14 フレデリカ -邂逅-
エミール君は渡された楽譜を手に取り、パラパラと捲った。
「音楽は、小さい頃やってたんですよ。途中から、魔法力学を勉強するために疎遠になってしまって……。でも時々今でも弾きますよ?」
「そういえば、エミール君は何故魔法力学の道に進もうと思ったんだ?」
楽譜を捲っていたエミール君の動きが一瞬止まる。
「え……」
「そういう事って、なかなか言う機会がないだろう?」
「……フレデリカさんのキッカケは?」
「私が質問してるのに……」
「僕のは後で答えますから」
真剣な眼差しで言われ、仕方なく自分の事を記憶を辿って話し始めた。
「私は……母上が亡くなって、しばらく経った頃に『ドライヤー』を見てな……」
「え? 『ドライヤー』ですか?」
「うむ。構造に疑問を覚えたんだ。温風と涼風の切り替えが、違う属性なのに反発しないのかと。今考えれば簡単な事なんだが、当時は疑問だった」
「そこから、構造を調べて?」
「いや、母上が亡くなってから、厳しい家庭教師が来てな……時には体罰めいたものもあった」
幼い頃は母上の悲しみも消えないうちから、家庭教師に厳しくされ捻くれていたな。
「ローレンツ侯爵は知ってたんですか?」
「知らなかったと思うよ。まぁ、それはいい。家庭教師にドライヤーの作り方を聞いたのさ。最初は誤魔化されてな、その家庭教師は知らなかったんだ。私の勉強の時は、答えられないと足を打たれたりしたのにな」
「そんな……」
エミール君が青褪めた顔で聞いてくれる。
もう終わった話なのは分かりきっているのに、優しいな。こういう所が好きだ。
「だから、私も反抗してな。ドライヤーの作り方は、家の修理人に聞いたのさ。ロラ爺と私は呼んでたが。ロラ爺の所に毎日通って、色んな事を教えてもらった。この口調はロラ爺からうつったんだ。男っぽい喋り方だろう?」
「そうだったんですか……その喋り方のフレデリカさんも素敵ですよ」
この喋り方は、自分が素の時しか出てないと思うが否定される事が多いので嬉しくなる。この口調を続けているのは、ロラ爺を忘れないためだから。
「ある時、ロラ爺が亡くなってしまって……母上に続き大切な人を失ってしまった私は、それを埋めるようにロラ爺が残した魔法工学の本を読み漁った。そのうち魔法力学に辿り着いて、その魅力に取り憑かれたんだよ」
「家庭教師はどうなったんです?」
「ある時、魔法力学をやるには、他の勉強や淑女教育を完璧にやって文句言わせなければいいって教えてくれた女の子がいてな……」
「女の子……?」
エミール君は少し驚いて目を見開く。
「うん。その子の言葉で奮起して、文句言わせないくらい短期間でマスターしてクビにしてやった」
「ちょっと待ってください、その子って本当に女の子でした?」
必死な形相でエミール君が聞き返す。
「変なところが気になるんだな、君は。お人形みたいな顔をした女の子だったよ。そういえば、その子と約束をして……」
「一緒に魔法力学を勉強しよう……ですか?」
言い当てられて少しビックリしたが、その子の事をより思い出そうと記憶を辿る。
「うん。そうそう。名前も忘れてしまったから、もう会える事は無いんだがな……」
「その女の子は、こんな顔をしてませんでしたか?」
「え、ええ……? エミール君に妹とかいるのか?」
「その女の子は、僕ですよ……っ!」
「……え?」
今、エミール君は何と言ったか。一瞬遅れて理解が追いつく。あの女の子はエミール君……?
「えええええええ!?」
「大体、何で女の子だって勘違いしてたんですっ!? あの時だって、普通に男の子の格好してましたよねぇ!」
「なんでかな……? 多分、あの時は……そう、王子の婚約者選びの時で女の子が沢山いて……女の子しか来ていないと思い込んでたのかもしれない……。服装とか興味無かったから……」
「だからって……はぁぁ……。昔から女顔とは言われてましたけど、まさかそんな勘違いをされてたなんて……」
「本当に……あの子なのか?」
「だから、魔法力学勉強して……! 留学して同じ学院に通おうと思ったら、貴女は飛び級していて……! だから、僕も飛び級して研究室まで追ってきたんですよ!」
「驚いたな……。なんで、魔法力学が進んでいるヴィーヘルト公国から、うちに来たのかと思っていたが……」
「ちゃんと、約束を果たしに来たんですよ……」
エミールくんが私の両手を包み込む。
「あの時から、僕は……フレデリカさんの事が好きで……大好きで……。約束もありましたけど、ただ会いたくて……それだけでここまで来たんです」
エミール君の瞳から涙が溢れんばかりになっていて、私もつられそうになる。
エミール君は、私に何度も何度も『好き』を伝えてくれていた……。その質量はとても重いだろうに、私がその意味をちゃんと理解してなくても……繰り返し……諦めないで何度も。
私は本当の意味で、エミール君の『好き』を受け止めていなかった。エミール君が頑張ってくれなかったら、多分私はこの想いを知る事が出来なかった。
今ならわかる。受け止められてないのは苦しいだろう。その度に苦しむだろう。
どんなに怖かっただろうか。
「ちゃんと覚えてて……くれたんですね。僕は、ずっと忘れ去られてたかとばっかり……」
私はエミール君の広い背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめる。
私は、我が身を滅ぼすだろう言葉を口にする覚悟を決めた。もし、自分の『好き』が暴走してしまったら、その時は失踪でも何でもしてエミール君を傷つけないように身を引こう。それでもいい。
「ありがとう……。ここまで来てくれて……。
言わなくてはいけないことがあるんだが……聞いてくれないか?」
「はい……」
私はエミール君の頬を撫で、涙を拭う。
「さっき気づいたんだが、私は……君の事が大好きだ……」
「え……!」
「ちゃんと……ちゃんと、理解したんだ。『好き』ってどういう事か。その上で、君の事を大好きだと思った。だから……」
「フレデリカさん……!」
エミール君の瞳から、ボロボロと涙が零れ落ちる。
「おい、あんまり泣くな。私は、君が笑った顔が好きなんだ」
きゅうーと眉を曲げ、嬉しさを堪えきれない表情をしたエミール君は微笑んで……そのまま顔を近づけて。
唇を重ねた
私もそれに委ねて応える。
柔らかな唇の感触が心地良い。
トクトクと心臓が呼応する。
少し離れて、またもう一度重ねる。
何度か繰り返した後やっと離れた。
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