販売員戦争 / アンタんとこの息子、ロクなもんじゃないね。

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 ウチの翔も、ちょっと前までお世話になっていた、街中にある小山田おやまだ小学校。今日のイベントは、その小学校の主催の、その名も『小山田オリンピック』だ。

 それは、言ってみれば文化祭のようなものだが、小学校としてこの手の行事を行う例を、麻衣はあまり聞いたことは無い。だが高校や大学の学園祭ように、必要以上に力の入ったイベントではないし ──まぁ、小学生にあれだけの自主的な労力を求めるのは酷だろう── むしろ教員側が、文化的な教育を念頭に置いたコンテンツを準備する、みたいなノリだ。

 麻衣たちが子供の頃に、たまに開催されていた、学校主催の演劇鑑賞会や音楽鑑賞会、或いは地元の名士による講演会などの代わりが、この『小山田オリンピック』だと考えれば判り易いのかもしれない。

 従って、いくつかの教室が、郷土の歴史を学ぶためのブースになっていたり、環境破壊やSDGsに関するもの、或いは薬物依存の怖さを訴えるものや、LGBTQ、多様性を学ぶパネルなどを陳列するために開放されている程度である。

 他には、学校行事である前回の遠足や運動会の写真を展示している教室が有ったり、絵画や書道コンクールで優秀な成績を修めた作品が飾られている教室もある。中には、利発な女の子たち有志による「手芸作品」を披露している教室も有ったりして ──この期間は子供たちだけでなく、父兄も自由に校舎内への出入りが可能だ── その稚拙ながらも心の籠った作品を見た麻衣の顔を、思わずほころばせるのだった。

 一方、体育館では十人制大縄跳びのギネスチャレンジや、紙飛行機の飛行距離競技会、更には、各自が描いた絵を繋ぎ合わせて、大きな絵を完成させるモザイク絵画大会など、多くの学童が参加する『オリンピック』の名に相応しい(?)イベントも数多く催されていた。


 視線を運動場に向けてみれば、規則正しく整列駐車された父兄たちの車で埋め尽くされ、今日ばかりはサッカーや野球は出来ないが、運動場と校舎の間のスペースには、ちょっとした出店が並ぶ。その一角に『ラッキー・ドッグ工房』が店を構えていた。

 と言っても学童相手に荒稼ぎするわけにもいかず、売上金の殆どは ──必要経費を除いて── 学校への寄付となる、いわゆるバザーのノリだ。更に価格帯に関しても、父兄に向けた商品だけでなく、小学生のお小遣いでも買える安い物を多く取り揃えることになる。

 『ラッキー・ドッグ工房』において、そういった廉価品となると、以前、パン屋のイベントで開いたワークショップの時のような、くるみボタンマグネットや、ヘアゴム、パッチンピンなど、女の子向けの小物たちになろう。

 いつもの自立式タープの店を整え、カラフルな色に彩られたポンポンを使った小物を販売用のテーブルに並べ終えた麻衣は、折り畳み式のキャンプチェアーに腰を下ろす。そして澄み渡る秋晴れの下で、魔法瓶のジャーから熱々の紅茶を注ぎ、両手で抱えたカップをふぅふぅと冷ましながら少しずつ飲む。


 やっぱりイベントは屋外に限るなぁ・・・ などと呟きながら、更に一口、熱い紅茶を飲み下す。


 売り上げは芳しくはない。元々、儲ける為に出店しているわけではないから、それはそれで構わないと思う。時折、店を訪れる女の子のグループが、「あっ! これ、可愛いっ!」などと黄色い歓声を上げるのを楽し気に眺めるだけだ。

 というのも、麻衣の家庭は一人っ子。それも中学一年生のくせに、やたらと背が高い男の子である。日を追うごとに身長が伸び、髭が生え、脛毛が伸びて、声も低く声変わりの兆候だ。まったくもって、むさ苦しいったらありゃしない。もう、一緒に風呂に入らなくなって長くなるが、おそらくオチンチンの方もそういうことになっているのだろう。

 麻衣の描いていた勝手なイメージでは ──彼女は姉との二人姉妹として育った── 年頃の娘にお料理や手芸を教えながら、華やかな家庭を築く予定であった筈なのに。ハロウィンやイースターでは一緒にクッキーを焼いて、キャッキャ言いながらアイシングでデコレーションするのだ。バレンタインの手作りチョコも手伝ってあげなきゃだわ。

 しかし、そんなささやかな夢も、残酷な現実の前に脆くも崩れ去った。家に帰れば、本物のオヤジと、既にオヤジ化の一途をただひたすらに駆けのぼりつつある息子が、二人してテレビの低俗なバラエティなどを観ながらグハハハハなどと下品に笑っている。

 しかも本物の方は、会社に行っときゃいいのに最近流行りのテレワークとやらで、ほぼ毎日のように家に居るではないか。今年に入ってオフィスに出社したのは、確か3~4回ほどしかない。

 「はぁ~ぁ・・・ やっぱ、女の子は可愛いなぁ・・・」

 溜息をつく麻衣であったが、そこでハタと気付いたのであった。

 「そっか! 翔をジャニーズに入れればいいんじゃない!?」

 男の子にだって可愛い子はいっぱいいるぞ。翔をいわゆる「ジャニーズ系」に育てればいいじゃないか。今からでも遅くはない。そうすれば、むさ苦しい我が家にも華やかな風が吹き抜けるに違いない!

 そんな勝手な妄想に心を弄びながら、もう一口紅茶を口に含む。そしてボンヤリと空を見上げながら息子の顔を思い浮かべた麻衣は、いきなり紅茶を吹き出してむせ込んだ。

 「ぶぅーーーっ・・・ ゲホゲホッ・・・」

 んなわけ有るかっ!? ウチの、あのイケててないお坊ちゃまがジャニーズだって? バカバカしいにも程がある! アレがジャニーズに入れるんだったら、私だって乃木坂だか欅坂に入ってみせるわよっ!

 そしてまた肩を落とす麻衣。

 「はぁ~ぁ・・・」

 するとその時だ。麻衣の隣に店を構える『トコトコりん』という、屋号からは何を売っていのか判らない店の前に、天使が舞い降りたのは。

 わっ! 何、この光はっ!? あまりの眩さに掌でひさしを作り、目を瞬く麻衣の視界に飛び込んで来たのは、それはもうキラキラと輝く美少年であった。

 その、あどけなさの残る美しい顔立ちに、キラリと光る犬歯。男子男子していない中性的な空気を纏う、物腰の柔らかそうないで立ちの背後から、凛とした爽やかな風が吹き抜ける。

 こ、これこそ正にっ! 思わず麻衣は、こう叫ぶ。

 「出た! ジャニーズ!」

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