商売敵戦争 / デザインパクって10円安く売るライバルとの、壮絶なバトルが勃発!?
1
それは、近所のパン屋主催のイベントであった。
国道沿いにある店の駐車場を利用し、近隣店舗の出店やキッチンカー、更にはハンドメイド作家たちが集結している。そのパン屋は、地域活性化の意味合いも含めて ──その発案者は、このパン店を立ち上げた初代社長だと聞き及んでいる── 時折、こういったイベントを開催しているのだった。
一口にパン屋といっても小さな個人経営の店ではなく、専用のパン工場を持つほどの株式会社組織だ。地元では有名な店で、付近を訪れた観光客が足を運ぶほどの知名度を誇る、オシャレ感の漂う大型店舗である。おそらく、この地方を取り上げた観光雑誌やグルメ雑誌には、必ずやその名前が載っているのではなかろうか。
またその店内には、数人のハンドメイド作家の為の棚がしつらえてあり、50cm x 50cmほどのエリアを常設店舗として活用することが許されてもいる。月末には、新たな商品を補充しつつ、当月の売り上げ金を受け取りに行くのが慣例となっており、『ラッキー・ドッグ工房』との付き合いは長い。
その恒例イベントを統括している、パン屋の総務係長から打診が有ったのは、先週のことだった。二日間に及ぶイベントにおいて、初日に一般客向けのワークショップを開いて貰えないか、というのがその内容だ。特に予約などは不要で、このイベントに来た客が、フラッと立ち寄るような運用方式でいくらしい。その見返りとして、二日目の出店料はチャラにすると言う。
まぁ、普段から付き合いの有る店ではあるし、タダで店を出させて貰えるなら悪い話ではない。麻衣は、二つ返事でその提案を受けたのだった。
ワークショップとは、言ってみれば手作り教室のようなものである。押し花や切り絵、ビーズアクセサリーなど女性向けのものが多いが、それは子供向けに限った話ではなく、年配の方もその対象だ。
麻衣の場合は布小物ということで、本来であればミシンを活用したものが主となるが、さすがにワークショップに訪れる不特定多数の参加者の為に、ズラリとミシンを並べるわけにもいかない。従って、比較的簡単に手作り可能な、くるみボタンマグネットやポンポンを使ったヘアゴム、パッチンピンなど、主に女の子向けの小物を製作する教室を開くことにしたのだった。
「はーぃ、それじゃぁ、そのゴムの端と端を重ねて、この金具に通して下さいね。丁度、こんな感じでーす」
麻衣は見易いように作成途中のヘアゴムを掲げ、ワークショップを訪れた生徒たちにデモンストレーションして見せていた。
彼女の前には、小学生くらいの二人の女の子と、お婆さんといった年齢の女性がテーブルに就き、慣れない手作業に没頭している。人数こそ少ないが、これで儲けようという話でもないし、イベントを盛り上げるためのアトラクションと割り切って、麻衣はにわか先生役を演じていた。
「えぇっとぉ・・・ これをどうするんですかね?」
老眼鏡を額にずり上げたお婆さんが、目をしかめながら言った。
麻衣は直ぐさま彼女の脇に回り込んで、丁寧に説明を加える。
「えっと、ココをですね・・・ こうして・・・ そうそう。そしたら、もう片方も反対側からですね・・・ そうです、そうです」
「あぁ、はいはい。判りました、先生」
先生などと呼ばれるのはくすぐったい限りだが、まぁ成り行き上、そういうことにしておくか。
そして、ふと反対側に視線を巡らすと、器用にヘアゴムを仕上げつつある女の子がいた。各自が好きな色と大きさのポンポンを選んで、思い思いの品を作り上げるのだから、そのデザインセンスや配色センスは人それぞれで、見ていて飽きない。
果たしてその子が作ろうとしているヘアゴムは、小さめのポンポンをあしらいつつ、可愛らしい色の組み合わせが好感を持てるものであった。自分には息子しかいないが、もし女の子だったら、どんな家庭になっていたのだろうと、夢見るような気分で麻衣は彼女の作業を見詰めるのだった。
その時である。彼女が身に付けているポシェットが目に入ったのは。
「??? 私が作ったやつかしら?」
確かに見覚えがある。少女が持っているのは、麻衣が『ラッキー・ドッグ工房』』で販売したショルダーポシェットらしかった。
その少女に見覚えは無いが、何処か別のイベントで買ってくれたのだろうか? それとも母親とかが、この子の為に購入したもかもしれない。
図らずも『ラッキー・ドッグ工房』のファン(?)に出逢えて、麻衣は心ひそかに嬉しい想いを抱いていたのであった。
「あれ?」
しかしよく見ると、ちょっと違うかな、という気もした。細かい部分が、自分の仕上げ方と異なるような感じがするのだ。何となく違う。
麻衣は思わず、その子に声を掛ける。
「可愛いポシェットね? チョッと見せてくれる?」
格闘中のヘアゴムから顔を上げ、麻衣の顔を見上げた少女は何かを口にする素振りを見せたが、結局、何も言わずにそれを差し出した。
受け取ったポシェットを手に取って、しげしげと見入る麻衣。
確かに、似たような生地を使っているが、よく見ると違うものだ。こんな生地を、麻衣は使ったことは無い。ただ、微妙に違うとはいえ、異なる生地の組み合わせ方など、つまりデザインがまるっきり『ラッキー・ドッグ工房』のものと同じなのだ。
そして決定的証拠を見つけた。タグである。
麻衣の造る商品の多くには『ラッキー・ドッグ工房』というタグが取り付けてあるのだが、少女の持っていたポシェットには『CSF』と、謎の文字が刻まれているではないか。
ゆっくりと視線を巡らせると、麻衣の顔をジッと見詰める少女と目が合った。
「これは?」
麻衣が手にしたポシェットを掲げながら問うと、少女は背後を指差しながら言った。
「私のお母さんが作ったの。今、あっちのお店で同じものを売ってるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます