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 「ねぇ、どう思う? こんなの許されると思う?」

 夕食のトンカツを頬張りながら、麻衣が持ち帰って来たポーチを手に取った敏行が、モゴモゴとしながら言う。

 「へぇ~。こりゃよく出来てるね。まるで『ラッキー・ドッグ』の品みたいじゃないか。コピーもここまで来れば立派なもんだ」

 「叩くよっ! 何が『よく出来てるね~』よ! コピーじゃないでしょ! 盗作でしょ!」

 すると、嫌いなキャベツを皿の隅に追いやることに熱中していた筈の、翔までもが絡んで来た。

 「どれどれ。見せて、見せて」

 そして父親から受け取ったポーチをしげしげと見詰めながら、彼も言う。

 「ホントだぁ。お母さんのとソックリだぁ。どっちが先かは知らないけど」

 「私に決まってるでしょっ! アンタ、キャベツも食べなさい! 今、葉物野菜は高いんだからっ!」

 首をすくめる息子は放っておいて、麻衣は敏行の方を見た。

 「ねぇ。何とかならないの? こういうのって、犯罪じゃないのかしら?」

 「なんとかつってもなぁ・・・ 別に商標登録してるわけじゃないしさぁ」

 「しかも10円安く売るってところがで、腹立たしいじゃない? いったい、どういう神経してるんだろ」

 「お客さんにとっては、安い方が良いけどね」

 余計な口を挟む息子に、麻衣がピシャリと言う。

 「アンタはキャベツ食べてなさいっ! キャベツの大盛りにするよっ!」

 「ぶぅ~だ」

 「まぁまぁ。で? 出来はどうなんだい? 粗悪品なのかい?」

 そう言われると、麻衣の怒りは途端に下火となった。

 「ま、まぁ、出来は悪くないよ。細かい所も丁寧に作ってあるし、真面目に作ってる感じはするけど・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 旦那と息子にジィーッと見詰められ、バツが悪くなった麻衣はバンッと箸を置いた。

 「だ、だから、問題はそこじゃないんだってば! デザインを盗んでるところなのっ!」

 それでも二人の疑うような視線は変わらなかった。

 それもその筈。『ラッキー・ドッグ工房』の商品デザインも、麻衣が考案したわけではないことを、二人は知っているからだ。

 敏行は黙っていたが、翔はあっけらかんと言い放つ。

 「だって母さんの作る奴って、全部お父さんがデザインしたものじゃないか」

 「ゲホゲホゲホッ・・・」

 キャベツの切れ端が、変な所に入ってしまった敏行が咳き込んだ。

 確かに、色味の組み合わせや柄の選定、或いはデザインそのものなどは、いつも敏行の仕事だ。麻衣が「これとこれはどう?」などと尋ねる度に、敏行は黙って首を振ったり頷いたり。時には「それじゃなくて、もう少し色の薄い奴をセンターに使った方がバランスが良いぞ」などと、かなり具体的な指示が出される。

 そこを息子に言い込められた麻衣は「ウッ、グッ」と言葉に詰まるが、だがそれでも翔の、あくまでも中立公平な姿勢は揺るがないのであった。

 「お父さんが文句を言うなら判るけど、お母さんが言うのはチョッと・・・」

 すると麻衣が真っ赤な顔をして、その言葉を遮った。

 「な、ななな、何を言ってるのよ!? 夫婦ってのは一心同体なんだからね。あ、あんたの知らない所で、ガッツリ繋がってるんだからっ!」

 「ゲボゲボ、グゲゲ! グホグホグホッ・・・」

 いったい息子になんの話をしているのやら。横で聞いていて恥ずかしくなった敏行が更に咳き込むと、変な所に入っていたキャベツが何処かに行ってしまったではないか。

 「だいたい、どうやって色の組み合わせとか考えてるのよ? コツが有るなら教えてよ」

 急に話を振られた敏行が、目を瞬きながら応える。

 「そんなこと言われたってなぁ・・・ ゴホゴホッ・・・ 別にコツとかが有るわけじゃないんだよなぁ。ってか、それが判らない時点でセンスが無いって話なんだけどな。がっはっは」

 そもそも彼は、それで金儲けしているわけではないので、自分のデザインがパクられても全然気にしていない。むしろ自分のセンスが良いことの証のような気がして、逆にまんざらでもない様子だ。

 自分には芸術の才能が無いことが判っている麻衣にとっては、その態度こそが癪に障るわけだが、デザインに関しては彼に頼り切っているため、強く言うことが出来ない。一度、何の相談もせず、麻衣のセンスだけで作ったことが有ったが、その完成品を見た時の敏行の言葉の失いように、彼女の方こそが言葉を失ったほどなのだから。

 「うるさいわねぇ・・・ じゃぁさ。どうやってそのセンスを磨いたのよ?」

 「いやいや、意識して磨いたことも無いし・・・ 持って生れたものじゃないのかな?」

 「何よそれっ!? それじゃ、適当に選んでるって言ってるも同様じゃない!」

 「そう! それだ! 適当なんだよ。これが良いかなって思える組み合わせを、適当に言ってるだけなんだから、その言葉が一番シックリ来るんだな、これが」

 敏行は指をパチンと鳴らして、麻衣の顔を指差した。

 「じゃぁ、どうやって適当に選んでるのよっ! 教えなさいよっ! じゃないと玉子焼きにネギ入れちゃうからねっ! それでもいいのっ!?」

 「い、いや・・・ それはチョッと」とショボ暮れる敏行。

 「僕もそれはチョッとかな」翔も余計な所に絡んでくる。

 「アンタはキャベツなのっ!」

 もう何を言っているのか意味不明だが、そもそも「これが良いかな」って思えることこそがセンスなのだから、二人の問答が決着をみることは無いのだった。

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