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違う違う、私じゃない。野次ったのはこのオヤジだという風に、麻衣は目を丸くして右隣を指差した。
しかし石屋のオヤジは、そんな視線を気にする様子も無く、更に言い放つ。
「意味が判らねぇんだよ、お前の歌はよ! なぁ~にがキラメクコスモスだ! 赤坂サカスの親戚か? バカじゃねぇのか!?」
世界中の誰もがオヤジの意見に大賛成だが、だからといってそれを口にして良いという話ではない。その程度には、皆が大人としての対応で、つまらない歌を聴き流してあげていたのだから。
それなのにオヤジは、彼の歌を微塵も許容するつもりが無いようなのだ。
「引っ込め、引っ込め! 酒が不味くなる!」
いつから酒を飲んでいたのだ、このオヤジ?
しかしステージ上の速水も、黙って引き下がるつもりは無いようだ。というか、気にも留めていない様子で、的外れなことを口走り始めた。こういうタイプに有りがちな、勘違いした奴の典型だ。
「ははははは。僕の歌が新し過ぎるんでしょうか? ご年配の方には不評のようですね。参ったなぁ」
すると
「そうよそうよ! 速水さんのガラスのナイフのような無垢な感性は、あらゆる人の心に刺さる筈なのよ。それが判らないなんて、なんて古臭い人間なのかしら!」
この
おそらく、無名なミュージシャンの下積み時代を支えた、熱心なファン一号みたいな称号に憧れているのだろう。もしそうだとしたら、先ずはミュージシャンを見る目、聴く耳から鍛え直した方が良いのではないかと麻衣は思うのだった。
「新しいとか、古いとかって話じゃねぇんだよ! つまらねぇんだよ! あの歌で感動できるなんて、お前らの頭、大丈夫か? どうかしちまってんじゃねぇのか?」
逆に言えば、オヤジの耳は確かなようだ。聴く価値の無いものを聴く価値が無いと、明確に判断できるのだから。
「まぁーーーっ、下品な人! こんな人に速水さんの歌を聴かせる価値は無いわ、絶対に!」
「価値なんか有ってたまるかってんだ! こっちから願い下げだ!」
それでも速水はオヤジの言うことなどどこ吹く風で、どこか遠くを見ながら独り言のように言う。徹底的に状況が判っていないらしい。
「新しい芸術とかって、いつの世でも排斥される運命なんですよねぇ。時代を切り裂く鋭利な言葉の数々が、安穏な日々を送っている人の耳には、大層、痛く突き刺さるらしくって」
男性ファッション雑誌の表紙でも飾っているつもりなのだろうか、彼はフッとした笑みを浮かべ、僅かに傾げた首で床を見詰めた。全然似あってもいないのに。
「刺さる刺さる! 刺さり過ぎて頭がズキズキするわい!」
そういうオヤジのピンポイントの返しも、それはそれで中々面白いではないか。
「でも後世の人が、その真価を認め、時代の先端を行っていたことが後から証明されるんです。あぁ、あの時代にも、こんな芸術家がいたんだなぁって。ゴッホが評価されたのは、彼の死後、何年も経ってからだと言うじゃないですか」
すかさずオヤジがツッコミを入れる。
「後世の人がお前の歌を聴いたら、腹抱えて笑うぞきっと。同じ時代に生きている俺は、恥ずかし過ぎて死にそうだわいっ!」
このオヤジ、年取ってる割には口は立つ方らしい。訳の分からない言葉をこねくり回して、石に書き込んでいるだけのことは有りそうだ。
「それじゃぁ気を取り直して・・・」
「気を取り直すんじゃねぇ! バカ!」
「『15の輝き』聴いて下さい」
「聴かねぇつってんのが判んねぇのか! このウスラトンカチがっ!」
これを『糠に釘』と言うのか『暖簾に腕押し』と言うのか判らないが、二人の会話は全く噛み合わない。この二人、歌も石屋もやめて、歳の差漫才コンビでも始めれば、それこそ時代の先端を行くのではないだろうか?
♪盗んだバイクが盗まれた~
「盗んだもん盗まれた話なんて、誰が聞きてぇんだよ!?」
♪乗り方も、解らぬまま~
「乗れねぇのに盗むんじゃねぇ。バカッ!」
♪明るい朝日の向こうへ
「朝日の向こうは海だろうがよっ!」
♪ヘイヘイヘーイ
「ヘイはやめろ! 意味判んねぇし!」
頑張れオヤジ! 結構、笑えるぞ!
♪走り続けたいと願い続け
「だから海の上をどうやって走るんだよ!?」
♪飛び込んだ朝に
「結局、飛び込むんじゃねぇか!」
♪一人歩き続けた15の朝
「泳ぐんじゃねぇのかよ!」
♪ヘイヘイヘーイ
「ヘイはやめろよ、ヘイは!」
気が付くと麻衣は椅子から転げ落ちて、腹を抱えてゲラゲラと笑っていたのだった。
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