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 「あっ、丁度いいわ! 紹介するわね!」

 そう言って『ビーズ・ビーズ・カントリー』の女主人は、人ごみに向かって手を振った。

 「こっちこっち! 関口さん! こっち!」

 その方向に視線を巡らせると、辺りの店を覗き込みながらフラフラと歩いている一人の女性が、その声に反応して片手を挙げた。

 するってぇと、あれが関口組の・・・ などと、影響され易い麻衣も一緒になってヤクザチックな言葉づかいで考えているところに、その女性はニコニコ笑いながら「あら、飯島さん。調子はどう?」などと、近付いて来るのだった。

 『ビーズ・ビーズ』の主人は飯島さんというらしい。その飯島さんが、早速、麻衣を紹介する。

 「紹介します。こちら『ラッキー・ドッグ工房』の・・・」

 そう言えば、お互いに自己紹介などはしていない。仕方なく麻衣は自ら名乗ることにする。

 「高原といいます。宜しくお願いします」

 そこまで言って軽く頭を下げてしまってから、麻衣はハタと考える。ちょっと待て。たった今、私はとんでもない組織に片足を突っ込んでしまったのではないか? 宜しくお願いなんて、しちゃいけなかったんじゃなかろうか?

 しかし、そんな麻衣の葛藤を知る由も無い組長・・・ いや、関口さんは、にこやかに笑った。

 「あら、可愛らしい小物ですね。私、関口といいます。これからも宜しくお願いしますね、高原さん」

 ヤバいっ! これがヤクザ界におけるというやつかっ!?(筆者注:そんなわけは無い)

 善良な市民だった筈の私が、なんということにぃぃぃ・・・。笑顔をヒクヒクさせながら、麻衣が心の中でもんどりうって頭を抱えていると、飯島さんが急に声を潜めて話し出す。

 「さっき、田村組の奴らが来てました。ゴチャ(難癖、言い掛かり)付けるだけ付けて帰って行きましたが」

 きゃーーーっ! やめてーーーっ! 飯島さん、何を言い出すのーーーっ!?

 「ホントに? 最近のあいつらときたら、目に余るわね・・・」

 「こっちのシマを荒らしに来たのは明らかです。どうしますか?」

 ど、ど、ど、どうしますかって、あなたたち何話し合ってるのよ~っ! 私たちは、ただのハンドメイド作家でしょうよっ!?

 するとそこに、若い女性が駆け寄って来た。

 「大変よっ!」

 飛び込んで来たのは、かつて、どこかのイベントで顔を合わせたことのある店の女性であった。確か子供用の帽子などを作っている、麻衣と同じような布小物系の人だ。

 「甚内さん! いったいどうしたの? あなたは確か・・・」

 目を丸くした飯島さんが落ち着くようにと、その甚内さんと呼ばれた女性の肩に手を添えた。それでも甚内さんは、息も絶え絶えに堰を切ったように話し出す。

 「あいつら・・・ はぁ、はぁ・・・ 明日の二日目に、別のイベントをぶつけてくるつもりらしいわよ!」

 「えぇっ! どこでっ!?」と、飯島さん。

 「それが聞いてっ! ハーモニーホールらしいのよっ!」

 「ハ、ハーモニーホールですってっ!? それじゃ、ココから目と鼻の先じゃない!」

 それを聞いた関口さんの表情が曇った。そして何かを考え込むかのように、眉間に皺を寄せたまま動かなくなった。


 その後の、関口組の皆さんの話を要約するとこうだ。

 この甚内さんという女性は、同じ関口一派の所属でありながら、田村組に潜入しているスパイ要員だというのだ。普段は田村組の組員として活動しながら、あちらの活動状況を逐一報告してくる潜入捜査員なのだという。

 それじゃ、二重スパイがいてもおかしくないではないか、と麻衣は思う。と言うか、新参者の『ラッキー・ドッグ工房』などは、真っ先に疑われてしかるべきじゃないか? それとも、綿密な身上調査でも行った上で、イベントへの参加が認められたのだろうか?

 いやいや。自らを「新参者」などと称してしまっている時点で、既にこの不可解な世界感にドップリと首まで浸かっているじゃないか。いかんいかん。こんな仁義なき抗争に、積極的に関わるべきではないのだ。

 いずれにせよ、普通の主婦が足を踏み入れて良い世界ではないような気がする。だがその一方で、重く捉え過ぎのような気がするのも事実。だいたい、女が三人以上集まれば派閥が出来て、やれ「誰が嫌いだ」とか「あの女はどうだ」とか、どうでもいいことが始まるものなのだ。

 その大規模なヤツに、運悪く巻き込まれているだけだという気もしないではないのだが・・・ とにかく規模が大き過ぎる。そして、どうでもいいことなのに、登場人物たちがマジっぽい。


 「どうしますか、関口さん?」

 飯島さんは、また同じ質問を組長にぶつけた。

 お願いだから、その質問は忘れてーーーっ!

 組長は「うぅぅぅむ」と唸る。そして彼女は苦渋の決断を下したかのような雰囲気を、周囲に拡散させながらこう言ったのだった。

 「明日ね。明日、手の空いている者たちを掻き集めて頂戴。あくまでも目立たないようにね」

 「判りました。んですね?」

 って何? って? 皆さん、何をって言ってるの~っ!?

 問い返す飯島さんに、組長は黙ったまま頷いた。その意思を確認した飯島さんは、直ぐさま甚内さんにテキパキと指示を出す。

 「あなたは早く戻って、怪しまれないようにして。それからこっちの動きが察知されていないか、ギリギリまで探って頂戴。判った?」

 「はい、判りました! 任せて下さいっ!」

 そう言い残し、甚内さんは走って文化センターを飛び出して行ったのだった。

 そして今度は麻衣の方を見る。

 「へっ? 私?」

 麻衣はアホのような面で、自分の顔を指差した。

 「高原さんも、お願いねっ!」

 飯島さんは胸の前で小さなガッツポーズを決めた。

 いったい、何をなさる気なんですか~っ!?

 麻衣はもう、聞き返す気力も失い、ヘロヘロな状態で思うのだった。何をやっているのだ、この人たちは?

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