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 パン屋のイベント、二日目。今日はワークショップの担当ではなく、いつも通り『ラッキー・ドッグ工房』としての出店だ。そして幸か不幸か、あの憎き『コットン・シュガー・ファクトリー』は出店していない。

 結局のところ、敏行から有意義なアドバイスを貰えたわけでもなく、店のテーブルの端に【 類似品にご注意 】と札を掲げるくらいしか出来ることは無かった。細やかなる正義の完遂である。

 そんなこんなでモヤモヤした気持ちを抱えつつも、店番をしているうちに徐々に気分も晴れてゆく。やはり自分の手作りの品が ──飛ぶようにとは言わないが── それなりに捌けてゆけば、気分も上がるというものだ。いつの間にか『コットン・シュガー・ファクトリー』のことなど頭の中から消え去り、麻衣は来客への応対に忙殺されてゆくのだった。


 そんな時、ふと視線を上げると、小学生くらいの女の子が一人、店の前に立っていた。麻衣は笑顔を作って言う。

 「いらっしゃい。何か探し・・・ あれ?」

 昨日のワークショップに来ていた女の子だった。幼いながら、なかなかセンスの良い組み合わせのヘアゴムを作っていた筈だ。その自作のヘアゴムで髪を止め、ジッと麻衣の店の商品を見詰めている。そしてその肩には、昨日見せて貰った、あのショルダーポシェットが掛けられていた。

 麻衣は一呼吸おいてから、優しい口調で言った。だって母親と妙な具合になったとは言え、その子には関係の無いことなのだから。

 「いらっしゃい。今日はお店に来てくれたのね?」

 少女は何も言わず、陳列された商品をジッと見詰め続けた。

 その視線の先に有るものを麻衣は理解していた。彼女が見つめているのは、例のポシェットと同じデザインのものだ。

 母親に作って貰ったという、多分、お気に入りのポシェット。それと全く同じデザインのものが、別の店で売られているのだ。その子の心中は混乱しているに違いない。

 かと言って、こっちがデザインを盗んだなどと嘘をつくわけにもいかず、どう話し掛けたものか悩んでいるうちに、少女の方から口を開いた。

 「このポシェット・・・ お姉さんが作ったの?」

 「そ、そうだけど・・・ それがどうかした?」

 私のことを「オバサン」ではなく「お姉さん」と呼ぶあたり、なかなか出来た子じゃないか、などと浮かれている場合では無い。麻衣が彼女の出方を伺っていると、少女は自分の背後に回っていたポーチを身体の前面に持って来た。

 そして陳列されているポシェットと、母親が作ったという自身のものを見比べ、俯きながら小さな声でこう言うのだった。

 「ごめんなさい」

 「えっ?」

 いきなり頭を下げる少女に面食らう麻衣。そんな麻衣を気に留める様子も見せず、少女の謝罪は続いた。

 「ごめんなさい。お母さんを許してあげて下さい。お願いします」

 「ど、ど、どういうことかしら?」と、思わず聞き返す。

 「私のお母さん・・・ お姉さんのポーチを真似して作ったんですよね? それを少し安くして売ってるんですよね?」

 「そ、それは・・・」

 直球勝負で核心を突く少女に言葉を失っていると、彼女は訥々と話し始めたのだった。

 「お母さん、いっつもそういうことやるんです。そうやって人が考えたものを盗んで、迷惑をかけて・・・ そういうのやめてって言ってるのに、全然聞いてくれなくって・・・」

 「・・・・・・」

 「私、責任をもってお姉さんの盗作を売るのを止めさせますので、今回は見逃して下さい。お願いします」

 そう言って、更に深々と頭を下げるのだった。

 麻衣はその肩に手を添え、項垂れる首を持ち上げてやりながら問う。

 「あなたのお母さんは、どうして人のデザインを盗んだりするのかしら?」

 少女は言い難そうに視線を逸らしたが、直ぐに麻衣に向き直った。

 「センスが無いんです。デザインセンスが」

 「セ、センス?」

 麻衣としても、決して得意分野とは言えない単語がいきなり出てきて、つい声が裏返ってしまう。

 そんな麻衣をよそに、少女はポシェットの中から、手作りと思しきバネポーチを取り出した。しかしそれを見た瞬間、麻衣は思わず目を瞬いたのだった。

 だって、それはそれは酷い一品だったからだ。

 デザインセンスの欠片も感じさせない、色の組み合わせとガラの選定。造りは悪くないのに、商品価値はゼロに等しいだろう。まるで酢豚に混ぜ込んだパイナップルほどに不穏な存在だ。センスレスを自負する麻衣ですら、さすがにその組み合わせは選ばない。

 「えぇっと・・・ それは・・・」

 言葉を失う麻衣に、少女は自嘲的な笑顔で言う。

 「酷いセンスですよね、笑っちゃうくらい。これ、折角お母さん作ってくれたのに、恥ずかしくって人前では出せないんだもの」

「そんなこと・・・」

 そこまで言いかけた麻衣だったが、こんな小さな子にお世辞を言ってみたところで、誰も幸せになんてならないではないか。気を使われる程、人は傷付くものなのだし。

 そう言う自分だって、人のことをとやかく言えるほどのセンスの持ち主ではないが、センスが無いことが判るくらいにはセンスが有るのだと、その時になって初めて気が付いたのだった。

 「いいんです、判ってますから。だから私、センスの良い人になりたいんです。そして、お母さんのハンドメイドのお手伝いがしたいんです。将来はプロのデザイナーにもなりたくって!

 私、お姉さんみたいなセンスの良い人に憧れてるんです!」

 「わ、わ、私のセンス?」

 グサリと痛いところを突いて来た! よりによってそこかよ! そこだけは勘弁して!

 「教えて下さい! どうしたらお姉さんみたいにセンスを磨けるんですか? 勉強とかしたんですか? コツとかが有るなら教えて下さい!」

 少女の真っ直ぐで真摯な視線に射抜かれて、麻衣は身動き一つ出来なくなっていた。そして気付いた時には、いつの間にやらこんなことを口走っていたのだった。

 「うぅ~ん・・・ べ、別にコツなんか無いのよねぇ・・・ 言ってみれば適当かな。あははは。

 これが良さそうって思えるものを選んでるだけで、持って生れたものじゃないかしら? って言うか、それがセンスっていうものだろうし・・・ なは、なはは・・・」

 脇の下にジトッと湧き出る嫌な汗を、麻衣は止めることが出来なかった。

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