家族自慢戦争 / 旦那や息子をネタにマウンティングを繰り返すババァ出現!
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ポカポカ陽気の休日。近所の公民館に、子供たちのはしゃいだ声が響いていた。近隣小学校の父母会が催した学習イベントが行われていたのだ。学習と名が付くものの、実質的には父母たちの親睦を深めるのが主たる目的で、おまけのように駆り出された子供たちは、付属する図書室で本を読むことも無く、丸一日が昼休みのような気分で遊びに興じているのである。
そんなこじんまりとしたイベントに『ラッキー・ドッグ工房』が出店していた。通常の商業的意味合いの強いイベントとは異なり、今回は出店料無しのボランティアに近いものだ。子供たち ──特に女の子── が気に入りそうな品を選んで陳列し、価格も小学生のお小遣いで買えるレベルに抑えて設定している。
「おばさん! これ何?」
三人組で店を訪れた女の子の一人が、ある商品を指差してそう言った。
おばさんと呼ばれることに抵抗が無かったわけではないが、子供たちから見れば、四十手前の私などおばさんに違いない。「はいはい、おばさんですよぉ」と心の中で唱え、にこやかに受け答えする。
「それはねぇ~」
麻衣は考えた。最近の子供たちは発育が速く、そこまで気を使う必要は無いのかもしれないが・・・ 見たところ、少女たちは3~4年生といったところ。まだ彼女たちには早いかもしれない。
何故ならば、少女が指差したのは、いわゆるサニタリーポーチと言われるやつだったからだ。見た目には、折り畳んだハンカチに見えるように ──生地にもそれっぽい物を使用している── 工夫して作られてはいるが、中を開けばポーチ状になっており、そこに生理用品などを忍ばせるためのものである。
小学生高学年~中学生くらいであれば、それが訪れていてもおかしくは無いのだが、この子たちは・・・。
「みんながもう少しお姉さんになったら使うものよ」
にこやかな笑みと共に麻衣が答えると、リーダー格と思しき女の子が怪訝そうな顔をした。
「あぁ、ひょっとして男子に判らないように、ナプキン入れとくやつ?」
「ウグッ・・・ ゲホゲホッ」
思わず飲み込んだ唾が変な所に入って、咳き込む麻衣。
すると隣の女の子も言った。
「えぇ~っ? こんな薄いのに入るかなぁ。なんだか心配」
三人目に至っては、こうだ。
「私、タンポン派だから。ねぇ、おばさん! タンポン入れとくやつは無いの?」
目を瞬きながら、麻衣は引き攣った笑いを顔に張り付けた。そんなもの、適当なポーチにでも放り込んでおけば良い。
「あ、あぁ、ごめん。それは無いかな・・・ あは、あはは・・・」
ドギマギする麻衣のことなど眼中に無いようで、三人は勝手に盛り上がる。
「じゃぁ、これ使えば目ざとい男子にも判らないんだね? まぁ、使えないってことは無いかな」
「そうかなぁ。モロ判りのような気がするけどなぁ・・・ ってか、それって隠さなきゃいけないことなの? そういうのって、良くない気がするんだけど」
「って言うかさぁ、男子にはこういうの無いの?」
「バカねぇ。男子が何入れるっていうのよ? アイツら、デリカシーの無いバカばっかりじゃん」
「ほら。コンドームとかよ」
「ダメダメ。そういうのは女子が持ってなきゃダメでしょ?」
「あっ、そうか。そりゃそうだね」
「そうだよ。リスク背負うのはこっちなんだから」
金魚のように口をパクパクさせながら、麻衣がアップアップしていると、リーダーの子が言った。
「ゴメンね、おばさん。やっぱいいや。行こうっ、みんな」
その号令に従い、少女たちは何事も無かったかのように走り去って行った。
ドッと疲れを感じた麻衣は、ドスンとキャンプチェアーに座り込んだ。
いったい、この世の中はどういうことになってしまったのだろう? 彼女たちに比べれば、ウチの中一の息子など、まだまだハナ垂れ小僧のようなものではないか。自分の子供が男の子で良かったと、麻衣は心の底から思うのだった。
一人ポツンと取り残された麻衣は、遠ざかる少女たちの背中を目で追いながら、何だか気恥ずかしい様な、照れ臭い様な気分に苛まれていた。すると、何処からか「クスクスクス・・・」と、何とも言えずお上品な笑い声が聞こえて来るではないか。
辺りを見回す麻衣。小規模なイベントとあって、出店しているのは麻衣を含めて三店だけだ。そして右側の店のオーナーは、先ほどから席を外している様である。
左を見ると、所狭しと飾られたドライフラワーやプリーズドフラワーが邪魔をしてよく見えないが、どうやらそちらにはオーナーさんがいるようなのだが・・・。
「えぇっとぉ・・・ えっ?」
目を凝らして覗き込んだ麻衣は、商品の隙間から顔を覗かせる婦人の存在を、直ぐそこに発見したのだった。いきなり目が合って。彼女は大声を上げて椅子から転げ落ちた。
「わぁっ! ビックリしたぁ!」
陳列される店の商品群と同化するように、花柄プリント生地のワンピースを着た婦人がカメレオンよろしく保護色で溶け込んで、こちらを見ていたのに全く気付かなかったのだ。
「おほほほほ。元気の良い、お嬢ちゃまだちですこと。おほほ」
腰を抜かすほど驚いた麻衣であったが、口から飛び出しそうな心臓を無理やり飲み込んで、愛想笑いで応える。これでは、迷彩服を着こんだ兵士も顔負けだろう。全くもって紛らわしいったらありゃしない。
「あは、あはは。ホントですね。あははは」
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