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 『コットン・シュガー・ファクトリー』、略して『CSF』か。確かにあの子の持っていたポシェットの作者らしかった。通りすがりを装い、店の前に陳列されている商品群を覗き見たところ・・・。

 パクリじゃん! モロ、パクリじゃん! しかも『ラッキー・ドッグ工房』より、10円安く値段設定しているじゃないか!

 よく見れば『ラッキー・ドッグ工房』だけじゃない。顔見知りの作家さんである、『魔法の杖』や『キャンディ・ボックス』の品の類似品も満載ではないか。おそらくそれらの値段制定も、本家より少し安くなっているのだろう。

 こういったイベントでは、事前にどの店が出店してくるか連絡が来ることが多いので ──似たような店がバッティングすることを避けるという配慮だろう── 同じカテゴリーが既にエントリーしていた場合は遠慮するものなのだ。

 しかるに『CSF』のオーナーはそれを逆手に取って、『ラッキー・ドッグ工房』、『魔法の杖』、『キャンディ・ボックス』がエントリーしていないことをいいことに、それらの店のコピー商品をここぞとばかりに持ち込んで来たに違いない。

 驚きと呆れと怒りのない交ぜとなった気持ちを抑え込みつつ、麻衣は客を装って探りを入れてみた。店主は、麻衣よりも少し若い女だ。コイツがあの子の母親ということなのだろう。

 「まぁ、可愛らしいポシェット」

 「いらっしゃいませ。どうどお手に取って確かめてみて下さい」

 女は爽やかな笑顔と共に、愛想よく応じた。その人当たりの良い表情を見ただけで、自分には無い、商売人としての「天賦の才」のようなものを感じ、麻衣は既に負けそうな気分に浸りつつあった。口下手な自分が相対するには、分が悪い相手にちがいない。

 しかし麻衣は、自分を奮い立たせた。いやいや、ここで弱気になってどうする? 後ろ暗いところが有るのはあっちなのだ。こっちには見せるボロなどは存在しないのだから。

 「でも、このデザイン、何処かで見たこと有る気がするんだけどなぁ・・・」

 「まぁ、似たようなデザインは、何処にでも有りますからねぇ」

 それでも女の表情に変化は現れなかった。

 むむむむ・・・ なかなかのやり手だぞ、この女。その人の良さそうな顔に似合わず、腹の中は真っ黒に違いない。

 「いやいや。似たようって言うか、ほとんど同じって言うか・・・ あれは、何て店だったかなぁ・・・」

 今度こそ女店主の表情がピリリと引き攣った。

 その瞬間、銀行の受付にある強盗対策用の、一瞬で閉まるシャッターのような物が、瞬時にして作動するのが判った。ただしそれは、目に見えない透明な壁だ。

 「もしそうなら、あっちがウチのデザインをパクったんじゃないかしら? セコイことする人がいるのね、嫌だわ」

 警戒の色を隠さない女の言葉に、今度は麻衣の表情がピリリとしたが、なんとか言い留まる。

 「あっ、こっちのスタイは『魔法の杖』さんの所と同じだわ。それにこっちは・・・」

 「言い掛かりを付けるのはやめて貰えますか? 買うつもりないなら帰って下さい。営業妨害なんで」

 これが同一人物かと思えるほどの豹変を見せた女は、険悪な視線を麻衣に投げつけた。それは金を借りる前と借りた後の、ヤクザの変わり身を思わせるほどの堂に入ったものだ。おそらくこの女は、こういった修羅場や難所を、幾度となく潜り抜けて来たのだろう。

 そう言った意味で、コイツは「部の悪い相手」どころか、かなり「たちの悪い相手」と判断せざるを得ない。

 「い、い、言い掛かりとかじゃなくて、ただ似たような物を見たことが有るって、親切に教えてあげているだけじゃない」

 とは言ってみたものの、この手の相手にはてんでだらしのない麻衣の言葉は、白々しいを絵に描いた風だ。果たして女の心には、何の作用ももたらさなかった。

 「アンタには関係無いでしょ? だいたいアンタ、何者なの? どういった立場で、あたしに文句垂れてるわけ? 親切面ぶっこいて、偉そうなこと言わないでくれる?」

 「え・・・ あ・・・ う・・・」

 「買わねぇなら、きえろ! さっさとあっちに行けってんだよ! うぜぇんだよ、ばーか!」

 かつての麻衣であれば、ここまで敵意を剥き出しにされれば尻尾を巻いて退散していたことだろう。しかし今の麻衣は、曲がりなりにも店を出して商売をしている身であり、デザインを盗まれた被害者だ。言われるがまま、黙って引き下がるわけにはいかない。

 彼女は意を決して言い放った。

 「だ、誰が買わないなんて言ったのかしら? そこのポーチを頂くわ。『ラッキー・ドッグ工房』さんのとなやつをね」

 そう言ってポケットから取り出した財布から千五百円を抜き取ると、テーブルの上にバンッと置く。その際に麻衣は、こう付け加えることを忘れなかった。

 「あら? 『ラッキー・ドッグ工房』さんより、10円お安いのね? じゃぁ、お釣り下さるかしら? を」

 かつて、何処かのイベント会場で居合わせたナントカ婦人のような口ぶりは、自分自身にも嫌悪を感じさせるものであったが、どうしても言ってやらずにはいられない気分だったのだ。その言葉を聞いた女は何か言いたげな表情を見せたが、結局は何も言わずにポーチを拾い上げると、ラッピング用の袋に入れ出した。

 しかし、それを麻衣が制止した。

 「包装は要らないわ。直ぐに使うから」

 上目使いで手を止めた女は「ちっ」と舌を鳴らし、、ポーチにストラップ部分を乱暴に巻き付けたかと思うと、お釣りの10円玉と一緒にそれを差し出した。

 商品とお釣りを受け取った麻衣は「はい、ど~も」と口先だけの礼を述べると、直ぐに踵を返して立ち去った。しかしその背後から、「有難うございました」とか「毎度どーも」などの言葉が返って来ることは無かった。

 麻衣は口から飛び出しそうな程に早鐘を打つ心臓をなだめすかしながら、背中にだけは平静さを貼り付けて、足早にその場を去ったのであった。

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