔をしたジョゼは、話を続けた。
ソフィは、まずアーネスト殿下に近づき生徒会に入る事を許可されたのだという。
生徒会には、生徒会長である殿下を筆頭として側近子息立ちが勢揃いしている。そこから、生徒会の仕事を覚える名目で、側近子息達を次々と籠絡していった。子息達は自分のことをどう思っているのか、これからデートに誘っても良いか等ジョゼに聞いてくるらしい。
「わけわかんないよね。なんで、アタシに聞くのさ。接点すら無い子息達がどう思ってるか、わかるわけないじゃん。まぁ、適当に答えて不貞を働くよう仕向けたけどね」
やはり、エヴァレット男爵令嬢は頭がおかしい……? まぁ、頭がおかしかろうが、どうだろうが、アーネスト殿下を籠絡してもらって瑕疵の要因になってくれれば良いだけだ。
男爵令嬢は、満遍なく各子息達とデートしたりイチャイチャして順調に心を手中に収めている。
そして、最近は少し変わった事が起きて来た。エヴァレット男爵令嬢が虐められているという。教科書がビリビリに破られたり、魔法の実技で使う杖が折られていたり、服に泥をつけられたり……。
「ソフィが、一を十にして言ってる部分は勿論あるんだけどさ、教科書が破られたり、泥をかけられたりしてるのは本当なんだよ」
「嫉妬した女生徒がやってるんでしょうか?」
「うん、学院全体の女生徒の反感を買ってるのは事実だし、誰がやってもおかしく無いんだけど……問題はソフィがその虐めの首謀者を、メアリー様、もしくはその上にいるフレデリカ様が命令してやらせてるって吹聴してるのさ」
「な……っ!」
フレデリカさんは勿論だが、メアリーさんもやるような人物ではない。
思わずローレンツ侯爵の方を見るとニヤリと笑った。
「私としては、これは使えると思っている。殿下がこの娘の戯言を間に受け、フレデリカへ糾弾するような出来事が起こってくれれば、何もしていないフレデリカへ在らぬ冤罪をかけたと、王家の瑕疵に出来るのではないかとね?」
「そのためには、フレデリカさんの完璧にやっていないという証拠が必要……。そこで、僕の魔道具が必要なのですね?」
「その通り。君の協力があれば可能だと思うが、やってくれるかね?」
「勿論、協力させていただきます」
その後は録画機がどれくらい必要なのか、そのための魔石と制作のための人員は侯爵が用意してくれる事になった。
それと並行して、ジョゼ嬢に魔道具を貸して、エヴァレット男爵令嬢の行動を録画してもらう事になった。
「それと……今回、映像は持って来てはいないのですが、メアリー・ダウニング伯爵令嬢が、ナサニエル・ニューカム伯爵子息を見限ったみたいです。父親に相談するらしいので、どう動くのか……」
「なるほど……ダウニング家が離反したら、此方としても動きやすくなるな」
ニヤリと意地が悪そうな笑みを浮かべる。
「他の子息の婚約者の方々はどうなのでしょうか?」
「別れるという話は聞いてないな……。まぁ、映像を見せれば、どう転ぶかわからんがな」
「ソフィは毎週デートに出掛けてるから、映像は豊富に撮れそうだしね……そして、その様子を絵師に描かせて新聞に載せれば……売れるっ! 売れるぞぉ!!!」
「他の新聞社は追ってないのですか?」
「んー、多分追ってるだろうけど、下手に憶測で書き散らすと不敬罪で取っ捕まるからねぇ。だから、ウチみたいに失脚することが見えた時に一気に出すのさ。そして、それが追い風になる。それにアタシほど情報掴んでる新聞社はいないだろうさ」
そこまで聞いて、僕がジョゼに当たったのはとても幸運に思えた。他の新聞記者だったら、協力する所の話では無かっただろう。
「うちは、新聞が売れる。侯爵は、世論を煽れる。相互互助の関係ってことよ。それに、ソフィの一連の行動を本にしたら売れそうじゃないかい? 『どうやって高位貴族達を誑かしたのか、その全貌』とかいって」
ニヒヒとジョゼ嬢は笑って、目を金マークにさせた。
そうして、僕はローレンツ侯爵の協力を得て『自動センサー付き置き型録画機』の開発をし量産をして、万全の体制を三人で作り上げたのだった。
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