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 「大変大変! ラッキー・ドッグさんも来て! 早く!」

 女性は麻衣たちの二十メートルほど手前で急停止し、そこから大声でそれだけをまくし立てると、踵を返して再び雑踏の方向へと駆け戻って行ったのだった。

 訳の分からない麻衣は思わずケバブ屋の男の方を見たが、彼も両肩をすくめて「?」の意志を表明するだけだ。

 「何かしら?」

 片手を庇のように眉に当て、遠くを見通そうとする麻衣。しかし人混みが邪魔をして、彼女にはあちら側で何が起こっているのかまでは判らなかった。ただ、何やら大声で話す声が聞こえてきて、何だか楽しそうな雰囲気だけは伝わって来る。

 「ごめんなさい。なんか急いでるみたいだから・・・」

 立ち去ろうとする麻衣に、ケバブ屋が言う。

 「ア、アノ・・・ ケバブサンド・・・」

 「あぁ、後でまた来るから、取りあえず、今の注文は無しにして。ゴメン」

 そう言って麻衣は、キッチンカーを後にしたのであった。


 その頃、人混みの方では三人のオバサンたちが集って、何やら相談の真っ最中であった。

 「もうこれ以上は黙っていられないわ!」

 怒り心頭のオバサンAにオバサンBが同意する。

 「まったくよ! いったい、どういうつもりかしら? あんな傍若無人な態度、放っておいていいわけ無いわっ! 無神経にも程があるわよっ!」

 当然ながら、オバサンCも加勢する。

 「先月もそうだったのよ。私、もう悔しくって。今日こそは思い知らせてやるんだから!」

 そこへ『魔法の杖』のオーナーが駆け戻ってきて、あたかも、ずっと会話に加わっていたかのような顔で言い放つ。この辺はオバサンの得意技の範疇である。

 「本当よね。ここはガツンと言ってやらなきゃよね? みんなが迷惑してますって!」


 ここで軽く、登場人物について触れておかねばなるまい。単に「オバサン」というくくりで語ってしまっては、本小説の読者であるところの、うるわしきレディたちの反感を買いそうだ。


 オバサンA:

 母子手帳ケースやペンケースなど、ステイショナリー系の布小物を得意とする『ショコラティエ』のオーナーのオバサン。


 オバサンB:

 主にワンピースなどの衣類系を販売している『MICHIKO'S HOUSE』を運営する、ハンドメイド作家のオバサン。


 オバサンC:

 編み物に特化した店『キャンディ・ボックス』で、帽子、マフラー、ポシェットなどを売るオバサン。刺繡糸で編んだヘアゴムなどの小物も取り揃える。


 ここにスタイやスモックを売る『魔法の杖』のオーナーが加わり ──仮にオバサンDと呼ぶことにしよう── そこへ布小物の『ラッキー・ドッグ工房』にお呼びが掛ったわけだ。

 賢明な読者諸氏であれば、彼女たちの共通項を即座に言い当てることが出来るであろう。そう、彼女たちは全て、手芸系の店を出店しているハンドメイド作家たちなのであった。

 「さぁ、行きましょ! ギャフンと言わせてやりゃなきゃ!」

 と、麻衣に召集を掛けたことも忘れて、オバサンDが吼えた。

 そして四人は肩を怒らせながら、鼻息も荒くズンズンと人混みの中へと消えていくのだった。


 遅れて来た麻衣が、キョロキョロと辺りを見回す。

 「あれぇ・・・ 魔法の杖さん、どこ行っちゃったんだろう? 店に戻ったのかなぁ? 何だったんだろう? 急いで来てって言ってたのに・・・」

 仕方なく店の方に戻り始めた麻衣だったが、そっちはオバサンたちが消えた方向ではなかった。


 その頃、オバサンたちは剣呑な面持ちで豚串屋の前に集結していた。そして口火を切ったのはオバサンBだ。

 「ちょっとアンタ! その煙、何とかならないのっ!?」

 ジュゥジュゥと美味しそうな脂を滴らせながら、炭火の上でこんがりと焼き上がりつつある串焼きを指差しながらクレームを付けた。

 豚串屋のオヤジは、いきなり現れて文句を言い始めたオバサン軍団に目を丸くしながら言い返す。

 「しょうがねぇだろ、肉焼いてんだから!」

 その言い草にオバサンCが切れた。

 「しょうがないじゃないでしょ! アンタんとこの煙で、私たちの商品に匂いが沁みついちゃうのよっ! なんとかしなさいよっ!」

 「そうよそうよ! 営業妨害だわっ! 訴えてやる!」と、オバサンDも加わる。

 すると、その騒ぎを聞きつけた焼き鳥屋のオヤジがやって来て、豚串屋に加勢した。

 「何だ、何だ? 俺たちの商売の邪魔してるのは、そっちじゃねぇのか?」

 「来たわね、焼き鳥屋! アンタんとこのタレの匂い、酷いったらありゃしないわ! 今日こそは決着付けようじゃないの!」と、オバサンAが焚きつけると、焼き鳥屋も啖呵を切る。

 「おぅ! 望むところだ! やってやろうじゃねぇか!」

 どうやら、この焼き鳥屋とオバサンAは、宿敵の関係であるらしい。

 当然ながらオヤジ軍も臨戦態勢に入り、何処からか現れた牛串屋のオヤジが参戦してきた。

 オヤジ連合軍は毎月のように繰り広げられるこの諍いに備え、実は綿密な(?)戦闘プランを用意していたのであった。牛串屋はその連合協定に則り、店の方を放り投げて駆け付けたのだ。

 「戦か、戦かっ!? 遂に始まったのかっ!?」

 つまり、こうだ。手芸作品を扱う店の者たちが決起し、脂ぎった匂いと煙を撒き散らす店に抗議の声を上げたのだ。いや、これは抗議という範疇を超え、既に戦争状態と言っていいだろう。

 手芸系オバサンと肉系オヤジの、仁義なきバトルが始まったのだった。

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