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「わぁ! これ、スッゲェ可愛いじゃん!」
そのジャニーズ男子は『トコトコりん』の店先で、陳列品を覗き込みながら声を上げた。
「ねぇねぇ君たち! これ、すっごく可愛いと思わない? ちょっと見てみてよ!」
そう言って付近を歩いていた女子のグループに声を掛けると、美少年に話し掛けられたことで舞い上がってしまったのか、女子たちは「えっ? あ、うん・・」などと、ドギマギしながら近付いて来た。
男の子の方は六年生といった感じで、女の子の方はもう少し若いだろうか? おそらく中・低学年の間でもジャニーズ系の彼は人気者、もしくは有名人なのに違いなく、彼に憧れの眼差しを送る女子は多いと推察される。
そんな彼から、いきなり声を掛けられたのだ。舞い上がるなと言う方が無理な相談である。女子たちは店を覗き込んで、彼に迎合するかのように、一緒になって声を上げた。
「わぁ、ホントだぁ。可愛い」
「ねぇねぇ。これなんか、凄くよく出来てるね~」
「わぁ~。本物みたい!」
そもそも『トコトコりん』とは、ミニチュア・フェイクフードのお店である。軽量粘土や樹脂粘土を用いて作る、小さなコッペパンやピザ、ケーキ類の他に、ガブリと噛み付いた後の、餡子の見える豆大福など、和菓子もその範疇だ。
勿論、今流行りのマリトッゾ、フルーツサンドなどもカバーしていて、その他には、カットフルーツからオムライスまで、ありとあらゆる食品、食材が、アクリル絵具でカラフルに色付けされていて、その緻密な造りが見た者の目を奪う。
それらの中には、キーホルダーに加工されたものや、チェーンにぶら下げたジュエリーチックのものまで様々であるが、やはり一番売れ線なのは、いわゆる置物として完成されたシンプルな物のようだ。それは、取り揃えられた品数の多さからも推察されよう。
ジャニーズが言う。
「ほら。これなんか素敵じゃない? 君にぴったりだと思うよ」
そしてキラリと光る犬歯。
「えぇ~・・・ どうしよっかなぁ~。買っちゃおうかなぁ~・・・」
「へぇ~、こんなに安いんだ。これならお小遣いで買えるじゃん!」
「うぅ~ん・・・」
そのやり取りを隣で聞いていて麻衣は思う。
「なんか・・・ 腹立たしい・・・」
『トコトコりん』の一番安い置物シリーズは、一律一五〇円。小学生でも買えない金額ではない。しかし、マッチ箱程の専用小箱を購入すれば、どれでも好きな物を三個まで詰め込むことが許されて、そのセット価格が四〇〇円という、なんとも購買意欲をくすぐるエゲツない商売をしているようだ。
「勝っちゃいなよ。机の上に飾ってさぁ。そしたら楽しく勉強できちゃうよ、きっと!」
「えぇ~・・ ホントかなぁ」
「そうだよ! 間違い無いって。このピザトーストなんて、君みたいな可愛い女の子に買って貰いたくって、ずっと待っていたんだと思うよ」
爽やかな風が吹き抜ける。
「えぇ~っ! えぇぇぇ~~っ!」
そして頬を赤らめる女子。
熱くて飲めなかった筈の紅茶をグビグビやりながら、麻衣は黙って聞いていた。その姿はまるで、サラリーマンの聖地、新橋辺りの一杯飲み屋でやりながら、上司の悪口を垂れ流しているオヤジのようではないか。
そしてこう漏らす。
「何? この許せない感じ・・・」
するとその女の子は、ジャニーズ男子による説得付きの物欲という、女子にとって最も手強い宿敵に打ち勝ち、遂にこう言い放ったのだった。
「ううん、やっぱりやめとく。このお小遣いで文房具を買わなきゃいけないから。ゴメンなさい」
「ヨッシャぁっ!」と、無言のガッツポーズを決める麻衣。
美少年だからって、何でも思い通りになると思うなよ。世の中、そんなに甘いものじゃないんだよ。もしそんな世の中だったとしたら、ウチのお坊ちゃまはどうやって生きてゆけばいいって話よ。
ついさっきまで、自分の息子をジャニーズ系にしようと目論んでいたことも忘れて、麻衣は自分勝手な怒りに対し、溜飲を下げたのだった。
『トコトコりん』の店先を離れて行く女子グループの背中を、ジャニーズ男子は寂しそうに見送った。
そのチョッとした寂寥感も美少年だと絵になるなぁ、などと麻衣がウットリと思っていると、音も無く伸びた『トコトコりん』の女店主の腕が、いきなりその子の頭を思いっ切り引っ叩いた。
パシィィィーーーン!
そして「ぶうぅぅーーーっ・・・」
麻衣が再び、口に含んだ紅茶を吹き出した音だ。
「えっ? ええっ!? どゆこと?」
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