雲隠れ戦争 / 主催者が参加費だけ集めてトンズラかよ!?
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トントコ・トントコ・テケテケ・テン
ピーヒャラ・ピーヒャラ・ピーヒャラ・ピー
あちこちに張り巡らされた導線にぶら下がる白熱灯が、宮沢賢治の作品に描かれるような、郷愁をそそる懐かしい風景を作り出していた。最近の主流であるLED照明には無い、ツンと瞳孔に突き刺さるような鋭さと同時に、人を包み込む温かみの有る光だ。
銀河鉄道を遠くから眺めたら、きっとこんな感じなのかもしれない。そのノスタルジア溢れる光景を眺めながら、麻衣はそんな風に思った。
トントコ・トントコ・テン
ピーヒャラ・ピーヒャラ・ピー
その光に満たされた神社の境内を行き交う、多くの人々の楽し気な話声や、店主の上げる威勢の良い声の隙間を埋めるように、何処かに設置されている拡声器から際限なく繰り返し再生されているのは、絵に描いたようなベタな祭囃子だ。
ズラリと並ぶ露店の背後で唸りを上げる発電機の音とも相まって、非日常的な光と音の空間が、暗く沈む夜の街にそびえる不夜城のように突出して浮かび上がっている。
そういった露天商たちとは離れた位置に、ハンドメイド作家たちの一群が店を開いている一角が有った。そこで、お隣の『つまみ屋さん』の女店主と話し込む麻衣の隣には、しきりとスマホを覗き込む翔の姿も見えるのだった。
今日は年に一度の夏祭りだ。折角の機会なので、敏行と翔も一緒に店に出ているのだが、敏行は小腹が空いたとかで、軽く摘まめるものを買いに、先ほどから何処かに消えてしまっている。
「やっぱり、お祭りはいいわねぇ」
年の頃なら四十代中盤といったところか。そう言う『つまみ屋さん』の店主に、麻衣は「子供の頃を思い出しますよね」などと賛同する。
しかし、ふと横を見てみれば、祭りなどには何の興味も示さない息子の姿が有り、「これも時代なのかなぁ」などと、少し寂しい想いを噛み締めるのだった。
麻衣が子供の頃は、近所で祭りが開かれると聞けばウキウキと心が浮き立ったものだった。しかし、物や情報や選択肢に溢れる現代においては、地元の祭りなど数ある娯楽の中の一つでしかなく、何ら特別な存在ではないのだろう。
焼きそばにしようか、リンゴ飴にしようか。それともチョコバナナか。フルーツポンチも捨て難いし、アイスクリームだって有るぞ。子供の小さなお腹では一つ食べたらお腹いっぱいになってしまうので、年に一度しか訪れないこの選択は重要、かつ貴重だ。ズラリと並ぶ屋台や露店の中から、何を食べようかと迷ったことが、今では懐かしい想い出である。
そう言えば「男はつらいよ」の主人公、フーテンの寅さんこと車寅次郎は、こういった屋台の店主ではなかったか? 今にして思えば、フーテンとは風店の事だったのかと思い至る麻衣であった。
すると女店主が言った。
「そちらのお坊ちゃまも、折角なんだからその辺を見て回って来たらいいのに。面白いものがいっぱい有るわよ」
急に話を振られた翔は、スマホから視線だけを上げて「えぇ、まぁ、はぃ」などと、バツが悪そうに首をすくめる。
その乗り気薄そうな様子を見た彼女はつまらなそうに麻衣を見ると、困ったように顔をしかめ、麻衣も一緒になって「困ったもんです」の表情を返すのだった。
彼女の店『つまみ屋さん』が販売しているつまみ細工とは、正方形の布で作った花びらなどを組み合わせ、作品全体を作り込んでゆく伝統工芸の一つである。祇園の舞妓さんがよく、枝垂れ桜のような髪飾りを差しているが、あの
しかし、『つまみ屋さん』では、その芸術作品のような ──おそらく、かなり高価なものだろう── 商品を取り揃えているわけでは、勿論ない。あくまでも趣味のハンドメイドの延長として、髪飾りやヘアコーム、或いは小さなピアスやイアリングなどが店頭に並ぶのだ。
『つまみ屋さん』の店主が言った。
「ねぇねぇ。そんなことより、ちょっと変な噂を聞いたんだけど」
「変な噂?」
麻衣はふと横を見る。翔はスマホに夢中のご様子だが・・・。
噂話好きな店主は多いものだが、彼女はいったい、どんな話をする気なのだろう。息子に聞かせたくない様な話でなければいいのだが、面と向かってそう言うわけにもいかず、麻衣は興味有りそうな風を装って話の続きを待った。
「それがね、この祭りの主催者がさぁ・・・」
「・・・・・・」
「運営資金を持って消えちゃったらしいのよ」
「は? 消えた?」
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