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 「せ、関口組・・・ ですか?」

 麻衣は差し出されたオレンジジュースを礼を言ってから受け取り、「ちゅーっ」と吸い上げながら、裏返しにされたまま放り投げ棄てられたバネポーチを元に戻して尋ね返す。

 「そう。この辺一帯のハンドメイド界隈で、私たち関口組と覇権争いをしているのが田村組。さっきの二人組は、間違いなく田村組の鉄砲玉よ」

 「は、はぁ・・・」

 「規模にしても歴史にしても関口組の方に分があるんだけど、あいつらは最近力を付けて来てる新興勢力で、怖いもの知らずっていうか、事ある度に私たちのシマを荒らしに来るのよ。むしろわざとトラブルを起こして、一悶着起こそうって魂胆なのよね」

 血生臭いのは苦手なので全く見たことは無いのだが、出てくる単語は任侠映画そのものではないか。「おまんら、舐めたらいかんぜよ!」とか言っていた夏目雅子は綺麗だったなぁ、などと懐かしい想いが蘇る。

 「そ、そうなんですか・・・」

 「言ってみれば昔気質の筋もルールも通じないたちの悪い奴らで、チンピラみたいなもんなのよ。全く頭に来るったりゃありゃしないわ」

 頭にきているのは判るが、先ほどの台詞の中に聞き捨てならない表現が混じっていた様な気がする。確か、「私たち関口組」みたいな・・・

 「あ、あの・・・ 私もその関口組とらやの・・・」

 「そうに決まってるじゃない。あなたもれっきとした、関口組の組員よ!」

 何を馬鹿なことを言い出すのだと言わんばかりに、女主人は呆れ顔だ。

 いやいやいやいや、大学の同好会じゃないんだから、軽いノリで勝手に組員にしないで欲しい。公民館のフラダンス教室だって、もう少しちゃんとした募集をしてる筈だ。

 そもそも勧誘された覚えも無いし、こちらから手を挙げたりはしない。話を聞く限り、ただの犯罪者集団ではないか。俗に言うところの、反社会勢力という奴だ。

 「いやぁ~・・・ 私はそんなを結んだ記憶は無いんですが・・・」

 そこで突然、麻衣は目を見開いて固まった。

 ま、まさか! さっき、この人がくれたオレンジジュースが血杯だったとか!?


 この手の組織の特色は、擬制の血縁関係で結ばれているという点である。その関係性を成立させるための重要な儀式が「盃事」と呼ばれるものだ。元々、日本においては、盃を交わすことで約束事を固める風習があり、婚礼での三三九度などはその代表例であろう。

 一方、反社においてもそれは同様で、独特の伝統と習慣に基づき古くから厳粛な様式として行われている。それは団結と統制を象徴し、組織への帰属意識を高めるための大切な役目を果たすものとして、いわゆる血の杯の伝統がいまだに色濃く息づいているのだ。


 『ビーズ・ビーズ・カントリー』の女店主はニヤリと笑った。そして麻衣の手にするオレンジジュースを指差しながら、「ふっふっふっ・・・」と不敵な笑いを漏らすではないか。

 「だって・・・ 飲んだわよね? それ」

 「えっ・・・ うぅ・・・ あ・・・」

 「一度、受けた盃を返すということが、どういうことかは判ってるんでしょうね? 筋を通すって意味、ちゃんと判ってる?」

 女主人はジロリと麻衣を睨み付けた。

 「うぐ・・・ ぐぐぐ・・・」

 しかし、目を白黒させる麻衣を見て、女主人は突然笑い出したのだった。

 「あはははは、ウソ、ウソ。冗談よ。今時、そんなヤクザみたいなこと、するわけ無いじゃん!」

 充分にヤクザみたいなことをしてるじゃないかと思ったが、その言葉はグッと飲み込み、ホッと胸を撫で下ろす麻衣。

 ちなみに、この場合の「筋を通す」って、どういうことを指すのだろう? ヤクザ映画であれば小指を切り落としたり(専門用語では、エンコを詰めると言う)するわけだが、まさかタマを差し出せとか?

 麻衣は背筋を走る悪寒にブルリと震えた。

 「でも結局、『ラッキードッグ』さんも、こっちのイベントに参加してるじゃない? だったらもう、関口一派と考えて間違い無いわね。少なくとも向こうはそう思ってるし」

 だから、そんな話聞いてないって!

 「たとえ一匹狼でやってゆくつもりだったとしても、一宿一飯の恩義を忘れちゃダメよ。ハンドメイド業界は、何よりも仁義を重んじる世界なんだから」

 やっぱりヤクザじゃないか。私は何という世界に足を踏み入れてしまったのだろう?

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