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「やっぱり、場所が悪いのかしら?」
麻衣は駐車場からクラブハウスへと通じる、人通りの多い、いわゆるメインストリートの方を見渡しながら漏らす。
確かに彼女が店を構えているエリアは、メインストリートに合流する側道のような所で、林立する木立で少し薄暗くなった角を曲がった所に有った。真夏のカンカン照りの時期であれば、むしろ涼を求める客が流れて来そうな場所ではあるが、今は秋。吹く風も爽やかなこの季節、木陰でヒンヤリとした小径に、敢えて足を踏み入れる者は少ない。
「暇だなぁ~」
麻衣が血色の良い頬を更に膨らませて不貞腐れていると、彼女の右隣に店を構えるオヤジが声を掛けて来た。
おおかた定年退職後の暇潰しでもしているのだろう、季節を考えないアロハシャツに白い綿のハーフパンツ。パナマ帽を小粋に被り ──少なくとも本人はそのつもりらしい── どう見ても胡散臭い。
「昨日から並んでなかったのかい?」
「へっ?」
「いい場所取るには昨日から徹夜で並んで、開門と同時にダッシュで場所取りしなきゃなんねえんだよ。知らなかったのかい?」
胡散臭さ全開で、オヤジは日に焼けた顔で笑った。
年齢の割に肌艶の良さが際立っていて、その日焼けは農作業によるものではなさそうだ。意外にも、どこかの会社の重役辺りに落ち着いていたオヤジなのかもしれないと、麻衣は思った。
「は、はぁ・・・」
「イベント会社から来たメールに書いてあったろ? 場所は先着順って」
見ると、そのオヤジの営む『Hand Cuffs』という店先には、針金細工で作ったオートバイやら自動車やらがズラリと並んでいる。そしてその奥には、鎧兜で全身を覆った武者人形の超大作が控え、その値段設定が一万五千円とは、全くもって売る気が無いとしか思えなかった。
随分と器用に、色んな物を形作るものだと感心しないではなかったが、そういった実用性の無い物を好んで購入する客は少ないのではなかろうか。どのイベント会場に行っても、その手の商品が売れている印象は無い。やはり売れ行きは芳しくないに違いないと麻衣は思うのだった。
それに比べて自分の店にはアクセサリー的な物は一切無く、全てが実用性の有る物ばかりだ。手に取ってみれば、その出来の良さと可愛らしさで、誰もが欲しくなる筈だと自負しているのだが・・・。
如何せん、お隣がそういった類の店では、こちらまでドヨ~ンと沈んだ重苦しい空気に飲み込まれてしまうではないか。針金細工の武者人形って・・・。
「俺なんか、別に売れても売れなくても構わないから・・・」
やっぱりそうらしい。
どうせ店を並べるのなら、もっと華の有る可愛らしいお店が良かったのだが。
「後から来て、空いてるスペースにチョロッと店出すだけなんだけど・・・ ははぁん、さては旦那が非協力的なんだな? ウッシッシッシ。
やっぱ、そういった徹夜の場所取りなんかは、旦那が駆り出されて、夜通し並ぶもんだからな。がはははは」
随分とよく喋るオヤジである。
他人の家庭のことを、一側面からの視点だけでとやかく言って欲しくはないものだが、こりゃ面倒臭い奴の隣になってしまったか? と、麻衣は困った風の表情が現れないように苦労しながら、引き攣った笑いをその顔の張り付けた。しかしハの字に曲がった眉毛だけは、どうしようも出来ないのであった。
「え、えぇ・・・ まぁ・・・ あはは」
「まっ、ここのイベントは毎月定期的に開催されてるから、来月は頑張って場所取りしてみるんだな。俺か?」
誰も聞いてない。
「俺は来月もテキトーにやって来て、テキトーに店を出すさ。目くじら立てて売り捌こうなんて思ってやしないからな。わはははは」
そりゃそうだ。一万五千円の針金の武者人形など、誰が買うものか。もし旦那が、こんな物を買って帰ってきたら、容赦なくぶん殴るに決まっている。
「わざわざ親切に有難うございます。じぁ来月はチョッと早起きして、もっといい場所取れるように頑張ってみますね」などと話を合わせておく。
「あぁ。そうしてみな」
頭を下げる麻衣に軽く手を挙げて返すと、オヤジは折り畳み式のウッドチェアーにドッカと座り、ポケットから取り出したセブンスターに火を点けた。そして最初の一服を美味そうに空に向かって放つと、煙で滲みた目を細めながら聞いてきた。
「あんた、名前は?」
「えっ? 私ですか? 一応『ラッキー・ドッグ工房』と名乗ってますが・・・」
「店の屋号じゃなくってさ、あんたの名前だよ」
こんな見ず知らずのオヤジに本名を名乗ることに抵抗が無いと言ったら嘘になるが、隠してもかえって面倒なことになりそうだと思った麻衣は、正直に答えておくことにした。
「麻衣です。高原麻衣」
「麻衣ちゃんか。今後も何処かのイベントで顔を合わせることも有るだろう。同じハンドメイド仲間としてな。これからもよろしく頼むわ。わっはっはっは」
どういう意味合いの「わっはっは」かは判らなかったが、礼儀として相手の名前も聞くべきか? このインチキなオヤジと仲良しになるつもりなど、毛頭ないのだが。
麻衣がにこやかな笑顔で思案に暮れる暇もなく、オヤジは言った。
「俺か?」
誰も聞いてない。
「俺は譲治だ。よろしくな、麻衣ちゃん」
「はい。これからもよろしくお願いします」
年甲斐もなく「麻衣ちゃん」などと呼ばれて喜んでいるなどと思わないで頂きたい。決してそのようなことは無いのだから。
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