煙戦争 / 肉系焼き物の煙がこっちに流れて来るじゃないか!?

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 駐車場と建屋の間に広がるスペースに、思い思いの嗜好を凝らしたタープが軒を連ねていた。この会場では、家から持って来た不用品を売っている、いわゆるセコハン系の店も多いらしく、ゴルフ場でのイベントのようなオシャレ感は無い。

 箱に仕舞われたまま使った形跡の無いフェイスタオルだとか、お歳暮か何かで貰ったインスタントコーヒーセット、或いは一部が欠けた茶碗だのお箸だのと、チョッと買うのに勇気が要るような物も少なくない。その会場となっているのが『道の駅:業正なりまさの里』とあって庶民的なバザーの雰囲気も漂い、そういったを求める客層も多いのだろう。

 これといった観光資源も無いこの地では、無理やり祀り上げたご当地武将の名で町興しを企んでいるようだが、このマイナーを絵に描いたようなを知っている人間が、この日本にいったいどれ程の数いると言うのか?

 当の武将なにがしも ──長野業正は群馬由来の戦国武将── 草葉の陰で面痒い想いをしているに違いない。

 「拙者、かような大物武将ではござらぬが」

 そんな恥ずかし気な様子の業正を勝手に想像し、麻衣は一人クスクスと笑うのだった。


 例によって、敏行の助けを借りて『ラッキー・ドッグ工房』を設営した麻衣は、興味を示して立ち止まってくれた客との営業トークに、頑張って精を出している最中だった。

 店の屋号を『ラッキー・キャット工房』に変更する件に関しては、プレートを作り直すのが面倒で ──このプレートは、敏行が用意してくれた木板に、麻衣がトールペイントを施すことで完成をみる── いまだに犬の呪縛から逃れられないでいるのだが。


 長閑な昼上がりの道の駅。何処からか、美味しそうな匂いが漂って来る。

 点在する牛串や豚串の店の他に焼き鳥なども混ざり、食欲をそそる香りと煙のハーモニーが会場を満たしている。ジュワジュワと、これまた美味しそうな音を立てているの唐揚げだろうか、それとも串揚げか。昼を軽めのサンドイッチなどで済ませた麻衣は、その悪魔的な香りに当てられ、お腹がギュルギュルと鳴るのを止めることが出来ないのだった。

 今日は少し早めに店をたたんで、焼き鳥でも買って帰ろうかしら? 午前中の売り上げが思ったより伸びたので、それくらいの贅沢は許されるはずだ。だってお店を出した日は、慣れない客商売でヘトヘトになり、家に帰っても晩御飯の支度をする気になれないんですもの。

 ついでにビールでも買ってやれば、敏行は喜んでその手抜きを受け入れてくれるはず。翔だって串焼きは大好物なのだし。


 まぁ、その手の食べ物は、こういったイベント会場の雰囲気の中で食べるからこそ美味しいのであって、家に持ち帰って食べてもそれ程でもないのだが。

 それは丁度、夏祭りで食べる焼きそばやリンゴ飴と同じ原理なのであろう。敏行が良く言う、野球スタンドで食べるホットドッグとビールより美味い物は無い、というやつもそれだ。

 そんな食に関する考察を掘り下げていると、お隣さんが話しかけてきた。

 「は、ココは初めてなの?」

 ハンドメイド作家同士は、お互いを店の屋号で呼び合うのが慣例だ。

 「はい、そうなんです。は、ココは長いんですか?」

 その『魔法の杖』という屋号で店を広げている女性は ──麻衣よりも五~六歳は年上の、四十代前半といったところか── 自分の方が年嵩なのも手伝って、若干の先輩風を吹かせながら言うのだった。

 「まぁね。もう五年くらいかしら。最初の頃は色んなイベントに参加してたんだけど、結局、ココが一番気楽でいいのよ。出店料も安いし」


 そう。こういったイベントで店を出すには、タダというわけにはいかない。どういったイベントにおいても必ず、出店料という名目の一定額を主催者に支払う必要が有るのだ。それは三千円とか五千円といった額ではあるが、売り上げがその額を超えなかった場合は赤字ということになるわけだ。

 中には、出店料+売り上げの一割 ──あくまでも自己申告制だが── を請求してくるイベント屋もあるので、注意が必要である。


 「確かに、出店料千円って、破格の安さですよねぇ」

 『魔法の杖』は『ラッキー・ドッグ工房』と同じ手芸品の店であったが、彼女のテリトリーはスタイ(赤ちゃん用よだれ掛け)やスモック(幼稚園児が着るブカブカの長袖ワンピース)、或いはチューリップハットなどの衣料系なので、商品がバッティングすることはない。やはり店を出す際に最も重要なのは、商売敵となりそうな店が近くに無いことなのだ。

 間違って似たような品を売り物とする店と隣り合わせになってしまったりしたら、そりゃもうバチバチの状態になることは想像に難くないだろう。やれ、どっちの方が可愛いだの、安いだの、作りが丁寧だのと、要らぬ気を遣う羽目になるのだ。

 酷い時は露骨に嫌味を言われたりするのだから、麻衣のようなタイプは、面の皮の厚いオバサンたちにいいようにやり込まれてしまうから悲惨だ。

 「でしょう?」女性はにこやかに笑った。

 お隣さんが気さくな人で良かったと、麻衣は心の底から思うのだった。


 その後もお互いに客の相手をしたり、雑談を交わしたりしながら、時間が過ぎていった。

 そして彼女が麻衣に言った。

 「私、チョッとお手洗いに行ってくるから、お店の方、見ててくれる?」

 「あっ、判りました」と受ける。

 実はこういったことは、よく有ることなのだ。そんな時、隣の人に店番を頼んで店を空けたりするのが、ハンドメイド作家同士の暗黙の了解のようなものである。

 その間、相手の店の為に積極的に客引きをするようなことは無いが、足を止めてくれた客には「お隣さん、直ぐに戻って来るそうですから、暫く待ってて貰えますか?」ぐらいのことは言ってあげたりする。

 そして暫くすると、彼女が手に何かを携えて戻って来た。それはハンバーガーの包み紙のような耐水性の袋に包まれた、スライス肉の小山だった。

 「ねぇねぇ、あっちの方にケバブ屋さんのキッチンカーが来てたわよ。私、お腹空いちゃって、つい買っちゃった。だって美味しそうな匂いが堪んないんだもん」

 そう言いながら彼女は、コマ切れにされた肉の一つを摘まみ上げ、それをポイと口の中に放り込むのだった。

 そう言われれば、そろそろ三時のおやつの時間だ。昼を軽く済ませていた麻衣も、先ほどから漂って来る香しい煙に、食指がそそられていたことを思い出す。

 「わぁ~、いいなぁ~。私も買って来ようかしら?」

 「行って来たらいいじゃない。私が店番しててあげるからさ」

 「んん~。じゃぁ、行っちゃおうかな。チョッとだけ店番、お願いできますか?」

 「あいよ。お客が来たら引き留めといてあげるから、行っておいで」

 「はい。お願いします」

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