5 フレデリカ -指輪-

 研究室に行かなくなって数日、うちの家の前でも記者が張っているらしい。

一応、数社の新聞社には父上が抗議を出したと聞いたが、それでも残っている記者やわからないように一般人に偽装している者もいるらしい。


 あれからメイドに頼んでいくつかの新聞を手に入れてきてもらって読んでいるが、正直……くだらない。

男爵令嬢が稀代の毒婦として、煽って書かれていたり、次々に高位子息を籠絡した手段はどんなものだろうかとか。中には下品極まりない書かれ方をしたのもあった。

エヴァレット男爵が手がけた製品の不買運動が起こったり等、様々なことまで波紋が広がっているらしい。


私についての記述は、会ったことも無い友人が何人も増えていてインタビューされていた。あまり社交をしていなかったので外見がわからないらしく、私の顔が美人やらブサイクやらと、勝手に想像で書かれている。


 読んでいると頭が痛くなったので、こめかみをグリグリしながら揉み解す。今日は午後から、エミール君が来訪する予定だ。

来るまで魔法力学の本でも読もうとかと思ったら、メイド達に引き剥がされ念入りに肌の手入れと化粧をされた。


 エミール君は、普段の私の姿を知ってるから着飾らなくても良いと思うんだがなぁ……。それではダメらしい、一番綺麗な姿を見てもらいたいと思うものですよと説教されてしまった。



✳︎ ✳︎ ✳︎



「お綺麗です! フレデリカさん……! いつも、お綺麗ですけど、今日は更に……!」

家人が帰ってきた時の犬のように、喜びに溢れてエミール君が褒め称える。

少し困って侍女に目をやるとパチンとウインクされた。大成功という意味か……? まぁ、いいか。


 庭園のガゼボでお茶にする。そよそよと靡く風が心地良い。外には記者がいるので、安全策をと考える自宅になってしまうのだ。


「来る時、記者か何かいなかったか?」

「んー、いましたねぇ。まぁ、僕がローレンツ邸に訪れている事は、どんどん書いて頂きたいので、馬車の窓もカーテンを閉めずに来ました」

「ふぅむ……」


「あ! フレデリカさん、僕があげた指輪着けてくれてるんですね?……嬉しい」

「あぁ、これか。以前、エミール君が来てくれた時は研究用の魔石素材庫に入れていてな……。侍女から、しこたま叱られたんだよ……ありえないってね」

「ははは」


「婚約者から贈られた装飾品は、身に付けなくてはいけないという常識が欠けていた。申し訳ない」

「いえ、フレデリカさんの好みがわからず贈っただけなので。着けてもらえるとは思ってなかったので、実験にも使える魔石にしてみました」


「うむ……、実は……実験で使おうとしたら侍女に見つかってな。侍女達には勿論、執事やら、屋敷中の者という者から怒られた……」

翌日、庭師にまで話が伝わっていて『お嬢様……男心を踏みにじるようなことは……』と言われてしまった。


「使ってくれても良かったんですけどね。失敗したら、何回だって贈りたいですから。今度は、フレデリカさん好みの物を一緒に観に行きましょう?」

「あぁ。だが好みとかは全く気にした事がなかったんだが、これは丸くてかわいいと思う!」


 指輪を取り外し、空に掲げて透かしてみる。全体的にピンク色だが、角度によって少し色が赤く変化する。真ん中に丸いメイン石が据えられており、サイドに三つづつ小ぶりな石が添えられている。

サブの石も魔石が使われており、メインの魔石を補助するような魔法が組み込めるだろう。


新しい魔法を限界まで組み込んでみたかったのだが、失敗する可能性があるので後で普通に防御的な魔法でも付与してみようか。


「気がつかなかったのだが、これはエミール君の瞳の色だったのだな? 教えられて初めて気がついたよ」

『婚約者は自分の色を贈るものなんですよ。アーネスト殿下から、贈られた事が皆無だったので、認識されてなかったのよ! 返す返すあのクソ殿下は!』と侍女達から教えられている途中から、殿下の悪口大会が始まっていた。


 指輪をエミール君の瞳に近づけて比べてみる。


「どうです? 似てますか?」

「エミール君の瞳の方が綺麗かもな? ほらエミール君は虹彩にオレンジ色が混ざっているし、宝石で再現するのは難しいだろうな」


「ンン……っ!」

「どうした?」

「……無自覚イケメンですよね、フレデリカさんは……」

言われた意味がわからず、キョトンとしてしまう。


「僕が恋に落ちてばっかりで、どうやって落とせばいいのかわからないですよ……」

はぁ……と大きなため息をつく。



「エミール君は、他の女性とはどうだったんだ?」

「フレデリカさん以外にありませんよ……!? え、僕……そんな風に見えてます?」


「いやなに、ほら……前に研究室前での騒ぎがあっただろう? 女性がエミール君に集っていたから、それなりに経験があるものかと」


「あれは! 単に勝手に追い回されてただけで、僕から何かしたわけじゃないですから! 最初から僕はフレデリカさん一筋でしたよ」

エミール君の剣幕に押されて、謝る。


「す、すまん。でも、あれだけの女性から好かれていたのだから、どうやって好かれたのかわからないのか?」

「ああいうご婦人方は、僕が何しなくても好きになってくるんですよ。多分、家柄とか、外見とか……それだけでね」

「家柄や外見だけで、好きになれるのか? 全く簡単で羨ましいな……」

「家柄や外見で好きになられても嬉しくありませんよ」


 はぁーと大きなため息をつく。今までの事を思い返しているのだろう。


「嬉しく無いのか?」

「ええ。そもそも、フレデリカさん以外に好かれても不快なだけですから」

「好きじゃ無い人に好かれると不快になるのか?」

「ええ。好意の目線を投げかけてくるだけで、反吐が出ますね」

「そんなにか……」


私はエミール君以外に好かれた事がないから、そんな経験はない。


「あ! 私はエミール君に好かれても、不快ではないぞ! これは良い傾向ではないか?」

少し道が開けた気がして、ウキウキとする。


「それは……本当に良かったです。嫌われてたら、生きていけない……」




 遠くの方で、少し使用人達がバタバタと忙しくしているのが目に入った。

「ん? 何だろう? すまないなエミール君が折角来てくれているのに」

「いえ……」


 使用人の一人が、私の侍女に耳打ちして去っていく。聞いた侍女が少し驚いて、慌てて近づいてくる。


「お嬢様、第二王子リュカ殿下がお見えになられました……っ!」

「な、なんだって……? 先触れとか無かったのか?」

「ありません……公的なものではなく、私的なものだとか。とにかく、こちらにご案内しても良いでしょうか?」


「う、うむ」

「フレデリカさん、僕も同席しても構わないでしょうか?」

「そうしてくれるとありがたい。はー……」


 慌てて淑女モードをフル稼働させ、切り替える。私は淑女、私は淑女、私は淑女……!

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