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決戦の日が来た。文化センターのイベント二日目だ。
気のせいか、その日はどの店のハンドメイド作家たちも、ワサワサと落ち着きがない風情である。そういう麻衣だって同じだ。関口組の皆さんが何をするつもりなのかは知らないが、しっかりとその面子に組み込まれてしまっているのだから。
一宿一飯の恩義だって? 私はただ、文化センターのイベントに出店しただけです!
息子に聞いてみたが、今時の若い子は、そんな言葉は知らないそうだ。しかも腹が立つのは旦那である。昨日の夜、その日の顛末の話をしたら、腹を抱えて大笑いしやがった!
「がはははは。清水の次郎長親分か、その関口さんって?」
「誰よ、その清水のナントカって人?」
「飯島さんと甚内さんが大政、小政だとしたら、さしずめお前は森の石松ってところだな? こいつはケッサクだ! わはははは」
「笑わないでよっ! こっちは一大事なんだから! だいたい、何で私がガッツ石松なのよっ!?」
「そのガッツって誰?」
聞いたことの無い名前の羅列に、息子の翔が聞き返すと、麻衣はピシャリと言った。
「ちょっちゅね~、の人よ! テレビで観たこと有るでしょ!?」
「そりゃ具志堅だ。お前こそ、色んな意味で話が通ってないぞ」
呆れ顔の敏行に麻衣が詰め寄る。
「そんなこといいから、明日はあなたも一緒に来てよ~。お願い」
しかし敏行は、済まなそうに顔をしかめるのだった。
「明日は無理だな。釣り仲間と一緒に山に入る約束しちまってるからなぁ」
「えぇ~っ! じゃぁ、翔は? あんた、どうせ暇でしょ?」
「僕は明日、進研模試だよ。お母さんが受けろって言ったんじゃないか」
すると麻衣のこめかみで、何かがプチンと切れた。
「だったらサッサと勉強始めろっ! アンタは山で熊にでも追っかけられればいいんだっ! どいつもこいつも! ふんっ!」
そんな昨夜のやり取りを思い出しながら店番をしていると、飯島さんがサササササッと近付いてきた。その動き、ゴキブリかっ!?
「そろそろイベント終了の時間だから、早めに撤収開始してね」
「は、はい・・・ で、撤収してからどうするんですか?」
「何言ってるの? ハーモニーホールにカチコミ(殴り込み)するに決まってるじゃない! 今日こそはやってやるわよ!」
ひぇ~・・・ やっぱり昨日、敏行が言っていた「出入り」だ。ヤクザ間の抗争を「出入り」と言うらしい・・・ って、そんなことはどうでもいい!
麻衣はクラクラする眩暈に耐えながら、仕方なく店の撤収を始めたのだった。
*
「それじゃぁ、行くわよっ! みんな!」
飯島さんが気勢を上げると、組員の皆さんの空気がピリリと張り詰めたのが判った。集められたハンドメイド作家は総勢九名。当然ながら、麻衣もそのうちの一人だ。見回してみれば、あちこちのイベントで見かける顔馴染みが多い。
文化センターの裏側にある搬入口から、ゾロゾロと出てくる組員たち。その表情には、怒りとも緊張ともとれる色が浮き出ている。中には肩を怒らせて、という表現がピッタリのご婦人もいた。
そして彼女たちが文化センター側面の駐車場を通り、表面にまで回った時のことだ。何とそこで、田村組の一群と鉢合わせしたのだった。
お互いの視線が絡み合い、バチバチとした火花が走る。見たところ、あちらの組員の皆さんも、何処かのイベントでお目にかかったことが有る様な無い様な・・・。
「これはこれは、関口さんじゃないですか。そんなに駒集めて、いったいどちらへ?」
田村組のリーダーと思しき女性が、ネチネチした視線を絡める。この女性が田村組長だろうか?
「白々しいことを言うじゃないか。田村さんこそ何しにこんな所へ? ここで私たちのイベントが行われていることは、百も承知だと思いますがね」
やはり彼女が田村組長らしい。両組長同士が一触即発の緊急事態だ。
すると関口組長の背後から飯島さんが躍り出た。
「眠たいこと言ってんじゃないわよっ! 田村組の連中がウチのシマを荒らして回ってるのは判ってんだからねっ!」
すると田村組の若頭・・・ いや、ナンバー2らしき女性が受けて立つ。
「誰がシマを荒らしてるって? 何の証拠が有って言ってんのよっ!? アヤを付ける(因縁を付けるの意)のはやめて頂戴!」
その顔を見た麻衣が、両目をしかめて怪訝そうな顔をする。確か、あの人は・・・。
しかし、麻衣がその見覚えの有る顔を思い出す前に、双方が口々に罵声を浴びせ始めたのだった。
いい歳をしたオバサン軍団が公共の場で罵り合うなど、傍から見ていて見苦しいにも程がある。麻衣は形としては関口組に加担しているが、そんな低次元の言い争いには参加せず、静観の構えを貫いていた。
その時だ。品の良い着物を着た一人の老婆が、紛争地帯を取り巻く人垣の中から現れた。小粋な小紋をあしらった若菜色の付け下げに身を包み、背筋がピンと伸びたその立ち姿は、まるで茶道や華道のお師匠さんを思わせた。
しかし、その口から発せられた台詞に、麻衣は腰を抜かす。
「あんたら、堅気の人に迷惑かけてるんじゃないだろうね?」
またキッツィのが出てきた~。
彼女こそ、近隣ハンドメイド界の母と言われるドン中のドン、和田島おちょう、その人である。戦後の物資の不足する時代から、群馬の地場産業である絹織物を使った布小物をあつらえ、手作り品販売の礎を築いた近隣のハンドメイド界のレジェンドだ。元を正せば、関口組も田村組も彼女の傘下にいた姉妹分、つまり枝(反社の二次団体を指す)だ。
無論、ご本人にお逢するのは初めてだが、その人と成りに加え、彼女が残した偉業の数々は知っている。いや、存じ上げておりますです。
しかし、関口さんはおちょうさんにも動じない。さすが、おちょうさんの跡を継いで、群馬のハンドメイド界を背負って立つとまで言われた人物だ。
「おちょうさん、あなたの顔を立てて事を穏便に収めたいのは山々なんですがね、どうしたって田村の奴らが筋を通さないものでね。田村のせいで、掛け合い(ヤクザ同士のいざこざ)が絶えないんですよ」
当然ながら田村組長も黙ってはいない。
「言い掛かりを付けて貰っちゃ困るよ、関口さん。私らはそちらのイベントを盛り立てに行こうとしてるだけなんだ」
すると田村組のナンバー2が、組長の陰から顔だけ出して「そうだ、そうだーっ!」と吠えた。
「やめないか、お前たち! 皆さんの前でみっともないと思わないのかい!?」
関口さんは、なおも冷めた目でおちょうさんを見る。
「だいたい、おちょうさん。あんたの実の娘が田村組のナンバー2となれば、どうしたってそちらに肩入れしてしまうもんなんじゃないですかね? 私ら関口組にも堪忍袋の緒ってもんが有るんだ。そこんとこ、忘れて貰っちゃぁ困るんですよ」
「関口さん。あんたがそんなに早計に動く人だとは思ってなかったよ。もう少し思慮深いと思って、群馬を任せたつもりだったんだけどねぇ・・・」
しかしその時、田村組の一群の中に紛れ込んでいた一人の少女が口を開いた。
「お祖母ちゃん、そんな言い方しないで。お母さんも、見っともないからもうやめて。だって・・・」
そう言って少女は麻衣を指差した。
「わたし、あの『ラッキー・ドッグ工房』さんみたいな小物を作りたいと思ってるの。田村組だとか関口組だとか、私にはどうだっていいの。私にとって憧れの人は『ラッキー・ドッグ工房』さんなんだ」
その時、麻衣は思い出していた。そう、その子はあのパン屋でのワークショップに来ていた子だ。そして翌日もやってきて、どうやったらセンスを磨けるのかと尋ねたではないか。
となると何だ? 人のデザインをパクる、あの質の悪い母親が村田組のナンバー2で、あの子のお祖母ちゃんがハンドメイド界の母だということか?
おちょうさんは途端に相好を崩し、麻衣に近付いてきた。
「孫からあんたの話は聞いているよ」
「は、はぁ・・・」
「あの子の母親はセンスが悪くていけない」
そう言って、先ほどまで田村組長の陰に隠れてガヤを飛ばしていた、実の娘を睨み付けた。すると彼女は恥ずかしそうに俯いて、再び田村組長の背後へと身を隠すのだった。
その時になってやっと、麻衣の頭の中で朧げな画像が焦点を結ぶ。そうそう、確かにあの女が『コットン・シュガー・ファクトリー』のいけ好かない店主だ。間違いない。
「これからも孫のことをよろしく頼みますよ。しっかりと鍛えてやって下さいな」
おちょうさんにポンと肩を叩かれて、麻衣は跳び上がるように応えた。
「は、はは、はいーーっ!」
「みんな、『ラッキー・ドッグ工房』さんの顔に免じ、この辺で手打ちとしようじゃないか? 関口も田村も、今日は矛先を収めてはくれないもんかね?」
両組長は、さすがに「ウググ・・・」と唸り、それ以降は何も言わなかった。
そして、ついさっきまでいきり立っていた両組員の顔を見回しながら、おちょうさんは静かにこう言ったのだった。
「そもそも私らは、ただのハンドメイド作家じゃないか? それを忘れちゃいけないね」
その発言を聞いた麻衣は両目を見開きながら、心の中でこうツッ込まずにはいられなかったのだった。
「だから、最初っからそう言ってるだろーーがっ!」と。
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