2 エミール -出会い-
フレデリカさんとの出会いは、僕が12歳、フレデリカさんが10歳の時だった。
僕はエミール・フィッツジェラルド。僕の出身のヴィーヘルト公国から、フレデリカさんがいるこの国ラザフェスト王国に交換留学で来た時のことだった。
王宮主催のパーティが開かれ、僕はそこに参加していた。噂では、今日はこの国の第一王子の婚約者を選定するためのものでもあるらしい。
パーティに参加している僕より下の幼い女の子達が、期待に満ちた眼差しで王子を追いかけ回していた。
「へぇ……大変だねぇ……」
僕はその様子を冷めた目で見ながら、観察していた。僕も国に帰れば同じように女性から追いかけ回される立場なため、少し王子に同情してしまう。
そんな折、窓の外で隠れるように蹲っている女の子を見かけた。あの娘は王子略奪戦争に参加しないのだろうか……そう思った僕は興味本意で話しかけてみる事にした。
その娘はブツブツと何かを言いながら地面に数式のようなものを木の枝で書き殴っていた。
「これは何を書いてるの?」
ビクっと振り向いた女の子は、凄く綺麗な子だった。
陽の光を受けてキラキラと輝く、アメジスト色の長くウェーブがかった髪。白く透き通るような肌、意志の強そうなルビーのような瞳。
一瞬で心を奪われてしまった……。
僕はそのまま少し見惚れてポーっとしていたが、女の子はつまらなそうに僕を見上げると
「マナの振動を考えてるの。わからないなら、あっち行ってくれないかな」
とても淑女とは思えないような口調で、つっけんどんに彼女は答える。
「あー、魔法の発動詠唱は振動であるとか何とかの……。詠唱の言葉には意味は無く、音程が重要で何の意味もなさない言葉でも、魔法発動は可能とわかって……」
なんとなく、わからないとは答えたくは無くて、僕は知っている知識をそれっぽく言った。
「そう! その通りだよ! そして、その音程は信号に変換することで、人の詠唱無しで魔法が使えるようになった。
それに、それにより複雑な命令を同時に併せ持つ魔法が実現され魔法工学は進歩出来たんだ!
人間は詠唱の言葉に意味があるという固定概念で凝り固まっていたから、昔の人は今まで気づけなかったんだ! 本当に素晴らしい発見だよ。
今までの世界を一つの考え方で変えちゃったんだ!」
ふるりと身を震わしながら早口でまくし立てた彼女は輝いていて、周りの空気までもが光って見えた。
「貴方も魔法力学をやってるのか!?」
さっきと打って変わって、彼女はキラキラした上目遣いで僕を見上げる。途端に浅い知識で答えてしまった自分が恥ずかしくなり、即座に謝った。
「いや、知ったか言った……ごめん。僕の先生が授業中に雑談で言ってただけなんだ…」
彼女はそんな僕を笑う事なく、何処の学院の事かと目を輝かせながら聞いて来たので、素直に隣国の学院だと答える。
「隣国のヴィーヘルト公国は魔法力学が盛んだと聞くよ! いつか、行ってみたいなぁー。私は多分この国を出る事が出来ないから、行ける事は無いかもしれないけど……」
先ほどまで目を輝かせて早口で喋っていた彼女は、次第に視線を地面に落とし諦めたようにまたガリガリと書き殴り始めた。
「なんで? 留学しに来ればいいじゃないか」
「今日のパーティの意味は知ってるか?」
「え……と、第一王子が婚約者を選ぶのも兼ねてるって……」
「そう。私は、婚約者になる予定なんだ」
「え、なんで、まだ決まってないんじゃ無いの?」
「もう既に内定してるんだ。出来レースってやつさ。結婚は親が決めるものだろう? 当人同士会わせて、ここで仲良くなりましたって表向きストーリーが必要なんだよ」
はぁ……と彼女が、大きなため息をつく。
僕は恋に落ちた途端、相手に婚約者がいることを同時に知ってしまった。
「だから多分、気軽に留学は出来ないと思う。それに、女が魔法力学なんてあまり歓迎されないんだ。全てを諦めて、これから王子の横でニコニコする仕事をしなくちゃならないんだ。仕方ないけどね」
「でも、この国の王太子妃だなんて皆んなの憧れじゃないの?」
「他の皆はそうなんだろうな。父上もそれが幸せって言ってた。でも、私は王太子妃なんてなりたくない。ずっと魔法工学や、力学を考えてたい……今日は人生で一番最悪な日だ」
この世の全てを諦め切ったかのように、彼女の目から輝きが消えた。
さっきまでの彼女が目を輝かせている様子が、本当に素敵だったから。
そんな彼女がまた見たくて、僕は必死に言葉を紡いだ。
「えっと……お父様に交渉してみるとか?」
「交渉?」
「そう、例えば……勉強や淑女教育を早くマスターする代わりに、残った時間は魔法力学に使ってもいいですか? とか」
「……ふむ」
「自分の力で文句言わせないくらいの結果を出したらいい。それは、とても大変だろうけど……君は、最初から諦めて自分で上限を決めてるように見えるよ」
「自分で上限を決めてる……?」
「そう。さっきから、仕方ない仕方ないって言ってるじゃないか。王太子妃になるからって自分を犠牲にすることないよ。両立出来る方法を探そうよ」
彼女がパチパチと目を瞬かせる。
「刺繍の教育で魔法式を刺してもいいし、音楽をやりながら発動詠唱を構築したっていい。勉強をしながら、魔法力学に結びつけて考えてもいいし……義務としたい事を同時に叶えたって良いんだよ」
「同時に……叶える……」
「それこそ、さっき言ってた固定概念を壊して世界を変えちゃえばいいんだよ!」
彼女の目が次第に輝きを持ち始めてくる。
「うん……うん……そうだな。私は固定概念に囚われてたかもしれない……」
「僕、今この国に留学に来てるんだけど、自分の国で勉強してから、ここに戻ってくるよ。そしたら、うちの国の魔法力学を君に教えてあげられるよ!」
「そうだな……留学出来ないなら、来てもらえればいい!」
「うん! そうだよ! だから、自分で上限を決めて諦めないで! 一緒に勉強しようよ!」
彼女の目は、どんどんと希望に満ち溢れて輝き出す。
「うん……! うん……! そうだな!」
彼女は小さな手を、ぎゅっと握りしめる。
「自分で勝手に限界を決めていたかもしれない。父上を説得して、勉強を認めてもらおう! ありがとう、えーっと……」
「僕の名前はエミール・フィッツジェラルドだよ! 覚えておいて!」
「私の名はフレデリカ・ローレンツ。約束だ、将来一緒に勉強しような!」
そう言ってフレデリカさんは小指を差し出し、僕も頷いて小指を絡ませた。
この時のフレデリカさんの笑顔で、また僕は恋に落ちたのだった。
ラザフェスト王国での短期留学を終え、ヴィーヘルト公国へ帰国すると、僕は猛烈な勢いで勉強し始めた。元々勉強は出来るほうではあったが、フレデリカさんと魔法力学を語れるようになるレベルを目指すとなると途方も無かった。
16歳の時、ラザフェスト王立学院へ留学しようと調べてみたらフレデリカさんは既に飛び級し卒業して魔法省の研究員になっているとわかった。
彼女が飛び級をして学院を既に卒業していることは計算外だったが、お父様と交渉して無事魔法力学を勉強する権利をもぎ取ったのだろうと考えると嬉しくなった。
後を追う様に、僕も自国で飛び級をし一年後卒業。その後論文を書いて魔法省の研究員への推薦をもぎ取るまでに更に一年。
そして、あれから6年の月日が経ってしまったが、ついに、やっと、フレデリカさんと同じ研究室に入る日がやってきた。
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