冷やかし戦争 / 結局、何も買わない客、腹立つわぁ~。

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 今日と明日は市内の文化センターでのイベントだ。と言っても、その主催者は個人である。

 この手のイベントと言えば、商業的な目的で組織体 ──主に会場を管理する企業や自治体── が運営するものが多いが、稀に個人が主催するイベントも無いではない。ハンドメイドに携わる人間の中には、そういった企画側に回ることを好む者もいて、学園祭とかで言うところの実行委員みたいな方向に己の存在価値を見出すタイプなのだろう。

 当然ながら、そういった人は顔が広く、近隣のハンドメイド作家たちの間では顔が利く。やれ、出店数の足りない時は直接交渉して店を出して貰ったり、或いは、逆に多過ぎる時にも直談判で出店を控えて貰うなどの調整役を、自らかって出たりするわけだ。

 その代わり、別なイベントでは優先的に出店させるなどの暗黙の裁量権が与えられていたりして、言ってみれば、近隣ハンドメイド界のドンと言っても差し支えの無い存在であり、その独自ネットワークを侮ってはいけないのだ。

 イベントを主催するのが企業の場合であったとしても、そのような人物は無視できる存在ではなく、ご機嫌を損ねると面倒なことになることは必至だ。折角、イベントを企画したのに、誰も出店してくれなかったという事例が過去に有ったとか無いとか。今でも語り草となっている伝説は、枚挙にいとまが無い。市役所の「地域振興課」といった類の職員は、まずこのドンに顔を覚えて貰うところから始めるのが、仕事のイロハである。

 勿論、店舗間に巻き起こったトラブルなどにもスクランブル出動し、事を穏便に収めるその手腕は、もう殆どヤクザの世界観だ。企業や自治体のスーツを着たサラリーマンみたいなのが仲裁に入ったところで事態が収拾する筈も無いが、ドンが出てくれば話は別である。どんなヤクザだって長嶋茂雄が出てくれば引き下がるように、ドンが現れれば、全ての店主が怒りの矛先を収めるのものなだ。だってドンなのだから。

 この一帯のハンドメイド界を盛り立てつつ、健全な発展と治安の維持に寄与するという重役も担っていて、益々その存在感を際立たせているのがドンなのだ。


 このドンと称される人物は言ってみれば一般の主婦で、元ハンドメイド作家という場合が多い。元々は自らも何かしらを手作りして店を出していた立場であったが、イベント主催側の落ち度や要領の悪さに業を煮やし、終いには「そんなんだったら私がやるわよ」みたいな流れで成り上がってい行ったという経緯だ。それを「成り上がる」と表現するのが適当かどうかは判らないが。

 従って、ハンドメイド作家たちの気持ちをよく理解していて、いわゆる現場を知っている叩き上げなわけで、そんな人物と懇意にしていれば色々と便宜を図ってもらえるので、あからさまに擦り寄ろうとする作家さんも少なくない。

 通常であれば、貸し出される机や椅子が一個ずつであるはずのところを、何故か二個使わせてくれたり、人流の多いポイントに優先的に出店させて貰えたりなどだ。そういった特別待遇を得るためには、作家側にも不断の努力が必要であることは言うまでもなく、イベント前日の搬入作業の手伝いを自らかって出たり。イベント開催中の挨拶回りなどは重要なポイントとなる。

 あまり人目に付くことは無いが、事前準備や後片付けは、ドンの技量の如何によってそのイベントの成否が決定付けられる重要なポイントであり、そこで目立った仕事をこなすことが出来れば、近隣ハンドメイド業界で重要な地位を与えられるといったシステムは、ヤクザ映画で見たことが有る人も多いだろう。

 まさか上納金(ヤクザ業界では「吸い上げ」の他、「みかじめ料」とか「もり代」などと言うこともある)と称して売り上げの一部を収めたりすることは無いが ──そこまで行くと、正真正銘、任侠の世界である── チョッとした物の付け届けなどを怠ってはならないことは、言うまでも無いだろう。

 麻衣などはそういった面倒臭い付き合いが苦手なので敢えて距離を取り、着かず離れずといった関係を保つように配慮している。嫌われたりするのはもっての外だが、あまり親しくなり過ぎても、気の乗らないイベントに駆り出されたり、結局はあちらの都合の良い駒のように扱われるだけだからだ。

 最初は気前よく、色々と世話を焼いてくれるが、いつの間にかドップリと嵌って抜け出せなくなるといった話を耳にすることが多いのは、それこそが裏社会の摂理であり、行動原理そのものだからなのだろう。

 そんなものには興味が無い麻衣は、その代償として得られる細やかな特権などと引き換えに自由を奪われるのは御免こうむりたいところだ。自分の都合でノンビリと店を出せるのであれば、それが一番気楽だと考えているのである。

 「あら? 素敵なバネポーチじゃない」

 二人連れの中年女性が『ラッキー・ドッグ工房』の前で足を止めた。

 麻衣は直ぐに愛想良く接客する。

 「そのシリーズ、結構人気が有るんですよ。お一ついかがですか?」

 すると、もう一人の方の女性が、ニコニコとした笑顔を放つ麻衣の顔をジロリと睨み付けながら言うのだった。

 「やめておきなさいよ。確か『××ショップ』さんの方にも似たようなのが有ったわよ。あっちの方が出来が良いんじゃないかしら? 今日は出店してないみたいだけど・・・」

 最初の女性は考え込むような仕草で、眉間に皺を寄せる。

 「あらそう? う~ん、確かにそうねぇ・・・」

 すると彼女は、バネポーチの一つを取り上げると、パカッと口を開いて無理やり内側を引っ張り出した。そして、隅っこの縫い目辺りをグィグィと搾り上げ、シゲシゲと吟味し始めたではないか。

 それを横から見ていたもう一人が、鬼の首を取ったように指を差す。

 「ほら! そこの縫い目なんていい加減なもんじゃない! 見えない所だからって、手を抜かないで欲しいわ。作家としての良心に欠けてるんじゃないかしら? 呆れちゃうわ~」

 「ホントねぇ。これは酷いわね。やっぱりやめておくわ。ごめんなさいね」

 二人はそれだけ言うと、裏返しになったポーチをポイッと陳列棚に放り投げ、さっさと立ち去ってしまった。


 何だありゃ? 人の店の商品にケチを付けるだけ付けて、行ってしまったではないか。何がしたかったんだ?


 そう思いながら立ち去る背中を視線で追っていると、今度は麻衣から見て二つ先の店に二人は足を止めた。そこはドライフラワーとかを売っているお店だ。

 「あら、可愛らしいリースだこと。素敵ねぇ」

 「ちょっと、およしなさいよ」

 そう言って、もう一人がリースの一部を指差した。

 「ほら、ココのところなんか、お花が崩れちゃってるじゃない。よく見たら酷い作りよ。『○○ガーデン』さんのリースの方がずっと良いわよ」

 「そう言われればそうね。こちらの品は、随分と雑な商品が多いわね。やっぱりやめておくわ。ごめんなさいね」

 二人はそう言い放つと、ポイっとリースを放り投げ、更に次の店へと足を運んでゆくのだった。

 ドライフラワーをそんな乱暴に扱っては、壊れてしまうのは当たり前である。その店の女店主は何か文句を言おうとしたが、その隙も与えずに二人は立ち去ってしまうのだった。

 「酷い店ばっかりね。嫌だわ。行きましょ行きましょ」

 そして今度は五つほど先の店で立ちどまり、また何やら話し込んでいるようだが、もう麻衣の耳には、何を言っているのかまでは聞こえて来ない。だが、どんなことを話しているのかは、聞こえなくても判るような気がした。おそらく、会話の手順と言うか台本が完全に出来上がっているのだろう。かなり熟練したコンビ芸というか、クレーマーである。

 そんなことをして、何が面白いのだろう? ポカンとした呆れ顔でそれを見詰めている麻衣に、右側の店でビーズアクセサリーを売っている『ビーズ・ビーズ・カントリー』の女店主が苦々しげな表情で言った。

 「田村組の奴らね」

 「はぁ?」

 麻衣は両目をパチクリとさせた。

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