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 「だいたい道の駅で、なんでそんな物売ってるんだ!?」と焼き鳥オヤジ。

 「そんな物とは何よ、そんな物とはっ!」と返したのはオバサンCだった。

 「そんな物だから、そんな物って言ったんだ! 悪ぃか!?」

 豚串オヤジの横槍に、大袈裟に目を見開いて言い返すのはオバサンBだ。

 「まぁーーーっ、失礼な! そっちこそ、そんな脂ぎったもん売らないで欲しいわっ!」

 いきなり始まった、オバサン軍とオヤジ軍の激しい口論に、道行く人々は足を止めた。そして、その戦場を取り巻くように、グルリと取り巻く人垣ができ始めていた。

 「馬鹿野郎! 道の駅とくりゃぁ、串焼きって相場が決まってんだ!」とは牛串オヤジの言い分である。

 「そんな相場、誰が決めたのよっ! 私たちの売り物に、あんたらの匂いが着いちゃうって言ってるのよっ! 売り物にならなくなっちゃうでしょ!」

 「何言ってやがる! 煙も匂いも、俺たちの商売道具だ!」

 そう言いながら、豚串を団扇うちわでパタパタと仰ぐ。

 「ゲホゲホッ・・・」

 モウモウと上がる美味しい煙でむせるオバサンD。

 すると、周りを取り巻く人混みの中から、人の良さそうな一人の老人が歩み出た。地元では有名な、老舗和菓子店の元店主だ。

 先ごろ、江戸時代から続く店を息子に譲り、今は道楽でご当地銘菓「業正なりまさ饅頭」の店をイベント等に出店しているだけの隠居の身であるが、その職人技は、群馬県の無形文化財にも登録されている程の人物である。

 「まぁ、まぁ。皆さん、落ち着いて下さい。喧嘩はいけません、喧嘩は。先ずは話し合ってみては如何でしょう? ほっほっほ」

 温厚な笑顔で諭すように言う老人。通常であれば、この黄門様のような威厳と風格の前に、周りの人間は恐れ入って怒りの矛を収める筈なのだが、オバサンにそのようなものは通じない。

 「饅頭屋は黙ってて! アンタには関係無いでしょっ!」

 オバサンAの怒りの前に、老人の建設的な意見はいとも容易く崩れ去った。

 「そうだ! ジジィは黙ってろ、饅頭屋!」

 焼き鳥屋も加わって頭ごなしに怒鳴りつけられた哀れな黄門様は、目をショボショボさせながら、再び人混みの中に戻っていった。

 「だいたい、その肉だって怪しいもんだわ。どうせテキトーな安肉焼いてんでしょ?」

 「なんだとぉ!? 難癖付けてんじゃねぇ! こちとら、正真正銘、純血国産豚を使ってんだ。お前らのインチキな粗悪品と一緒にして貰っちゃ困るぜ! それこそ営業妨害ってもんだ!」

 オバサンDの言いがかりに豚串オヤジは怒り心頭だが、オバサンDはひるまない。いやむしろ、その受け答えを聞いて彼女の目が嫌らしく光った。

 「あぁ~ら、本当に? 看板には群馬のブランド豚『上州どんぐり豚』のA5ランクのみを使用って書いてあるわよ。そんなにお高い肉、本当に使ってらっしゃるのかしら? ねぇ」

 オバサンDは薄笑いを浮かべながら、他のオバサンたちに流し目を送る。

 すると一斉に賛同の声が上がった。

 「えぇ~っ? どんぐり豚のA5ランクですってぇ~? 群馬が誇るブランド豚が、こんなにお安いなんて、信じられないわぁ~」と、オバサンB。

 「本当に? どういったカラクリで、このお値段で売ってらっしゃるのかしら? 是非とも教えて頂きたいわぁ~」とは、オバサンAの言だ。

 「あのお肉、グラム幾らだと思ってるのかしら? これは絶対に怪しいわね。ねぇ、皆さん? そう思いませんこと?」と、オバサンCが取り巻く群衆に向かって同意を求める。

 この見事な連係プレーは、別段、予め予定していたものではない。しかし彼女たちの阿吽の呼吸による一糸乱れぬ波状攻撃が、豚串オヤジをたじろがせた。

 どうせ判りゃしないから、そう書いておけばいい、と主張するカミサンの言うがままに書いた看板だ。余計なことは書かなきゃよかったと、今更ながら後悔をする豚串オヤジ。

 「そ、それは・・・ うぐぐ・・・」

 この件に対し、他のオヤジ連中も言葉を失った。程度の差こそあれ、どの肉系オヤジも似たようなことをやっているので、本当に突っ込まれたら困るのは自分たちだ。彼女たちの白々しい三文芝居ではあったが、その痛烈な拳はオヤジたちの急所にクリーンヒットだ。


 その時、群衆の中から能天気な声がした。

 「あっ、いたいた! 魔法の杖さん、何処に行ってたんですか? 探したんですよ~」

 顔を出した麻衣が輪の中に進み出ながら言う。

 「わぁ~、美味しそうな豚串。この匂い、最高! これ、塩ダレじゃなく、普通の塩コショウでも焼いて貰えます?」

 いきなり現れた、人懐っこそうな別のオバサン ──というには若過ぎるか?── に、豚串オヤジはドギマギしながら応えた。どうやらオバサン連合の知り合いらしいが、援軍と言うわけではなさそうだ。

 「あ、あぁ。勿論だ」

 「うちの主人と息子の大好物なんです。でも、タレじゃなくて塩じゃないと絶対ダメで」

 ヨダレを流しそうな勢いで焼き場を覗き込む麻衣に、豚串オヤジの顔が綻んだ。

 「おぉ、お宅の旦那、判ってるねぇ。塩だけだと誤魔化しが効かねぇから、素材の良し悪しがモロに出ちまうんだよ」

 その会話を聞いていた牛串オヤジも絡んで来た。

 「俺っちの牛串はどうだい? 脂肪が気になるなら、ヒレ串もあるぜ」

 「ウチの焼き鳥も頼むよ、奥さん。勿論、塩で焼かせて貰うよ!」

 場の雰囲気を一気にに持って行かれてしまい、言葉を失うオバサンたちの中から、オバサンDが慌てて言う。

 「チョ、チョッとラッキー・ドッグさん。今はそういう・・・」

 すると人混みを掻き分けて、浅黒い肌の男が躍り出た。

 「イタイタ! オキャクサン! ケバブサンド デキタヨ!」

 ケバブを握り絞めた、ケバブ屋だった。

 「あら、ケバブ屋さん! わざわざ持って来てくれたの? 有難う!」

 そしてポケットから取り出した、財布の中を覗き込みながら言うのだった。

 「うぅ~ん、困っちゃうなぁ・・・ んじゃぁ、豚串三本ね」

 「あいよっ! 毎度ありっ!」

 「それから焼き鳥屋さんは、ネギまと砂肝五本ずつお願いしよっかな」

 「おぅ! かしこまり!」

 「牛串屋さんは・・・ ごめんなさい。今日はやめておくわ。でも今度来た時は、絶対買うからね」

 そう言ってウインクする麻衣に、牛串屋は半笑いの顔をしかめた。

 「そっか。じゃぁしょうがねぇや。また今度、頼むわ」

 代金と引き換えにケバブサンドを受け取りながら、麻衣は更に言うのだった。

 「はぁ~、良かった。これから帰って晩御飯の支度するのが超~面倒で。やっぱり勤労した後は、少しくらい手抜きさせて貰わないとね」

 そう言って彼女は、悪戯っ子のように肩を竦めながらケバブサンドの端っこにかぶり付き、オバサン軍の面々を見回した。

 「あれ? 皆さんは買わないんですか?」

 急に話を振られたオバサンたちは、目をパチパチさせて固まった。そして躊躇いがちにオバサンAが言った言葉はこうだった。

 「わ、私も豚串貰おうかしら・・・」

 それを聞いた別のオバサンBも、恥ずかし気な表情で続く。

 「私も晩御飯の準備、何もしてないし、今からスーパー行くのもチョッと・・・」

 「そ、そうよね。こう見えても大変なんだから、主婦業って! 皆さん解ってます?」

 と、オバサンCは群衆に向かって言い訳をする。

 そしてオバサンDだ。

 「う、うちはタレかな・・・ やっぱり・・・」

 今晩の献立の懸案事項を突き付けられた上、その解決策を目の前にぶら下げられて、彼女たちの怒りは一瞬にして霧散したのだった。

 こうして、この煙騒動は一件の落着を見た。しかしこれを、機転を利かせた麻衣の綿密な計算による戦略と捉えるか、それとも単なるスットボケと捉えるか? その判断は、読者諸氏に委ねることとしよう。

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