6 エミール -噂-

 最近になって貴族を中心に、とある噂で持ちきりだ。


噂の渦中にいるフレデリカさんは、いつも通りを崩さず研究に邁進している。

魔法省内でもチラチラと見られているが、気にしてる様子もない。


「あの噂本当だったら、どーすんのよ」


「フレデリカさんを悲しませる事があったら、僕が殴りに行きたいですけど……そうもいきませんしね。そうじゃなくても、元々嫉妬で殴りたい」


休憩室でペトルと噂について語り合う。


「でも、ワンチャンこれで婚約解消とかになったりするんじゃね?」

「そうなったら、僕が一番先に求婚します!」

「ははは、ガンバー」

「会ったこともないから、わからんけどよー。王太子のアーネスト殿下ってどんなヤツなんかね?」


 最近は、アーネスト殿下が爵位の低い女に入れ込んでいると、もっぱらの噂なのだ。

表立っては不敬にあたるので言えないが、王家のゴシップは皆興味津々で噂は止められない。



――事の起こりはこうだ。


 アーネスト殿下が通うラザフェスト王立学院で、エヴァレット男爵令嬢と去年の終わり頃からイチャついてるのだとか。


そして、今年の夏にフレデリカさんが夜会に一人で参加することがあった。


反対にアーネスト殿下は、エヴァレット男爵令嬢と同じ学院内の側近子息達と連れ立って、同じ夜会に訪れていた。


婚約者同士が、同じ夜会に出席しているにも関わらずエスコートしないだなんて、どんなに険悪な夫婦でもあり得ない事だった。


エスコートが無い時点で女側が出席を取りやめるのが普通だが、フレデリカさんは気にして無かったんだろうなぁ……。


 その出来事があってからは、噂が加速度的に増すことになる。


男爵令嬢は、側妃として寵愛を受けることになるだろうから、男爵家に取り入っておいた方が良いのではないのだろうかとか、ローレンツ侯爵家もフレデリカさんが一人で参加するということは黙認しているのではないか? とか


男爵令嬢に付き添っている子息達の婚約者もまた怒り心頭で、令嬢達の家が一斉に離反するまで秒読みだとか


次期の政局が大きく変動するかもしれないこの状態で、全貴族達の目が殿下とフレデリカさん、男爵令嬢の一挙手一投足に注目が集まっているのだった。



 元々フレデリカさんは、夜会や茶会への参加は他の令嬢達に比べると参加率は低かった。今回、参加必須だったのか何故か出席。何かローレンツ侯爵の考えがあるのかもしれない。


そして、この噂が持ち上がる事で、フレデリカさんと第一王子の婚約が白紙になる可能性が、かなーり少ないが僅かながらに出てきた。


 フレデリカさんの父であるローレンツ侯爵の考えによるが、僕が調べた人物像によるとローレンツ侯爵は、何よりも利を重んじる性格で合理的だと判断したら、反対側の意見も受け入れる人物らしい。


婚約を白紙に戻した方が利があると、感じたなら動くだろう。


 この国では、王が側妃を持つことは普通で咎められることは無い。現在の王も側妃を抱えている。


それでも、体面的には正妃を尊重し正式な場では正妃を伴って参加するし、側妃が出るような時は正妃が何かしらの事情で出られない時のみ。側妃は、あくまでサブであるのだ。


現在フレデリカさんは、正妃になる婚約者としての扱いを第一王子からはされていない。婚姻し正式に正妃という地位になった後の事であれば強く抗議できるとは思うが、現在婚約者というだけの地位であるならば、そこまで強い抗議は出来ない。


 つまり、今後フレデリカさんが正妃として婚姻し、正当に扱われるようになるのであれば一応は問題なしということだ。


もし、この婚姻が白紙に戻る可能性としては


・フレデリカさんが側妃として迎えられる

・ローレンツ侯爵家が第一王子派から離反する

・王家側からの婚約の解消


この3つのうちどれかに当てはまらなければならない。


 一番可能性が高いのは、『フレデリカさんが側妃として迎えられる』だろうか。


その場合、契約不履行としてローレンツ侯爵家は王家に抗議を強く訴える事が出来る。

そうなったら、確実にローレンツ家への賠償金が支払われるだろう。


ローレンツ侯爵が、フレデリカさんを政治の駒としか見ていない場合、賠償金を受け取って政治的に有利な条件を引き出せたら、側妃に甘んじるかもしれない。


 次に『ローレンツ侯爵家が離反する』


これはつまり、側妃の息子である第二王子か、現在の陛下の弟君の王弟殿下、どちらかに鞍替えすることである。

しかし、ローレンツ侯爵家だけが離反しても効果は薄いしメリットがあまり無い。


ローレンツ侯爵家はじめ、側近子息の婚約者であるご令嬢達の生家(高位貴族であり、第一王子派)が一斉に離反すれば可能かもしれないが。


 そして、最後に『王家側からの婚約の解消』


これは流石に有り得ないだろう。多額の賠償金が発生することになるし、ローレンツ侯爵家をみすみす手放すバカなような事はしない。


ローレンツ侯爵家に瑕疵があれば別だろうが、ローレンツ侯爵家が国を裏切り、他国のスパイをしていたぐらいでないと厳しい。

その時はフレデリカさん含め、ローレンツ侯爵家に連なる者は皆処刑だろう。


 普通に考えて、フレデリカさんをお飾りでも正妃にしておくのが問題は起きないし簡単なのだ。


可能性が低すぎてヘコんできた……。


いや、今までの可能性は0だったんだから、0.000001%でも出てきたなら、全力で足掻くのみ!


『諦めて、自分で上限は作らない。』


 僕がフレデリカさんに簡単に言ってしまった言葉だけど、自分自身の言葉に何度も助けられている。


ここに来るまで、フレデリカさんと違って僕には才能がないんじゃ無いか、ここが限界なんじゃないかと思ったことは何度もあったけど、自分で言った言葉には責任を持って実行しなければと諦めることはしなかった。


だから、今回も諦めはしない。


僅かなチャンスが降って沸いた時、全力でつかみ取れるように頑張る。それだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る