6 フレデリカ -急襲-

「いきなり来てごめんなさい、フレデリカ姉様」

「いえ、大変光栄ですわ。お久しぶりです、リュカ殿下。大きくなられましたね」

 淑女モードに切り替え、優しく微笑みながら答える。リュカ殿下は、現在14歳……? だったか?


最後に会ったのは、王宮に行っていた頃だから殿下が11か12歳頃のことだろうか。

その時より、大分身長が伸びて私と同じぐらいだ。

少し長めのウェーブがかった金髪で、王族特有の金がかった青い瞳をしている。


 よく王宮のガゼボで第一王子から待ちぼうけを喰らわせられた時、リュカ殿下が話しかけに来てくれたものだ。第一王子に会った数よりも、多分リュカ殿下と会っていた回数の方が余程多い。15か16歳までは週一で王宮に通っていたからなぁ……。


 リュカ殿下は、チラと険がこもった視線をエミール君に向けた。慌てて、エミール君を紹介する。


「殿下、ご紹介いたしますわ。ヴィーヘルト公国から留学に来られている、エミール・フィッツジェラルド公爵子息様です。私とは同じ研究室に所属しておりますの」

「ただいまご紹介に預かりました、エミール・フィッツジェラルドです。そして、フレデリカの  ですので、よろしくお願いしますね?」


 エミール君が、婚約してることを強調して伝える。仮婚約だから、明言しても良いのだろうか? と思ったが、婚約と言っておいた方が良いだろう。



「……はぁ!? 婚約者だって……? フレデリカ姉様本当なの?」

「ええ、つい先日……エミール様が婚約してくださって……良きご縁に恵まれました」

ふふふと、たおやかに笑ってみせると、リュカ殿下は余程驚いたのか口をパクパクさせている。


「ローレンツ侯爵も了承して……?」

「ええ、勿論ですわ?」

 ガクーっと肩を落とし、見るからにショックを受けている殿下。自分が王位につくための権力争いが既に始まっていて、こちらを取り込みに来たのだろうか?


「殿下、今日は何かご用件があったのでは……? まずはお茶でもいかがでしょうか?」

フラフラとしている殿下は、促されるまま用意された椅子に着席する。


「……フレデリカ姉様は、そいつのこと愛してるの!?」

殿下は出された紅茶をグイっと一気にあおると、凄い剣幕で聞いてきた。


「ええ!? ……も、もちろんですわ」

 少し勢いに圧倒されて、戸惑ってしまう。昔は『姉様、姉様』と後ろを着いてきた可愛らしい少年だったのに、どうしたのだろうか?


「僕は認めないよ! やっと、姉様が兄様と別れてくれたのに……、どうしてこんなポッと出の奴に、奪われなきゃいけないんだ!」

癇癪を起こす殿下に、エミール君が口を開いた。


「お言葉ですが、リュカ殿下。私とフレデリカの婚約はもう決定いたしました。ゆくゆくは、ヴィーヘルト公国に連れて帰りますので」


底冷えする低音ボイスが響く。エミール君は笑顔を浮かべ、私の肩に手を置いた。いまいち私の理解が追いつかない。なぜ、こんな一気に険悪な感じになっているのだろうか?


「姉様に触るな!」

グイっと殿下に腕を引っ張られる。


「もうフレデリカは私の婚約者ですから、気安く姉様などと呼ばないで頂けませんか? そちらの第一王子と婚約は解消されたのですから、姉ではないでしょう?」

また、グイっとエミール君に肩を引き寄せられる。左右に引っ張られて頭がグワングワンする。


「僕の姉様は、姉様だ! そうだ……決闘をしよう。……コイツを消してしまえば……姉様を……。決闘だ!」

ガタンと殿下が立ち上がる。


「えぇ……望むところですよ」

釣られたのか、ユラリとエミール君も立ち上がる。


もう、なんなんだ一体。展開がはやい! 理解できない!


「お二人とも、いい加減にしてくださいませっ!」

少し大きな声で二人を窘めると、やっと静かになった。


「殿下も、軽々しく決闘なんて仰らないでください。ね?」

「うぅ……悪かったよ、姉様」

素直に謝れるのは良いことだが、疲れる。こちらは、久々に使った令嬢表情筋が痛いというのに。


「エミール様も、こんな子供相手に……大人気無いですよ」

「怒ったフレデリカさんも可愛い……いや、申し訳なかった」

コホンと軽く咳払いをしてから、仕切り直す。


「それで、殿下は何故こちらへ?」

「姉様が……兄様と婚約破棄したって聞いて……結婚申込に来た……」

俯きながらボソボソと、驚くような事を言い放つ。


「え! 陛下はご存じなのですか!?」

「最初に気にするのそこなんだ……。陛下はまだ王宮に戻られてないよ。居ても立っても居られなくて、王宮を抜け出して来たんだ。」


 殿下が勝手にやったことと聞いてホッとする。陛下が知っていた事であれば、もう他人と婚約済みでも確実に面倒くさいことになる。


「僕は……昔から、フレデリカ姉様の事が好きだったけど……既に兄様の婚約者だったから言えなかった……。王宮にも全然来てくれなくなって、兄様の婚約者に勝手に会いに行くわけにもいかないし……」


ええ! 私の事が好きだとは。リュカ殿下が急にウルウルとした瞳で語り出す。

エミール君をチラリと横目でみると、とてもじゃないが子供に向ける目をしてなかったので、アイコンタクトでそれとなく注意する。圧が強い、圧が。


「やっと、兄様と別れたから僕と一緒になってくれるとおもったのに……ひどいよ」

「ひどいと言われましても……もう既に婚約しておりますし……」

「姉様は王妃教育も終えているし、僕と結婚するのが一番良いと思わない? ソイツと別れて、僕と結婚しようよ?……ねぇ……ダメ?」


 上目遣いで殿下が見つめてくる。

エミール君を見ると冷たいオーラが立ち昇っていたので、密かに手で制して目で訴る。私が言うからと。


「殿下、私は王家に嫁ぐ気はもうありません」

「兄様のせい?」

「いえ、私は……やりたい事があるのです。そのためには、王家は重荷なのです」


「ソイツとだったら出来るってこと?」

「えぇ。エミール様は、私の自由にして良いと仰ってくれています」

「僕が王家から離れたらどう?」


「何を馬鹿な事を……そんな事は出来ない事は、殿下が重々ご承知じゃないですか」

「でもさ……ずっと、姉様の事を好きだったから諦めきれないんだよ……」

「何度言われましても、私は既に婚約者がおりますので」

 何回も婚約者がいると言っているのに! あぁ、もう……。少しイラついてきたが、顔には出さないように細心の注意を払う。令嬢表情筋が流石にピクついてきた。


「じゃあ、もしさ? もし……、僕が王族でも無くて、姉様のやりたい事を自由にさせて、ソイツと同じ条件ならどうだった? 僕も可能性があったかな?」

「そんな起こりもしない仮定の話など……」

「お願いだからさ! 考えてみてよ……お願い」

殿下が上目遣いで見上げてくる。


 同じ条件……、もし今回の事が殿下だったとしたら……? うーん……。横でエミール君が不安そうにしているのが視界の端に入って、慌てて断言する。


「いえ……それでもエミール様の手を取ったと思います」

「そっか……わかったよ。でも、このままじゃ諦めきれないから、最後に子供の時みたいに、ハグしてもいいかな?」

……ほっ。良かった、諦めてくれたのか。このまま、堂々巡りだったらどうしようかと思っていた。


「ええ、もち……」

「ダメです! 絶対ダメです! 許せません!」

私がハグぐらいならと了承しかけた瞬間、エミール君が猛烈な勢いで私を引き寄せる。


「エミール様、殿下は子供なんですからそれくらい……」

「どこが子供ですか! もう14ですよ! このくらいの男は……もう色々と……!」


 私は昔のイメージを引きずって、まだ子供だと考えていたが、確かに14歳は無邪気な子供という年では無かった。改めてリュカ殿下を見ると、喉仏もしっかりと出て、腕は華奢ながらも筋肉がついていて、大人の男性の片鱗が見えている。


「たしかに……。殿下、私には婚約者がおりますので……」

「……チッ。本当に邪魔だなぁ……ソイツ」

殿下は顔を背けて、何か黒いことを言ったような……? 小声で言われたので、聞き取れなかった。


「そうだ! いい事教えてあげよっか!」

 殿下はエミール君の側に近寄って、コソコソと耳打ちをした。何を言っているんだろう。エミール君の顔がみるみる怒りに染まっていく。


「エミール君! ダメだぞ! ステイ!」


今にも殴りかかりそうな雰囲気だったエミール君を慌てて制する。


「フレデリカさん……、僕はもう我慢できません!」

「殿下も、何を言ったか存じ上げませんが、ご冗談も程々になさいませ」

殿下を真顔で見据えて申し上げる。流石に令嬢笑顔はしていられない。


「はぁい。姉様が言うなら大人しくするよ」


 わかってくれたかとほっとした瞬間、殿下が急に近づいて、私の顎を上げ頬に口づけを落とした。


「な、な……! なにをなさるんですか!」

後ろでエミール君の殺気がゴウンと爆発した。魔力が漏れてパチパチ言っている……! ひえぇ……!


「エミール君、ステイな! ステイ! 外交問題! 外交問題!」


 後ろを振り返って、真顔だが般若の顔をしたエミール君を制する。もし、殿下に危害でも与えたら外交問題にまで発展しかけるかもしれん。


「これぐらい挨拶だから。それに、これぐらいやらないと割に合わない」

「殿下、正式に抗議させて頂くことになりますよ? 」


ギッと睨む。


「わかったよ、ごめんって。もう帰るから。またね? 姉様、……まだ諦めないから」

台風のような殿下はそう言い残し去っていった。グルグル唸ってるエミール君を残して。


 ひえぇ……この後始末、私がしないといけないのか?犬みたいにおやつ上げたら、機嫌直さないかな……?


男同士の嫉妬は激しく厄介。新しく学んだのだった。

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