7 エミール -学院-

 まずは、敵情視察だ。第一王子の状況を細かに把握する必要がある。


そこで、以前留学していた時の隣席の友人バートン・フォシェイに連絡を取り会ってもらえることになった。

バートンとは、最初の留学から帰った後も手紙で時々やりとりをしていた。


フレデリカさんが飛び級したと、教えてくれたのも彼だった。もちろん、僕の気持ちは知っている。ニ度目にこちらに来た時に会ったが、それ以降は研究が忙しいこともあり間が空いてしまっていた。


「やぁ!元気そうじゃないか。遅れてすまない。」

「いや、会えて嬉しいよ。今日は来てくれてありがとう。」


 握手を交わして久々の再会の喜びを分かち合うと、食事をしながらお互いの近況報告と思い出話に花を咲かせる。


バートンは、もうすぐ結婚をする予定で準備に忙しいのだとか。


婚約者殿との惚気話を散々聞かされた後は、フレデリカさんとのことを聞かれた。

バートンも噂を耳にしているようで、貴族の間でなされている噂も教えてくれたが、僕が知ってるいるものとそう対して変わりはなかった。


「それで、より詳しい現状を把握したいと……。そういうのはご婦人方が得意だろうから、君の風貌を活かしてご婦人達に聞いてみたらどうかな?」

「それも考えたんだけど、自分から近づくとそれだけで噂になってしまうだろう? フレデリカさんに誤解をされるのは避けたい……」


「誤解も何もと思うが……。あ、そうだ。俺の知り合いが学院で数学教師をしててね。この間落馬をしてしまって、治るまでの期間の臨時教師を探しているそうだよ」

「え。臨時教師を……? 若いし経験も無いけど、採用されるかな?」


学力は問題無いだろうと自負してるが、人に教えたことはない。


「こんな中途半端な時期だから、成り手が少ないし。何よりも重視されるのが、実績よりも家柄だから大丈夫じゃないか?」

「え? 家柄を? ラザフェスト王立学院は、学院内では平等という方針では無かったのでは?」


「それは、単なる建前だよ。俺もラザフェスト学院の卒業生だからわかるが、あそこは勉学を励む場所では無くて、将来の人脈作りがメインさ。後は婚約者がまだいない男女の出会いの場かな……?」


「なるほど……、家柄が良ければ何か間違いが起こっても問題は無いという事か」

「そ。だから、エミールは未婚で外見も良く家柄も他国だが申し分ない。教師という立場でも、多くの女生徒からかなり秋波を送られることになるだろうけど……」

「う……」


今までの女性から追いかけ回された記憶が蘇って、少しゲンナリする。


「やめとくか?」

「いや……学院の中を知れるのは、またとないチャンスだから。紹介をお願いします。」

僕はバートンにしっかりと頭を下げお願いした。


「わかったよ。すぐに連絡する。それにしても、ローレンツ侯爵令嬢のためにそこまでするとはなぁ……。一体どんな女性なんだ?」


「素敵な女性だよ……。」


「それは分かっているが、ローレンツ侯爵令嬢は、かなり謎の存在なんだよな。特に仲が良いご令嬢も聞かないし、学院も飛び級で卒業してしまったから、在籍はしていたがテストのみで通ってない。


夜会等の交流も必要最低限なものしか出席しないし、アーネスト殿下と参加していた頃だって、横で淑女然としながら微笑んでるだけだったし。


それに……近寄り難い雰囲気があるだろ?


一緒に研究してるんだろ? 研究室での様子は? 話したりするのか?」


「話したりは、よく魔法力学の事を話すけど……。プライベートなことはあまり……。

うーん……体力仕事でも、男を頼ったりしない方だよ。


強化魔法をかけて自分で何でもこなしてしまう。もっと頼って欲しいのに、重い書類や機材もさっさと自分で運んでしまうんだ……」


「珍しい女性だな。大抵の女性は、強化魔法が使えても男に何でもやってもらいたがるのに。服が汚れたり、髪型が崩れるかもしれないだろう?」


「服は研究で魔道具をいじるから、基本汚れてもいい白衣を着てるよ。髪型も単に後ろで1本結びにしてるだけだし。あまり汚れとかは気にして無いかな。合理性を好む人だから、自分でやった方が早ければ躊躇なく自分で動く」


「へぇー! なかなか興味深い女性だな。一度お会いしてみたい」

 バートンが顎に手を当てて、感心する。


「や、やめろよ。あまり興味を持つな……」

「ははっ! 俺は婚約者一筋だから、大丈夫だよ」

「それなら、いいけど」

軽くジトっと睨むと軽く謝られた。


 バートンと別れた後、数日も経たない内に学院から連絡があり、無事採用となった。

教授に話を通したり、授業の用意などバタバタしていたら、あっと言う間に初授業の日を迎えてしまった。



✳︎ ✳︎ ✳︎



 今日から週三回学院へ通い、それ以外は研究室と中々忙しいスケジュールである。

フレデリカさんに会える時間が少なくなったのは痛いが、アーネスト殿下の動向が分かるのは大きい。


 授業は共通基礎科目と選択科目で分けられていて、僕が受け持つ高等数学は選択科目だ。

午前中は共通科目で午後は選択科目といった具合だ。


 初授業は問題は無く終了。流石に緊張したが、ソコソコうまくやれたんじゃないかな?

数学クラスには、アーネスト殿下の側近候補のナサニエル・ニューカム伯爵子息がいた。


丁寧に切り揃えられた、やや青みがかった黒髪で銀縁眼鏡がよく似合う美丈夫だ。

とても聡明そうな印象を受ける。


彼は成績も優秀、総合成績もトップの秀才だ。将来は、アーネスト殿下の側近として中央に関わる者となるだろう。夜会では、アーネスト殿下と共に男爵令嬢に付き添っていたと聞いた。


どうにか仲良くなって、殿下の事を聞き出せないだろうか……?


 初授業という事もあったので、成績トップの彼に授業はどうだったかと終わった後に話しかけてみると、「特に問題はありません」と答えられてしまった。その後、急いでいる様子で教室を出て行かれてしまった。


仲良くなるの難しいかなぁ……。いや、これからだよなと気合いを入れる。


 数学の授業を選択している女生徒は少なくて、ナサニエル君の婚約者であるメアリー・ダウニング伯爵令嬢とあと数人しかいなかった。

少しホッとした。これぐらいの人数なら追いかけ回されても対処出来るだろう。


バートンから「風貌を活かしてご婦人達に聞いてみたらどうかな?」という言葉を思い出して、数少ない女生徒とも仲良くしておくべきか……。


 教室内で使った黒板を綺麗にしていると、その女生徒の一人、メアリー・ダウニング嬢から話しかけられた。


「先生、質問がありますの。よろしいでしょうか?」


授業の質問をされたので、丁寧に相手の反応を見ながら答えていく。

メアリーさんは、頷きふむふむと聞いて行く。説明し終わり、納得してもらえたようだ。


「あの、僕の授業はどうでしたか? さっきナサニエル君にも聞いたんだけれど、問題は無いと言われてしまって……わかりにくい所とかあったら、是非意見を聞かせてください」


「ナサニエル様は頭の良い方ですから、わかりにくい等と思ったりしないのでしょうね。

そうですわね……エミール先生の声は聞き取りやすくて助かりますわ。


でも、今回の授業だとココをもう少し時間をかけて欲しかったですの。

私の頭が悪いだけかもしれませんが……」


「そ、そんなことはありませんよ! アドバイス助かります。メアリーさんは、ちゃんと聞いて理解が出来る聡明な女性だと思いますよ。頑張ってくださいね」

「あ、ありがとうございます。早く、ナサニエル様に追いつきたいですわ……」


 メアリー嬢は金髪で縦ロールの髪型で、いかにも令嬢然としている。少し切長の目つきで、近寄りがたさを初見では感じる。しかし、こうやって話してみると勉強熱心な良い子だとわかるし、何よりぼくに秋波を送ってこない。とてもレアな存在だ。捕まえておかねば。


「これからも、分からないことはその都度聞いてくださいね。いくらでも付き合いますから」

「ふふ……ありがとうごさいます。遠慮なく質問させていただきますわね。」

 メアリーさんが一礼をして教室を出て行く。


 これから、学院案内をしてくれると言われていたっけな……。慌てて僕は職員室へ向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る