第11話 大密林 休息
「う、うぅ……」
フォレストデーモンを倒した翌日、クリスは体調を崩していた。初めて魔物の討伐を行ってから一夜明け、眠っていた状態からゆっくり意識を覚醒し始めた明け方頃になって魘され始めた彼女。
その体調の変化に伴う魘され声よって起きたシオンが彼女に回復魔術を施したことによってそれほど酷い状態にはなっていないが、森に潜るのは難しい様子だ。そんなクリスを見てからシオンは天井を仰いで内心で独りごちる。
(さて、そろそろ放して欲しいんだが……まぁ、初めての
回復効率がいいようにベッドの中でクリスを軽く抱き寄せるようにして術式を発動させた結果、逆に抱きしめられたシオンは少し困りながらも抵抗しない。昨日無理をさせた自覚があるからだ。
ただ、昨日の時点でメイリアに告げていた予定ではそろそろ部屋から出て合流する時間になってしまう。シオンがそう考えているとちょうど扉がノックされた。
「坊ちゃま、そろそろお時間ですが」
「あぁ、入れ」
「失礼いたします」
入室の許可を得て室内に入って来たメイリアはシオンもクリスも支度を整えている様子ではないことを受けて一瞬怪訝な顔をしたが、ベッドに近付くと何かに納得したかのように頷いた。
「今日は動けない様子ですか?」
「あぁ初めての
「……あまり無理はさせないよう、意見具申致します」
「分かってる」
(本当に分かっているんでしょうかね……?)
シオンの言葉に疑念を抱くメイリア。この男、クリスが大きな魔力を持った相手を殺すことでその魔力を吸収する
確かに昨日はメイリアも彼女に厳しめの言葉を掛けた。だが、それはクリスが一度やると言ったことを受けて彼女の覚悟を促すためであり、使えないから売り払うなどと脅迫してまで魔物の殺害を強要するつもりはなかった。
(……尤も、上流階級の方々からすればそれくらいは当然ですが……見ていて気持ちのいいものではありませんね)
特殊な出自をしているメイリアだからこそ奴隷に対しても比較的優しく振る舞っているのだが、純然たる貴族であるシオンにそれを求めるのは難しい。それをメイリアは分かっていた。
(転生者であればその辺りに意識の差が出て来ると思ったのですが、今のところそれらしき素振りは寝食を共にすることくらいですか。ただ、それも立場を追われて効率を考えさせられた上での話ですし……)
少し落胆するメイリア。ラムダ伯爵からの指示に従うだけであればシオンが転生者らしき行動をしないことはラムダ家、ひいてはメイリアの利害とも一致する。ただ、彼女としてはもう少し何かあってもいいのではないかという気もするのだ。
(別に破滅願望があるというわけではないですし、転生者による改革を望むほど現状に不満を抱いている訳でもないのですが……)
恵まれた環境にあることは理解しているのでそれを壊されるのは困る。破滅は勿論のこと、無理な発展を望むこともリスクが大きいことを理解している彼女はシオンが転生者であろうがなかろうがこれからも大人しくしておいてもらおうと思い直す。
そのためには彼が今思い描いている絵を完成させるのを助力するだけだ。
(坊ちゃまに楽させるためにクリスには酷な道を歩ませることになりますが……王国のために致し方ない犠牲となってもらいましょう)
昨日の状況からクリスに無理を強いることになるとは分かっているが、致し方なきこと。奴隷に堕ちた不運を恨んでほしいと思いながらメイリアはクリスを見る。
(……クリスの方も覚悟して努力すると言っていたのですから、お願いしますよ)
色々と考えてクリスのことを見ていたメイリアだが、長時間無言だったのがシオンの気になったらしい。
「何か文句でも?」
「……随分と懐かれている様子だと思っただけです」
話をそらすために適当なことを言うメイリア。シオンはそれを疑問に思わなかったらしく、こともなさげに答えた。
「あぁ、今日は強めに回復魔術を使ってるからな。熱がある時に冷たいものを求めるのと同じようなものだ」
「そうですか……」
どう考えてもそれだけではないだろうと思ったが、勝手にクリスの思いを代弁するのも筋違いだと判断してメイリアはシオンの言葉をスルーし、話を逸らす。
「取り敢えず、本日の予定は如何なさいますか?」
「キャンセルだ。暇なら宿代稼ぎにでも行ってくれ」
「畏まりました。部屋で待機しておきます。御用があればお声掛けください」
シオンの申し出を適当にあしらって慇懃に頭を下げて部屋を出るメイリア。シオンはそれを横になったまま見送るとそう言えば朝食を摂り損なったと顔を顰める。
(まぁいい。クリスが起きるまで寝るとするか……ある程度は整えたし、回復魔術を弱めていけば自然と離れるだろ)
初めての
(はぁ、何もしたくない。死んで全てが終わって楽になるんだと思ったのに次があるとは……やっぱり輪廻転生はあるんだな。次こそは俺の意識が消えられるように妙なことには関わらないようにしないと……)
そんな詮なきことを考えている内に何時しかシオンも微睡みの世界に落ちて行くのだった。
「ん……」
クリスが目を覚ました時、彼女はシオンを抱き枕のように抱きしめていた。
「ひゃっ!」
驚いて声を上げながら離れるクリス。しかし、シオンは僅かに顔を顰めた程度で目を覚まさない。
「し、失礼致しました……」
眠っているシオンには聞こえていないだろうが、念のため謝っておく。そして彼を起こさないようにクリスがそっとシオンから離れて身体を起こすと急な虚脱感が彼女を襲った。
(あ、あれ……?)
少しふらついてベッドに戻るも思考が定まらない。考えられるのは隣に居る彼女の主が何かしているということだ。
「……失礼します」
静かに彼の腕を抱いてみるとじんわりと温かいものが身体を巡る。しばらく抱いていると彼女の体調不良も収まった。
(……ずっと回復魔術を掛けてくれてたんですね。ありがとうございます)
巨大な魔力の持ち主とはいえ、常時魔術を使い続ければ魔力欠乏になってしまう。その危険を顧みずに自分の手当をしてくれていた。それはクリスに不足しがちな自己肯定感を高めるものだった。
「えへへ……」
自分のために回復魔術を掛け続けてくれていることに喜びを感じ、クリスは思わず笑みを浮かべた。昨日は自分でも頑張ったと思う。みっともない姿を晒したが、最後は決めた。その結果のご褒美だ。
(もっと頑張らないと……私は要らない子じゃない。ご主人様に買ってよかったって言ってもらえるように頑張らないと……)
自身の全てを救ってくれたシオンに必要とされることが今のクリスにとって何よりも重要なことだ。酷い虐待とその後遺症に対する周囲の反応から自己肯定が出来ない彼女には他者からの評価で精神の均衡を取るしかない。もし、自分を見出してくれたシオンに見捨てられたら彼女は本当に自己に何の価値も見出せなくなるだろう。
(怖がって出来ないなんて嘘をついてごめんなさい。見捨てないでください。何でもします。だから……)
情念が篭ると自然とシオンの腕を抱きしめる力が強くなる。すると、流石にシオンも起きたようだ。
「ん……起きていたか」
「はい……」
「じゃあ朝食にするか……今日は流石に無理しなくていい。明日からはまた頑張ってもらうが」
「はい」
表面上は静かに、しかし水面下では強い感情を持ちながらクリスは今日もシオンに付き従うのだった。
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