15 フレデリカ -約束-
「いつまで、この体勢なんだ?」
ソファの上で後ろから抱き抱えるように、エミール君からガッチリ抱きしめられている。
「離れたくありません」
エミール君は、私の首に顔を埋めて口付ける。
「また、跡をつける気か?」
「ここだったら、髪の毛で見えないでしょう?」
「そうだが……」
「ん……っ!」
首の後ろを、キツく吸い上げる。吸い上げた後はペロリと舐められた。
「早く結婚しましょうね!」
「ん……あぁ、しかしちょっと待ってくれ……話を聞いて欲しい」
私は、好きになった事での不安や考えたこと、これからエミール君に求めるものが想像がつかないこと……等を伝えた。
「そんな事ですか」
「そんな……事だと……? 恐ろしくないのか? 私が過剰に君を求めたり、今までは君が女性といても何とも思わなかったが、これからは思うかもしれない……。私が一番嫌ってた、自由を制限してしまうかもしれないのだ……」
何が嬉しいのか、やたら満面の笑みを浮かべ聞いている。
「むしろ、凄く……嬉しいですよ。そこまで好きになって貰えたんだって思って」
「君がよく女性から追いかけ回されているのも、今思うとムッとしてしまうんだぞ……っ!
君には非が無いのにムッとしてしまうんだぞっ! こんな道理が通らない話があるか!」
「良いですよ。どんどん怒ってください」
「それだけじゃ無いぞ……多分、私は君に好きな人が出来たら嫌がらせをしてしまう。時には命に関わる事でさえ、平気で出来てしまうかも知れない……。陰険な事を平気でやれる人間になってしまうかもしれない……」
自分が抱えてた恥ずかしい面を露わにする。なんて、小さい人間なのだろうか。好きになってしまうと、こんなに醜く浅ましい人間になるとは思わなかった。
「フレデリカさん……かわいい!」
エミール君は私をギュウギュウと抱きしめると、キスの雨を降らせる。
「意味が、わからん……なぜ、そこでキスをする」
嬉しいんだか、戸惑ってるのか、自分でもよくわからない感情になる。
「だって……そんなこと、普通ですよ? 僕だって思います。それより、そんな事で悩むフレデリカさんが可愛くて可愛くて。僕だって、多分同じ様な事はしてしまうかも知れない……。僕は凄く独占欲強いんですよ?」
「そうか……普通なのか? 世間一般でも?」
「そうですよ。世間一般でもそうです。」
なんだ……私が悩んでる事は、ありふれた物だったのか。やはり、いつもエミール君は私がわからないことを解決してくれる。
「それに、僕がフレデリカさん以外を好きになる事なんて、あり得ないですからね」
「そ、そんな事……わからないだろう!?」
今これだけの愛情を注いで貰っているが、ある日突然消えてしまったら……と思うと不安になる。好きになると言う事は、失う不安も同時に生まれてしまうのだ。
今までは対象が魔法力学だったために、そんな不安は無かったのだが。
人はある日突然、居なくなったりする。母上とロラ爺の件で痛い程理解している。
それを察したのか、エミール君にぎゅうーと力いっぱい抱きしめられ、慈愛に満ちた眼差しで見つめられる。
「とりあえず、スグに結婚しましょう。藉だけでも早く入れたいです!」
「まず、父上に相談だな……」
✳︎ ✳︎ ✳︎
それから、ローレンツ邸に帰り父上に報告をした。父上は、元々私が恋愛を自覚せずとも望めばエミール君と結婚させるつもりだったが、私がちゃんと恋愛を自覚し自分で選べるように意識を向けさせたのだと言う。
そして、母上が亡くなってから私を疎かにしていた事も謝られた。
父上も母上が亡くなって悲しみのあまり、仕事に没頭せざるを得なかったので仕方ないと言う事は今なら理解出来る。
それでも私のことを考えて、守ろうとしてくれていたのはとても嬉しかった。
エミール君との結婚は、式の準備等考えても最短一年後になるだろうということだった。
エミール君は、藉だけでも早く入れて式は後ででも……と主張したが、フィッツジェラルド家にまだ挨拶も行けていないし一年後となった。
ちなみに、両家の話し合いは既に魔道具の音声通話で行われていて両家合意済みだとか。
✳︎ ✳︎ ✳︎
完全にエミール君の婚約者となった私は、研究室にて仲間達からささやかなパーティを開いてもらった。
「録画機起動したか?」
「いやー、マジで夢って叶うもんなんだなー! エミールおめでとう!」
「フレデリカさんも、おめでとう!」
ペトル君達、他の皆が暖かく祝ってくれる。
エミール君は、ペトル君に頭を掴まれグリグリと撫でられていた。そんな様子を皆が笑って見ている。私は知らなかったが、研究室の皆はエミール君が私の事を好きだと言うことを前から知って応援していたらしい。
……少し、照れ臭い。
「フレデリカ嬢は、ちゃんとエミールの事を好きになったんですか?」
少し酒が入ったペトル君から半目で笑いながら質問される。
「あぁ。ちゃんと好きになったぞ!」
エヘンと胸を張って答えると、周りからヒューと囃し立てられる。
「エミール君、本当に頑張ってたよね……。フレデリカさんに名前覚えてもらうために、雑用こなしたり、コーヒー淹れてたのが懐かしいよ」
「……す、すまん……。私は名前覚えるの苦手だったから……」
「皆でいつ覚えられるか賭けしてたんですよ! 結局ビィルの総勝ちでしたけど」
「ふ……ふふ、あ、当てた」
ビィル君が得意そうな顔でピースする。
皆が口々にエミール君の事を「あの時は〜」等と言い合って楽しそうに会話している。
「君は、皆に好かれているのだな」
「え、そうなのかな。だとしたら、嬉しいですけど」
エミール君が嬉しそうに笑うので、私も嬉しくてつい笑顔になる。
「うわー、フレデリカ嬢笑ってる……!」
ペトル君が私を見て驚いたように指摘する。
「え……? 笑うことぐらいあっただろう」
ムニムニと指で顔の表情筋を動かしてみる。
「いや、そりゃあ研究で上手く行った時とか笑顔でしたけど、そんな表情じゃ無かったっすよ!」
そうなのか? 自分じゃわからないものだな。
エミール君がいきなり私を抱きしめて顔を隠す。
「この笑顔は、僕だけの物ですから見ないでくださいー」
「うっわ……浮かれてやがる! 俺たちにも可愛い女の子紹介しろよ! 散々協力しただろー?」
「協力……?」
「まぁ、皆さんには色々と。紹介したいのは山々なんですが、女性のお友達が居なくてですね……」
「私もいないが、ペトル君は男爵家だったか? そしたら家のメイドが丁度釣り合う身分じゃないか?」
「あ! そうですね。ローレンツ家のメイドなら、身元もしっかりしてますし性格も把握されてますよね」
目から鱗とばかりに、エミール君が手を叩く。
「え! 誰か良い子いる?」
「あぁ……この私の研究バカっぷりにも慣れてるから丁度良いと思うぞ。帰ったら聞いてみよう」
「フレデリカ様……! よろしくお願いします!」
ペトル君が私のことを拝み出すと、他の者達も拝みだした。
「僕も……お願いします」
「僕も!」
「あぁ、わかったわかった。我が家でパーティでも開いて一気に会わせる事にしよう」
ワァーと皆から歓声が上がる。
――その後も皆で盛り上がり、楽しい夜は更けていったのだった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「楽しかったな」
「ええ、とても」
エミール君と二人になり、研究室での騒ぎの余韻に浸っていた。
帰りの馬車でエミール君と手を繋ぎあって隣に座る。
「今まで生きてきた中で一番楽しかったかもしれん。私は、皆と壁があったろう?」
「んー、まぁ……そうですね?」
「私はそれでも構わないと思っていたんだ。今までは」
「はい」
「でも、エミール君に会ってから……こんなに人と関わるのが楽しいとは思わなかった。魔法力学以外にも素晴らしいものは近くにいっぱいあった」
「そうですね……」
「世界を広げてくれたのは、今も昔もエミール君……君のおかげだ。本当にありがとう……」
エミール君をギュッと抱きしめる。エミール君が嬉しいような泣きそうな顔を浮かべる。
「君と出会えて本当に良かった……」
「フレデリカさん……!」
エミール君からギュウギュウと強く抱きしめ返されて、潰れそうになりながらも、その暖かな幸せを享受する。
「ふふ……強すぎだ」
「あ、すみません」
エミール君が申し訳なさそうに、腕を緩める。
「これから……色んな事がしたいな」
「ええ。何でもしてみましょう!」
「ヴィーヘルト公国は、海があっただろう? ラザフェスト王国は海が無い国だから行ってみたい」
「いいですね、新婚旅行は海にしましょうか」
「君と一緒なら楽しいだろうな」
「どこまでも一緒に着いていきますよ」
「色んな国を周って、勉強もしてみたいしな」
「ええ。一緒に勉強しましょう」
「あぁ、約束だ。……一緒に勉強をしよう」
私達は一緒に笑い合って小指を絡ませた後、それから…どちらともなくキスをした。
【完結】婚約破棄された研究オタクの侯爵令嬢は、後輩からの一途な想いに気づかない nenono @nenono
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