4 フレデリカ -真相-
デート以外は今までと変わらぬ研究室へ通う毎日……と思っていたのだが、今日は馬車から降りてから魔法省に行くまでの少しの道中で新聞記者が詰めかけてきた。
かねてから行き帰りは護衛の者がいたので、その者達が丁寧に対応してくれて事なきを得たのだが、それにしてもどういうことだろう?
まさか……今研究している内容について? もちろん、何度か失敗はしているが危険なものでは無いし……はて……?
魔法者の魔法認証ゲートをくぐると、ほっと一息をつく。認証ゲートは、認証した者以外を弾く作りになっているので、これをくぐれば安心だ。
エミール君の女性対策に作ったものだったが、役に立ったな。これは、馬車乗場にも設置すべきかもしれん……。
研究室のドアをガチャリと開けると、心配顔をしたエミール君が飛び込んできた。
「フレデリカさん、大丈夫でしたか?」
「え、あぁ。護衛が対処してくれたから問題は無かったのだが、あれは何だろうな? 研究内容に問題でも?」
エミール君と横にいた、同じ研究員のペトル・ゼーマンが顔を合わせて笑い合う。
「んん? なぜ、笑う」
「いや、フレデリカ嬢はブレないなーと思いまして。これですよ。この新聞が問題なんですよ」
バサリと目の前に置かれた新聞を見ると、一面にこの間の王子との婚約解消の一部始終と顛末が載っていた。しかも、見たかのような詳細な絵画付きで。
「なんだ、そんなことか」
ホッとため息をつく。
「フレデリカ嬢は興味ないかも知れませんが、今世の中はこの話題で持ちきりでしてね。前々から、俺たちにまでフレデリカ嬢の事を聞きに来る奴等がいたんですよ」
「え……! 私の事で、迷惑をかけていたとは……申し訳ない! 皆の研究の邪魔をしてしまっていたとは、何と言う事だ……」
サーっと青ざめて、慌てて皆に向かって頭を下げる。研究者は研究だけをしていたくて、他の事に頭を煩わせたくはないというのは、身に染みるほど理解している。
特に後少しで論文が終わるというときに、関係ないことで煩わされたら堪ったものではないだろう。
「いえ、フレデリカ嬢に非が無いことは、うちら全員知ってますんで。なぁ?」
まわりの研究員の皆もウンウンと頷いてくれる。
「だが……しかし」
「フレデリカ嬢とは、結構長い付き合いデショ? みんな」
「そうか……有難いな……。ありがとう、ペトル君に、皆……」
少しジーンとしてしまう。
「でも、やはりな……少し落ち着くまでは、私はこちらに来ない方がいいと思う……」
チラリと窓から下を覗くと、建物の外には新聞記者らしき人物が待機していた。
「みんなも、記者に何か聞かれたりしつこくされたら、遠慮なくローレンツ侯爵家の名前を出してくれ。正式に抗議を出させてもらうからな…!」
「フレデリカ嬢、そんなに気に病む必要はないって。大体、エミールから事前に『こういう事があるかも知れないから』って色々対策もらってたし。な?」
「え、そうなのか……?」
「だから、大丈夫、大丈夫。まぁ、俺らよりもフレデリカ嬢本人への直の攻撃の方が凄いだろうから、しばらくは家にいるのはオススメだけど。」
エミール君は、私が知らない所で色々とフォローしてくれていたのだな……申し訳ない。色々と自分の不甲斐なさを実感する。必要無いと切り捨てて来たもののせいで、皆に迷惑をかけることに繋がっていたのだ。
私は一人のほほんと、研究ばっかりしていて……自分を取り巻く状況さえ見ようとしてなかった。
しばらく研究室に来ない事を決めたので、進めていた研究で持ち出せる物だけまとめる。今日はこのまま帰った方が良いだろう。
「フレデリカさん、僕も家までお送りしますよ。護衛だけだと不安ですし。」
エミール君はヒョイっとまとめた荷物を軽々と持つと、一緒にローレンツ侯爵家まで行くことになった。
建物内から出た後に記者に囲まれたが、護衛とエミール君が道を開いてくれて助かった。その際エミール君が、研究員に対して被害があったらローレンツ侯爵家から正式に抗議する旨をその場の記者達に伝えたことで、その後大人しく撤収したみたいだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
ローレンツ邸に着き、エミール君からこれまでの王子と男爵令嬢の話を聞く。
そんな事になっていたとは……。そういえば、婚約解消が決まったパーティで、男爵令嬢もいたような気もする。
「それにしても、凄いご令嬢だな。何人もの子息達を虜にしてたんだろう? はぁ、恋愛のエキスパートみたいな御仁もいるのだな。私とは大違いだ。
エミール君は、この間まで学院に赴任していたじゃないか。もしかして会ったことがあるのか?」
「あります……が、フレデリカさんの方が魅力的ですし、私はとても苦手でした」
苦虫を噛み潰したような顔で答える。こんな顔もするのだな、エミール君は。
「ふぅむ……」
「ここからは聞かせられない話なので、念のため防音結界を起動します」
魔道具を起動すると、シュワァと半径1メートルくらいに薄い青い膜がかかった。
「ローレンツ侯爵様は、僕が学院に赴任する一年以上前から、自分の手の者を潜入させていました。ソルベー新聞の者です。今回の事件を一番に報道した新聞ですね。
ソルベー新聞のスパイは、ジョゼ・ラーモア男爵令嬢としてエヴァレット男爵令嬢に近づき、ローレンツ侯爵に定期的に報告をしていました」
「父上が……」
そんな事は全くといっていい程知らなかった。
「エヴァレット男爵令嬢に心を惹かれた他の子息達も、自らの婚約者を蔑ろにした行動を取るようになってしまいました。おかげで、第一王子派閥である婚約者の高位貴族達にも、揺らぎが見えてきました。もし、男爵令嬢が他国などのスパイだった場合婚約者の過失が、自分達一族にも降りかかってくるかもしれませんしね。
ローレンツ侯爵は各家と連絡を取り、第一王子が決定的な過ちを犯した際には、一斉に離反することになりました」
「決定的過ち……、パーティでの婚約解消のことか」
「そうです。一介の女性に唆されて国益を損なうような判断をしてしまう国王には着いていけないですからね。それに、男爵令嬢がスパイだという可能性や、国内での王室撤廃の革命派の可能性も未だ捨てきれていません。今は王宮の離れにある塔で取り調べられているはずです。」
「ほぉ……」
「パーティでの婚約破棄宣言後の王子の言動も酷いものでした。フレデリカさんが帰った後は、フレデリカさんがどのようにエヴァレット男爵令嬢を虐め、悪逆の限りを尽くした等といった演説がありました。王子の有責ポイントとして加算されるでしょうから、こちらとしても有難いのですが」
「私が悪逆の限りを……まるで私が演劇や小説に出てくるに出てくる悪役ではないか!」
恋愛の定義を調べるときに、その手の小説もあったので少し嬉しくなった。
「なんで、少し嬉しそうなんです……?」
「いや、単なる魔法バカの私に大層な役が与えられたなと思って……続けてくれ」
「はい。第一王子が主張したフレデリカさんの虐めも、そもそもフレデリカさんは学院に通っていない訳で、証拠等あるわけがないのですが。そう言い出す事も事前に掴んでいたので、やっていない証拠、犯人の女生徒達も見つかっています」
「流石、父上は手際がいいな」
「フレデリカさんが、パーティ当日につけていたネックレスがあるでしょう? あれには録画出来る機能がついてまして、第一王子がフレデリカさんに冤罪を被せ婚約破棄した事が映像で残っています。仮にあの場にいた貴族たちを後で買収や脅しても、言い逃れ出来ない証拠が残っています。他にも会場内に沢山の録画機が設置されていました」
「あー! あのネックレス。魔道具とは思っていたが、録画用だったのか。家に帰ったら調べようと思っていたら、父上に回収されてしまったので残念と思っていたのだ」
「ちなみに、僕が作りました」
得意げにエミール君が言うので、褒め称えると少し照れたように笑った。
「あの婚約破棄の翌日、側近子息達の婚約者の家達は全員婚約解消をいたしました。ソルベー新聞が第一王子を非難する婚約破棄の記事を出し、現在に至ります」
「ははぁ……なるほど」
「世論は、主に第一王子とエヴァレット男爵令嬢に非難が集中しています。平民は貴族と違って浮気に厳しいですからね。フレデリカさんは、悲劇のヒロインといったところでしょうか」
「ひげきのひろいん……」
悪役からヒロインと、まるで小説や劇の登場人物にでもなったかのようだ。
「今日の新聞記者達は、今回の報道以外に何が知りたいんだろうな?」
「んー……、フレデリカさんの心境とか、政治的な事でいえば、次の婚約者が誰になるのかとか……」
「なるほど、私と第二王子と婚姻を結んだら、第二王子が次の王太子になる可能性が高くなるのか……? ううむ、あまりよくわからないな」
「その辺は考えなくても良いでしょう。ローレンツ侯爵はフレデリカさんを王家にくれてやるつもりはないそうです。僕が貰いますからね?」
そっとエミール君が、手を握って見つめてくる。
「そうだな。エミール君と結婚して研究を続けたいからな。その展望を見てしまうと、おとなしく王妃になるなぞ真平ごめんだ」
吐き捨てるように呟く。
「そのうち、演劇でも見に行きましょうか? 周囲の人に僕がいることを見せつけたいですしね……」
「ああ! それは良いな。今回のことで、少し演劇にも興味が湧いた。悪役や、悲劇のヒロインを見てみたい! 恋を知るのに参考になるしな」
「チケット、手配しておきますね」
満面の笑みでエミール君が微笑むと、何だか私も嬉しくなった。
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