2 フレデリカ -恋愛とは-

 仮婚約が決定してから数日後、私は目の下に大きな隈を拵えてた。

とりあえず『恋愛感情を持った』と見做される具体的な現象や行動を、定義付けしようとして難航していた。


終着点が見えねば、どのように試行して良いのかが見えない。しかし、どんな文献を読み漁っても、最初から恋に落ちていたり、恋に落ちる瞬間が描かれている物でさえも『雷に打たれたかのような』という具体性に欠ける表現をされていて要領を得ない。


 今日はエミール君が我が家に訪ねてくる日である。自宅の庭園で花を見ようということらしい。

エミール君と会うまでに、具体的な方向性を提示出来る様に頑張ったのだが……はぁ。まぁ、出来なかった物は仕方がない。途中経過でも報告しようと思い、エミール君を出迎えた。


「わ! フレデリカさん、お疲れですか……?」

「わかってしまうか……」

「ぼ、僕とのデートが嫌とかでは……」


シュンっと一瞬にして、耳をふせ尻尾が項垂れた(ように見える)エミール君に、慌てて否定する。


「いや、違う! デートが嫌だった訳ではない! ん? デート? 今回はデートなのか?」

「初めは、フレデリカさんの領域でと……。ローレンツ侯爵もお庭を貸してくださいましたし、お茶でもと」

「そうだったのか……そうだな、お茶でもしながら説明しようか」



✳︎ ✳︎ ✳︎



「……なるほど。フレデリカさんは、具体的に知りたいんですね? だったら、僕に聞いてくだされば一番早いですよ」

エミール君はにっこりと微笑む。


「だって、僕はフレデリカさんに恋をしていますから」


 パチパチと目を瞬く。確かに、そうだ。エミール君は、私の事が好きだと言っていたじゃないか。当事者でもあるし、何より私の性格も理解してくれている。灯台下暗しとは、この事か。


「ハハハ……そうだ! そうだな! 何で、そんな簡単な事を思いつかなかったのだろう」

「フレデリカさん、これからは一人で悩まないで何でも二人で共有しましょう?」

 そっと手を握られ、温もりを感じる。どうやら疲れで手先が冷えていたようだ。


「頼もしいな! そうだな。一人で考えても視点が偏ってしまう……。何でも思ってる事は、伝えて二人で考えた方がいいだろう」


恋愛も研究と同じように実験して、出た結果を分析して考察する。そうしていけば、自ずと答えが見つかるかもしれない。


「では早速だが、恋をしている時の身体的変化はあるのか? それを聞きたい」


握られた手をそのまま、胸に持っていかれる。


「一番、わかりやすいのはココですね。心臓です。」

手のひらから、エミール君の心音がトットットッと伝わってくる。


「少し……、速いか?」

人の安静時の脈拍は、60〜80ほど。今のエミール君の脈拍は120ほどだ。


「これは、ずっとそうなのか?」

「今はフレデリカさんに触れられてるから、上がりやすいっていうのも大きいと思います。」

「辛くはないのか?」


「辛いような、嬉しいような……。胸がキュっと締め付けられるような気持ちです」

「触られてない時も、速めなのか?」

「そうですね、フレデリカさんに会うと速めになると思います。最初は普通だった脈拍が、相手と交流を繰り返していくうちに、胸が高鳴ったりすることで段々恋に気づく……というのが一般的かなと。

僕はもう、恋に落ちてしまってるのですぐ胸が高まりますけど」


「なるほど、では……『対象と交流して、心拍数が上がることが増えたら恋』という事か。うんうん、光が見えて来たぞ」

わかった事を、サラサラとメモに取っていく。


「他にはあるだろうか?」

「他には……そうですね……。恋をしていると、瞳孔が通常より大きく開きやすいとか、聞いたことがありますが確認はした事ないですね」


「ふぅむ……瞳孔は、ちゃんと確認しないとわからないしな……」

「だから、恋をすると相手がキラキラ輝くように見えるようです」

「物理的にも眩しいのだな……なるほど」


「フレデリカさんは、いつも輝いてますけどね!」

「ん、……あぁ」


勢いに気圧されて、少したじろぐ。


「後は、身体的特徴では無いんですが、今ここに出してもらっているお菓子は僕が買ってきた物でして『フレデリカさんは、気に入ってくれるだろうか?』と気になっているので、良かったら食べませんか?」

「あ、このお菓子は、エミール君が持ってきたものだったのか。スマン、気がつかなかった……いただこう」


 ピンク色のギモーヴを選んで、パクリと食べる。フランボワーズの酸味が美味しい。


「果実も少し感じられる。美味しいな」

「良かった……フランボワーズお好きですか?」

「ん……あぁ、酸っぱいのが好みかもしれん。これは、軽くて負担が少ないのが良いな。あまり、コッテリした重いヤツだとお腹いっぱいになってしまう」


「そういえば、研究室でもあまり食べてませんよね。コーヒーもブラックだし」

「あぁ、あまり食には興味が無くてな、コーヒーぐらいでいい。……ん? よく、私がブラックで飲んでると知っているな?」


「好きな人の好みは覚えてるものです。好きな人のことなら理解したいし、何でも知りたいと思うものなんですよ。だから、今回のお土産は色んな味が入ってるのにしてみました。フレデリカさんの味の好みがわかるように」


「おお、なるほど……、そういえば、エミール君はよくコーヒーを淹れてくれてたか。あの時は、全員がブラックだと思っていたのだけれど、もしかして好みを知って……それで?」

「はい。勿論そうです」

「そうか……今更だが、ありがとう」


エミール君がヘニャリと笑った。



「では、何か私の事で知りたい事はあるか? 答えられる範囲で答えよう」

「良いんですか?」

「もちろん」


 エミール君は、少し斜め上を見上げて思案した後

「どういう男をカッコイイと思いますか?」


カッコイイ……とは、優れているさまの事を言うよな?


「……難しい……な。魔法力学者なら……カイシェル博士が提言した……」

「あぁ、すみません。外見的特徴の事です」


 外見……外見……、今まで見てきたであろう男性を思い浮かべようとしたが、ボンヤリとしか姿形が出てこない。モルモットの個体差を認識するのと同レベルの要求に感じるので私には難しい。



「ごめんなさい、では……僕の外見はどうでしょう?」

 エミール君の外見を、じっ……と観察する。


「君は、カッコイイと言われる方じゃ無いのか……? ほら、いつかだったか……君が研究室に来た頃、女性が押しかけて来たことがあったろう? 一般的には……」


「そうじゃなくて! フレデリカさんは、僕の外見をカッコイイとか、好ましいと思ってくれますか?」


「ん……むむ……」


 男性の外見を、個体として識別する以外に興味を持った事がないので難しい……。

なので観察をして思ったことを口にすることにした。


「エミール君の……髪は、柔らかな毛質なのかな? サラサラとして良いのではないか…?」

犬も毛並みが艶やかなのは手触りが良くて好きだ。



「!」




「それに、君の瞳はややピンクがかっているのだな。パパラチアサファイアみたいで素敵だと……思う。まつ毛が凄く長いんだな、それに肌もきめ細やかで透き通るようだ。……肩と頭のバランスが取れていて良いな……絵画のように感じる」


「ちょ……っ! あの……あの……ありがとう……ございます」

 気がつくと、エミール君が顔を真っ赤にして俯いていた。


「ん……? 暑いのか……? アイスティーでも、持って来させようか」


「そうですね……暑い……いや、違います!これは、フレデリカさんにイキナリ褒められるとは思ってなくて……照れてしまって……あぁ、恥ずかしぃ……」

ボヒュっと湯気が出そうな程、ますます赤くなっていった。


『褒められると赤面をする』とメモ。


「褒められると嬉しいのか?」

「そりゃ、もちろん!」

「そうか。そんな事なら、毎回褒める事にしよう」


「フレデリカさんが、イケメンすぎるぅ……。フレデリカさんを惚れさせなきゃいけないのに、ますます惚れる……苦しい……。髪の毛のお手入れ頑張ろ……」



 エミール君が、真っ赤な顔を両手で抑えながらブツブツ何かを言っていた。聞き取れなかったが。

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