3 フレデリカ -恋愛的接触-
「次に私から、聞いてもいいかな?」
「もちろんです」
エミール君は居住まいを正すと、さっきとは打って変わって真っすぐに見つめてきた。
「私のどこが好きなんだ……? 正直、私は好かれる要素が見当たらないというか」
「………………」
エミール君は、パクパクと口を開きかけては閉じ、開きかけては閉じを何度か繰り返した後
「全部……ですね。好きな所がありすぎて、全部としか答えようが無いと言いますか……、存在自体が? 取り巻く空気まで含めて愛おしいというか……」
「????? 私には、少し難しかったようだ……。意味が……わからん……何か別のもので喩えられたりしないのか?」
「あぁ……多分、フレデリカさんの魔法力学の思いに近いと思います」
「んんん?」
「フレデリカさんは、つい魔法力学のことを考えてしまうでしょう?」
「うむ」
コクコクと頷く。
「何か、別の事をしている時も『これは、魔法力学に使えるんじゃ無いかな?』と思うでしょう?考える必要が無い時でも」
「思ってしまうな!」
エミール君は凄い。なぜ、私の事をこんなにわかるのだろう? 先程、恋をすると『好きな人の事は理解したくなる』と言っていたから、そういう事だろうか?
「それと似ているんです。僕が『フレデリカさんなら、何て言うかな?どうしてるかな?』とかつい考えてしまうんです」
「な……るほど……」
「つまり、フレデリカさんが『魔法力学のどこが好き?』って聞かれたら、一言で言い表せないのと一緒なんです」
「何となく掴みかけてきたぞ……。つまり、私は最終的にエミール君に対して魔法力学と同等くらいの思いを抱くようになれば、恋愛は達成すると言う事だな」
「えぇ……まぁ、そこまで行かなくても。僕の想いはそれくらいですけど、人それぞれなので、僕がいないと寂しいなぐらいには思ってくれたら……」
今までにわかったことを、ガリガリとメモにまとめていく。
「ふむふむ……かなり、最終地点が見えてきぞ!
最終目標は『エミール君の事を、無意識的につい考えてしまう状態になる状態』を目指せば良い。この場合、考えてしまう事は『相手が嬉しがる事』や『相手の現在の状況』、『相手の考えを推測』等がある。
恋愛の進行状況は、『相手との交流によって、心拍数が上がるかどうか』で見えてくる。
……といったところか!」
フンス! と鼻息あらくドヤるとエミール君が拍手してくれた。
「ええ、そうですね。フレデリカさんに、僕の事をつい考えてくれるようになったら……はぁ、想像するだけで、幸せすぎて……死ぬ……」
エミール君が、一人悶えていた。これも、恋の症状か。メモ。
「じゃあ、恋愛の進行を測るために、毎回肉体的接触をしようじゃないか」
「!!!?!?!」
――エミール君が固まった。
「に、肉体的接触!? ですか?」
エミール君がいやに慌てて答える。
「ほら、最初に心拍数測っただろう? その時に、君が『触れていると心拍数が上がりやすい』と言っていたじゃないか。毎回、会った時の終わりに接触して心拍数を測れば、私が恋愛感情が進んだかどうかわかるだろう?」
「そ、そうですね……。仮婚約状態だと、どこまで許されるんだろう……? あそこまでは、ギリギリ……?」
「おい、エミール君! 一人で考えてないで、共有したまえ。二人で考えると決めただろう?」
私は少しムッとしながら、答えると
「え……っと……、肉体的接触には色々種類がありまして……」
エミール君は、それに応えて説明してくれる。こういう所は好ましいな。私が何を言いたいのかを理解し、それに対して返答ができる。これはストレスが無い。
「種類? どういったものがあるのだ?」
「人前でだと、挨拶として手の甲にキスをするとか、エスコートとして手を繋ぐ等、ごく一般的なことです。恋愛的なものだと、人前でできないことがメインといいますか……」
「確かにな。二人きりの場合だと、何をする?」
エミール君は、一瞬言葉に詰まって
「よくあるのは、恋人繋ぎと呼ばれる手を繋ぐこと……で……」
「恋人繋ぎ? どういったものなんだ?」
エミール君は私の手を取って、キュと手を絡ませた。少しながら目が潤んでるように見える。
「本当は、向かい合ってじゃなく隣同士でやります」
「そうか、なら」
私は立ち上がって、エミール君の隣に腰掛けると手を絡ませた。
「え!?」
「こうか?」
「……そう、です……」
またもや、真っ赤になってしまったエミール君は、顔に手を当て黙ってしまった。
繋いだ手を眺めていると、エミール君の手は細いが大きく骨張っていている。
「私の手より大きいんだな。当たり前か……。男女の肉体的差異は大きい」
「……フレデリカさんの手は、細くて小さいですね……このまま、容易く折れてしまいそう……」
「ん……? 今もエミール君は心拍数上がっているのか?」
「そう……ですね。それはもう。」
エミール君の胸に手を当てる。先ほど聞いた時より、大分速い。
「本当だ。速いな。疲れないのか?」
「全然……全く!」
私も自分の首筋に手を当て、脈を測る。
「どうでした?」
「いや、いたって正常だな。聞いてみるか?」
「え! 流石に!」
「遠慮することはない。ほら」
エミール君の手を強引に自分の首へと持っていったが、パッと手を引かれた。
「あの! 男性にこうやって、易々と肌を触れさせるのはどうかと!」
「あ、まぁ淑女としては、はしたない事だったか。すまん。イマイチ常識がわからなくてな。医者には触れられるだろう? 違いがわからん」
「それは、診る必要性があるわけで……」
「今のも必要性があっただろう? それに婚約者なら、問題は無いのではないか?」
「婚約者ならって……以前、殿下ともこの様な触れ合いをしたことが……?」
赤い顔をしていたエミールくんの顔が、一瞬にして底冷えするような表情になる。
「殿下とは、ほぼ会う事さえ無かったからな。パーティの時も一瞬誰かと思ったくらいだったよ」
「そうですか……」
「大体、どこまでがOKで、どこからがダメかという明確な基準が無いのが良くない。」
ムゥ……と不満を露わにする。
「ええと……じゃあ、基準を設定しましょうか。二人きりで人目が無い時は、触れても良いです。ただし、僕以外は絶対に触れさせないで下さいね!」
「わかった。それだったら今のはOKじゃないのか?」
「それは、ここはローレンツ邸と言えども人目があるじゃないですか。」
確かに、離れているとはいえメイドが離れて待機しているし、見られているだろうからな。
「なるほど。よくわかった。では、二人きりの場合に触れても良い場所とはどこだ?」
「ん……これは、僕が試されているのか? 自分に甘く……いやダメだろう……」
「エミール君?」
「そうですね、性的な箇所じゃなければ大丈夫かと……思い……ます」
「性的なところ?」
「え!」
エミール君との間に沈黙が訪れる。生殖行為については勉強して知ってるし、動物のそれも見た事がある。淑女として、手以外の場所は無闇に触れさせてはいけないということもわかっている。
しかし、具体的にどこからどこまでが性的な所とされるのかが分からないのだ。
「その……、主に臀部とか胸部のことですかね……」
「それが性的な所なのか。わかった」
エミール君は、私が一般的な知識が無くてもちゃんと教えてくれて助かる。第一王子と婚約者だったころは『殿下におまかせして』としか言われなかったものだ。そして、こういう事は質問することさえ『はしたない』と教えてくれないのだ。
「はぁ……こんなに箱入りなのは、学院に通ってないからなのかな。研究室の男達が、典型的なオタクしかいなかったから助かったのか……」
険しい顔をして、何やら考え込んでいたようだがこちらへ向き直って
「悪い人に騙されないでくださいね? 何かあったら僕に聞いてください。もしくは、護衛か侍女に絶対確認してくださいね!」
「ん? ああ。何か子供に言うみたいだな」
ハハハと笑うと真剣な顔をされたので、私も真剣に頷いた。
「これからは僕が教えますから、徐々に進んでいきましょう」
「私はその手のことは知らないので、エミール君頼みになってしまうが、よろしくお願いする」
「……あ、でも、嫌な時は言ってくださいね。すぐに止めますから」
「ありがとう。でも、時間も無いことだし試せる手は何でも試してみるといいと思うんだ」
フンス!と気合いを入れる私を見て、エミール君はフニャリと笑った。
目指せ、結婚して研究三昧の日々!
エミール君と次のデートの日を決め終了した。
今日はエミール君と話したことで、色々な事が進んだ気がする。前日は、全くの手探りで何も見えてなかったのに。
研究と同じで、一人だと見えないことが沢山あるな。エミール君は同じ研究室にいたから、私が研究と同じように考えても理解してくれる。
これがもし、普通の貴族子息だったら理解は難しいだろう。すぐに問題が起きただろう。その点で、本当にエミール君で良かった。
それに、エミール君と話していると、コロコロと表情が変わるのが見ていて飽きない。時々、むかし飼っていた犬が重なって見えるんだよな……感情がわかりやすい。
そんな今日一日のことを思い返しながら、私は眠りに落ちたのだった。
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