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 夏祭り会場を楽し気に歩く人々の間を縫って、ヤスが駆け抜ける。その華麗なフットワークは、ラグビー日本代表に匹敵するぞ。そしてその後を、ヤスのトライを阻止しようとする南アフリカ代表の如く、田村組の皆さんがドヤドヤと追い立てているのだった。

 成り行き上、その一群に飲み込まれてしまった麻衣も、一緒になって必死で追っている時、誰かが彼女の右側に寄り添うようにして走っているのに気付いたのだった。

 ふと横を見る麻衣。するとそこには、かつて何処かで見たことが有る、背の低いオバサンがいた。

 「助太刀するわよっ!」

 そう言ってオバサンは二ッと笑った。

 「あ、あなたは・・・」

 そう。彼女は以前、ゴルフ場で共に走ったオバサンだ。麻衣の脇腹に痛烈な一撃を加え、コース外へと吹き飛ばした、あの強敵である。しかし今日は、同じハンドメイド仲間として協力しようというのだ。

 結局・・・ と麻衣は思う。立場や都合で対立関係になることは有ったとしても、ハンドメイド作家の皆さんは、それぞれ良い人たちばかりなのだと。自作の作品を売るという活動を通し、そういった人たちに出逢えて、本当に良かったと思えるし、とにかく楽しいのだ。

 「あなたと逢う時は、何故だか、いっつも走ってるわね」

 走りながら可笑しそうに言うオバサンに、つい麻衣も笑ってしまった。

 「えぇ、まったくです」

 そしてキリリとした表情を取り戻した麻衣が、しっかと前を見据えると、沿道の店から声が掛かる。

 「頑張って! 『ラッキー・ドッグ工房』さん!」

 「早く早くっ! あっち行ったわよっ! フレー、フレーッ!」

 そこに居たのは、『道の駅:業正なりまさの里』にいたオバサンA~Dだ。ピョンピョン跳ねながら手を叩いてはしゃぐ彼女たちに、麻衣は軽く笑顔を返し、右手を上げてその声援に応えたのだった。

 そして人混みが途絶えつつある辺りに到達した時、そこにピンク色のキッチンカーを認めた。そしてその店の前で、敏行が目を丸くして振り返っているのが目に入る。

 どうやら小腹が空いたとか言って、辿り着いたのはそのケバブ屋だったようだ。店の窓から顔を覗かせた、見覚えの有る中東系の男も、「いったい何事か?」といった表情でこちらを見ている。

 本来であれば一声くらい掛けるべきだが、今はそんな余裕は無い。仕方なく麻衣は、茫然とする敏行の前を土煙を巻き上げながら走り抜けたのだった。

 「何だ、ありゃ? 確かウチのカミサンも混じっていた様な・・・」

 敏行がケバブ屋にそう話しかけると、ケバブ屋が言った。

 「サァ? ウンドウカイ カ ナニカデショウカ?」


 その一群が境内の奥に消えて三十秒ほど経った頃であろうか。何処かでUターンしたのであろうヤスが、大人数をゾロゾロと引き連れて、暗がりの中から祭り会場に向かって戻って来た。そんなヤスの必死な形相を見た老舗饅頭屋の老人は、「ふぉっふぉっふぉ」と相変わらずの恵比須顔だ。

 その時だ。更に大人数が追っ手側に加わり、その総数が一気に倍増した。関口組の皆さんが合流したのだ。その大迫力は正に、大手町でスタートの号砲直後の箱根駅伝を思わせるのだった。

 いきなり人数の増えた一群を見て、関口と田村の仲違いには決着が付いたのだろうかと、要らぬ心配をする麻衣。そして再びケバブ屋だ。

 ケバブサンドだか何だかを受け取って、翔の待つ『ラッキー・ドッグ工房』に戻る途中の敏行が、陸上の長距離よろしく駆け抜ける一群の中に麻衣を見つけ、こう叫んだ。

 「三人分買ったから、冷めないうちに戻って来いよ~」

 麻衣は再び右手を挙げて「了解」の合図を送る。

 ドタバタと皆が上げる足音に紛れ、何処かで大型犬が吼えている声が聞こえた。

 そして遂にこの復路では、道の駅の串焼き連合のオヤジたちも参戦を果たしたではないか。

 「戦か、戦かっ!? 遂に始まったのかっ!?」

 いったい今、何人がヤス一人を追っているというのだろう。

 再び人混みの中へと突入した一群は、大門軍団のように通行人を蹴散らして進む。

 すると、先ほどは気付かなかったが、ラベンダー婦人とジャスミン婦人が言い争っているのが目に入った。きっと往路の際も、意味不明な口喧嘩をしていたのに違いない。相変わらずの二人である。

 今日は、その不毛極まりない諍いを止めようと、公民館の館長までもが加わり、「まぁまぁ落ちるいて」などとなだめめているのが聞こえたが、その館長に向かってジャスミン婦人が噛み付く声がそれに続いた。

 「細川君は黙っててっ!」

 あんたが細川君だったんかいっ!と麻衣がツッコミを入れるのと時を同じくして、祭り会場の夜空を白い何かが飛翔した。それはまるで蜘蛛の巣のような・・・。

 「わぁーーーっ! ちくしょう! 何だこれはっ!?」

 その蜘蛛の巣に引き続き、ヤスの悲痛な叫び声が響き渡ったのだった。


 肩で息をする麻衣が先頭集団に追い付くと、そこには網で身動きが取れなくなっているヤスがいた。そしてそれを押さえ付ける関口組長は、「大人しくしやがれ、この下衆野郎っ!」と、どっちがヤクザか判らない感じだ。

 そう。ヤスはまるで那珂川の鮎のように、投網で取り押さえられたのだった。そしてその横で、網の一端を握り絞める偏屈そうなオヤジを、麻衣は認めた。

 「あっ」

 結婚式場のイベントで、『言霊の館』という店でありがた迷惑な石を売っていた、あの偏屈オヤジじゃないか。麻衣が口を開けたまま固まると、オヤジは麻衣を見て得意そうに言うのだった。

 「わっはっはっは! 見たか、俺の投網の腕を!」

 どうやらオヤジ、趣味である投網を広げて商品が跳ぶのを抑える技を修得したらしく、風の強い日のイベントでは、軽い物を売っている店からは重宝がられているというのだ。しかも、その投網の重しに使われているのは、例の有りがたい言葉の書かれた石ではないか。

 まぁ、活用法が見つかって良かったと言えば、そうなのだが・・・。

 そして網にくるまれたまま胡坐をかいて座り込み、まるっきり観念した様子のヤスに駆け寄って、その顔をペロペロと舐めているのは、ゴルフ場で見かけたゴールデンレトリバーであった。


 その前代未聞の大取物が終わって皆が胸を撫で下ろした時だ。祭り会場の一角に設けられたステージに、ギターを持った男が立った。見覚えの有る奴だぞ。

 「あ、あの男は・・・」

 「皆さん、落ち着いて。こんな時は僕の歌うバラードでも聴いて、心を落ち着かせようじゃありませんか」

 「出た・・・」

 麻衣が表情を失くした顔で見ていると、なんと、その速水耕太郎の横にもう一人、誰かが立っているではないか。

 「えっ・・・ ま、まさか・・・」

 手の甲で両目をゴシゴシした麻衣がそこに見たものは、なななんと小学校で『トコトコりん』の客引きをやっていた、あのジャニーズ系の美少年ではないか。

 「デュ、デュオかよ・・・ いったい、どういうこと?」

 しかも、以前は三人しかいなかった偽客サクラが、小学生くらいの女の子も含めた七人に増えている。

 呆然とする麻衣ではあったが、あの男の子が、何か打ち込めるものを見つけたのであれば、それはそれで良しとすべきなのかもしれないとも思えるのだった。丁度、翔のDTMのように。

 「まっ、頑張ってくれたら、それでいいのかな」

 などとホッコリしている麻衣の視界の隅が、何やら怪しげな動きを捉えた。

 それは投網を構えた、あの偏屈オヤジだ!

 そうだ! あのフォークシンガー崩れと石屋のオヤジは、犬猿の仲だったではないか!

 麻衣は急いでオヤジに駆け寄り、今まさに投網を投げんとしているその両腕を、後ろから羽交い絞めにした。

 「何するつもりなのっ!? オジサン!」

 動きを封じられたオヤジはジタバタしながら言う。

 「えぇい、放せっ! アイツだけは絶対に許さんっ!」

 「ダメっ! 落ち着いて! 気を確かに! オジサンってばっ!」

 「コラっ! 娘っ! 離さんかっ! 馬鹿者っ!」

 そして速水はマイクに向かって、静かに語り出す。

 「僕たちの熱いメッセージ、受け取って貰えたら嬉しいな。デュオになった僕たちの新しい曲です。それじゃぁ『あんたにゃ無理だ』聴いて下さい」

 ジャラ~ン・・・

 相変わらずチューニングのズレたギターである。

 そのMCを聞いている間、ポカンとした顔で動きを止めていたオヤジが、思い出したように再びワタワタと暴れ出す。

 「アンにゃろーーっ! 取っちめてやるっ!」

 「ダメよっ! ダメだってばーーーーっ!」

 しかし、麻衣の必死の制止に関わらず、遂にその拘束を振り払った石屋のオヤジは、自分の掌に「ペッ」と唾を吐きかけた。そしてグルリと網を回すと、ハンマー投げの室伏広治のように、それをステージに向かって解き放したのだった。

 その場にいた全ての者が、ボンヤリとその非現実的な光景を見ていた。茫然と眺めていたと言うべきか。

 夏祭り会場の夜空を覆い隠すかのように、白くて淡い蜘蛛の巣が、ブワッと開いて宙を舞う。そして緩やかな放物線を描きながら、徐々に降下を始めたそれは、ステージに向かってゆっくりと落ちて行くのだった。まるでスローモーションのように。

 オヤジに突き飛ばされて尻餅を突いていた麻衣は、そのままの姿勢で絶叫した。

 「ダメーーーーーーッ!」





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ハイドメイド・ウォーズ 大谷寺 光 @H_Oyaji

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