第2話 追放 (下)

「お待たせ致しました。坊ちゃま」


 父に言われた通り別室で待機して今後のことをぼんやりと考えていたシオンの下に背の高い美女がやって来た。黒いショートヘアにフリルをあしらったヘッドドレスを乗せ、切れ長で涼し気な碧眼にすっきりとした鼻立ちに桜桃のような唇をした美女。

 クラシックタイプのエプロンドレスに身を包んだ彼女こそが父であるラムダ伯爵にシオンの護衛に付けると言われた才女、メイリアだった。


「……あー」


 彼女を実際に見てシオンは何とも言えない顔になる。そして本当について来るのかと言わんばかりの視線を向けてしまった。それを受けてメイリアは頷く。


「成程、確かに私の知る坊ちゃまではなさそうですね」

「……何を言っているんだお前? この身、この身体、確かにラムダの血が流れてるものだぞ?」


 いきなり核心を突く無礼とも言える言葉にシオンはほんの一瞬だけ黙ったが堂々とそう言い切った。しかし、メイリアの方はそこまで気にした素振りもなく冷静に返してくる。


「ですが、心が違います。まぁ個人的にはどちらでもいいですが。周囲の目もあなたが坊ちゃまであろうがなかろうが、あなたのことをシオン・ラムダとして見ることは間違いないので」

「ふーん……まぁ俺としては余計な疑いをかけられて面倒なことになるのは避けたいからふざけたことは言わないでほしいんだがな」


 シオンは仮に自分の正体が看破された時に言おうと思っていたことを先にメイリアに言われてしまったため、大きなリアクションなしに会話を済ませてしまう。対してメイリアの方はシオンに釘を刺したつもりだったが、彼が逸脱した行動を取るつもりがなさそうな態度を受けて拍子抜けしてしまった。


「そうですか」

「さて、そんなことより支度金だ。いくらになった?」


 メイリアの追及を適当なところで区切ってシオンは気になる父親からの手切れ金の確認に入る。これ次第で今後の方針がかなり変わって来るのだから気になるのも当然だ。そんな彼にメイリアは布袋を差し出す。


「400金になります」

「……ふむ。何ともコメントに困るな。俺の蒐集品をまともなところで売ったのならもっと稼げたはずだが……まぁいい」


 シオンは複雑そうな表情で納得した。400金はこの世界で比較的富裕層である下級貴族等の文官が宮仕えを始めて4~5年程貯蓄に専念してようやく貯められる金額に相当するため、決して少なくはない。

 だが、シオンがラムダ家という名門貴族を追放されるほどに浪費して集めた物品を全て売ったという割には少なかった。これから考えられるのは父親が中抜きしたか、商人に買い叩かれたか、一部しか売らなかったかの三択だ。


(まぁ、それなりの奴隷を買えそうだから別にいいか……)


 少し思案したシオンだが、今から言い争うのも面倒だしまぁいいかと深く考える事を止めて自宅を出て行く準備に取り掛かる。

 そうとは言っても彼の集めた蒐集品は処分されているのでメイリアから渡された金以外は着の身着のままだ。準備するのは心の持ちようだけ。それもすぐに済ませるとシオンはメイリアに言った。


「さてメイリア。これから非常につまらんことに付き合わせることになるが……」

「伯爵様よりお給金は頂いているので結構です」

「そうか。じゃあ気にしないことにする。ついて来い」

「はい」


 立ち上がるシオン。メイリアはそれに続く。そして二人は玄関前まで移動した。父であるラムダ伯爵が立っており、シオンを険しい顔で見ていた。


「おや、どうなされましたか?」

「……息子の門出だ。見送りにくらい出る」

「そうですか。お忙しいところ申し訳ないですね。ありがとうございます。では失礼します」


 あっさりとした挨拶だけで出て行こうとするシオン。つい先日までとは別人のようであることを全く隠そうともしていないシオンの後姿を見送った伯爵は少し瞑目した後にシオンの後に続こうとしているメイリアに視線を向ける。


「頼んだぞ」

「お任せください」


 その一言には様々な意味が込められていた。しかし、その内容についてはシオンを別室で待機させている間に語り尽くしている。この期に及んで二人の間で再確認するようなことでもなかった。

 ラムダ伯爵に恭しく頭を下げたメイリアだったが、すぐにシオンを追って屋敷から出て行く。その後姿が見えなくなるまでラムダ伯爵は物憂げな表情をしたまま玄関口に立っているのだった。




 貴族街の中心部を出て市街地へと続く街道を歩むシオンとメイリア。先行して家を出たシオンのすぐ後をメイリアは追っていたが彼の向かう先に疑問を抱いた。


「それで坊ちゃまはどちらに向かわれているのでしょうか? 冒険者ギルドはそちらではないことはご存知でしょうが」


 別人格が憑依したのであれば記憶も消えた可能性はあると思いながらもメイリアは確認のためにそう尋ねる。それに対してシオンは振り返りもせずに答えた。


「あぁ、奴隷を一人買おうと思ってな。奴隷も扱ってる商人のところに向かってる」

「奴隷、ですか」


 メイリアは僅かに眉根を寄せる。家から追放されてすぐに奴隷を買うという行為を取ったシオンが奴隷に何をするのか分かったものではないと思ったのだ。


「……念のため、お伺いしますが目的は何でしょう?」

「楽して金儲け」


 シオンはきっぱりとそう言い切った。それを聞いたメイリアはひとまず奴隷を購入する理由が反抗出来ない弱者をいたぶることで鬱憤を晴らすなどという目的でないことに安堵する。だが、それとは別にシオンの見通しの甘さが気にかかり、思わず一言口にした。


「失礼ですが坊ちゃま。個人で活動するに当たり、世間に顔向け出来る方法で楽して大金を得られるということはまずあり得ません」

「はいはい」

「……何か考えがあるなら別ですが」

「なけりゃ初手で奴隷なんてものに手を出さねぇよ」


 メイリアの方を一切見ずにシオンは貴族街から貴族向けの商人たちが集まる区画へと移動する。その移動だけで割と疲れたシオンだが、家を追い出されたのだからこういう移動にも慣れなければならないと諦めて移動を続けた。


「はぁ……さて、良さそうな店はあるかな」

「……安価で買って逆に損しないようにきちんとした店で買うのをお勧めしますが」

「予算は手続き込みで120金だが、戦闘もやってもらう予定で重度隷属の奴隷を買うつもりだから今まで贔屓にしていた高級店じゃ無理だな。掘り出し物を狙いに行く」

「期間契約などを使えばお考えになっている金額でも強い戦闘用奴隷が雇えますよ」


 メイリアはシオンの予算と予定を聞いて悲惨な末路を辿る奴隷が生まれないようにやんわりとシオンを諫めた。しかし、シオンは気怠げに答える。


「期間限定の奴を育てても育成の手間が無駄になる。安い奴を強く育てた方が資産が増える上に稼げて得だ」

「……育てるノウハウは」

「給金は貰ってるから気にしなくていいんだろ? 任せた」


 メイリアはシオンの言葉に僅かながらイラっと来た。だが、シオンはそんなことを気にしていない様子で大通りでも目立つ富裕層向けの店に入る。それを見てメイリアは内心で複雑な思いを抱いた。


(……高級店は使わないと言ったばかりですが。まぁ、しっかりとした店で買うのであれば現実を知れますし、懇意にしていた商人が相手であれば多少は聞く耳も持つでしょう。言行不一致な点が気になりますが……)


 メイリアの心配をよそにシオンは店員に声を掛けて責任者を呼ぶ。アポイントなしでの訪問のため、やや時間を要したが現在この店に居る商人の中でも貴族に応対出来る程度の職階を持ち合わせる人物が出て来た。


「ご来店ありがとうございます。本日の御用向きは……」

「安い奴隷を仕入れに来た。未成年の重度隷属者が好ましい。いいのは居るか?」

「ございます。何人必要ですか?」


 即座に切り返す担当者。彼の問いにシオンは足元を見られないように勿体ぶって少し悩む素振りを見せてから答えた。


「……取り敢えずは1人だな。多くても扱い切れん。取り敢えず見せてくれ」

「すぐにお連れしますので少々お待ちください」


 準備に取り掛かろうとする担当者。シオンはそれを制して口の端を吊り上げて笑いながら言った。


「いや、見に行く」

「……あの、お安い奴隷、ということでしたよね? 彼らがいる場所はお見せ出来るような場所では……」

「一人一人連れて来て見ると無駄に時間がかかる。何、例え目の前で虐待していたとしてもとやかく言うつもりはないし、最下層を見せろと言っている訳でもないんだ。商品一覧を見せてほしいだけなんだが、出来ないか?」


 シオンの言葉に担当者は難しい顔を浮かべる。通常時、一般客であれば見せることもしているが貴族を相手に下手な真似はしたくない。取り敢えずは時間稼ぎの言葉を吐いて思考時間を稼ぐことにした。


「お戯れを……大切な商品にそんな真似はしませんよ。ただ、未成年の重度の奴隷となりますと生活習慣が良くないものが多く……」

「なら全員を別室に連れて来るのでもいい。とにかく全員見せてくれ」

「……お時間の方が」

「それくらい待つ」


 貴族の間では鼻つまみ者であるシオンだが、商人にとっては良い物はいい値段でも買ってくれるためある程度の評価を得ていた。そのため、この担当者もシオンの要望を受け入れる方向で話を進めてくれるようだ。


「……畏まりました。ただ、本当に不良品も混じっています。事前に連絡は致しますのでご購入の際には何卒ご配慮の程……」

「分かっている。買う場合は自己責任で買うことを約束する」

「では、別室にて今しばらくお待ちください」

「あぁ」



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