第12話 大密林 成長
クリスにとって初めての魔物との戦いであるフォレストデーモンとの戦闘を終え、彼女が初めての
「ご主人様! ただいま戻りました!」
元気にナステラーナ大密林攻略の最前線基地にある宿に戻って来たのはクリスだ。彼女は2週間前の自信なさげな様子から一変して明るい表情をしていた。
そんな彼女を座ったまま迎え入れるのは無為に時間を過ごしていたシオンだった。今後の予定を考えるという名目で密林に潜るのをパスした彼は返り血どころか泥一つ付いていないクリスに目を向けると問いかける。
「お疲れ。どうだった?」
「緊張しましたが、頑張りました! 戦果はフォレストゴブリン8体にビガー・ボアが2匹です! 換金したのでお納めください!」
「……そうか。じゃあ、これはお前の取り分だ。好きに使うといい」
「ありがとうございます!」
80銀を渡されたシオンはその1%に当たる80銭をクリスに渡す。酷い搾取に見えるが一応合法だ。冒険者ギルドで定められた奴隷に対する一般的な報酬金の割り当てはギルドから支払われる報酬の5%から経費やその他マージン等を引いた金額、もしくは総額の1%のどちらか高い方を渡さなければならない規定となっている。5銀以下の小額依頼であれば別途規定があるが、シオンはクリスにそんな雑用をさせる気はないので関係のない話だ。
(この80銀でようやく収支+30銀ってところか……俺が動いた分を加味するとまだ赤の気分だが、このペースで成長してくれるなら再来週ナステラーナから王都に戻った後は随分と楽が出来そうだ……)
今回の報酬である80銀という報酬はそれなりの金額だが、王都であれば今回と同様の危険度の依頼はもっと高額になる。今回の仕事はこの前線基地ではよくある依頼で片付けられる範疇の危険度だが、人が多く、経済が発展している王都では仕事を選ぶ人間が多いため、危険な仕事であれば大きな金額が動くのだ。シオンは今から成長を重ねたクリスが王都で稼ぐ姿を描いていた。
だが、目の前のことを疎かにしてはいけない。前線基地という、いつ魔物が溢れて襲い掛かって来るか分からない危険地帯でそれなりに快適な生活を送っているのだ。現状でもシオンが夢想している王都でそれなりのホテルに泊まって遊んで暮らすのと変わらないくらいには金がかかっている。
(稼げてはいる。それは間違いないが、もう一歩足りないな。早く成長して王都でも稼げるようになってほしいが……)
今のクリスは現状を維持するには事欠かないが、シオンが望んでいる楽隠居生活には少し及ばない。ただ、次のようにも考えられた。
(まぁ、少し前まで俺の補助なしだと森に入る事すら嫌がってたのと比べれば十二分に成長はしているか。焦らずに進めよう)
万全の補助態勢があっても密林に入ることすら怖がっていた少女が1月に満たない期間の中で成長し、お目付け役こそいるが単独で狩りをしている。そう考えると驚くべき成果だ。クリスに素質がないとはもう誰も言えない。シオンはそう考えることにしてクリスに無理させないように緩やかな成長を促すことにした。
「それでご主人様。今後はどうされるんですか?」
シオンがクリスの成長を見ながら今後の方針を考えていると、今度はクリスの方がシオンの今日の進捗について尋ねて来た。今後のことを考えるために今日の狩りに同行しなかったのだからクリスが気になるのも当然のことだ。
だが、シオンは特に何も考えていなかった。今日の活動は何もしたくないから寝ていただけだ。ただ、それを素直に口にすればクリスは兎も角、メイリアに色々と忠言という名のお説教をされるので適当なことを言っておく。
「まぁ……今日の成果を見るに残りの二週間については中層に行ってみようかと」
「! それは、あの、勿論ご主人様も一緒ですよね……?」
不安気に揺れるクリスの瞳。しかし、この反応にシオンは驚いた。
(こいつ、俺が居れば中層に潜るのにも反対しないのか……本当に成長したな)
てっきり、まだ早いとか怖いとか言ってくるのかと思っていたが、クリスはシオンが一緒に行くなら行くのに反対はしないというスタンスらしい。
(森の中層まで歩くのは怠いが……まぁ、今後のためだ。もう少し頑張るか……)
面倒臭さよりもこの好機を逃すべきではないと考えたシオンはクリスの言葉に同意を示すことにする。クリスはそれに露骨に安堵したようだ。
「わかりました。頑張ります」
「……明日の方針も決まったことですので夕飯の支度をしましょう。今日のメインはビガー・ボアのステーキですので、それはクリスに任せますよ」
「わかりました!」
(働き者だなぁ……)
メイリアに連れられて意気揚々とキッチンに向かうクリス。シオンはそんな彼女を眩しく思い、僅かな劣等感に苛まれつつもそれを気にしないことにしてベッドに横になるのだった。
一方の調理組。メイリアはシオンが今日サボっていただけであることを見透かしており、何と言おうか迷っているところだった。
(奴隷に働かせて自分は楽をする。至極当たり前のことですが、家を追い出されて碌な財産もない坊ちゃまがやるにはまだ早いと思うんですよね……)
王国人としてはありふれた行為。しかし、後ろ盾のないシオンは金銭だけを頼みにクリスと契約している。その状況でクリスに単独で冒険者稼業をさせる。これは非常に危うい状態を招きかねなかった。
(このペースでクリスにギルドから定められた割合の金額を渡し続ければ、クリスが自分で自由を買い戻すのはそう遠い未来ではないはず。その時、坊ちゃまがどうするのか。無茶な言いがかりをしなければいいんですが……)
現在のシオンの態度ではいくら怪我の治療をし、様々な施しをした恩人だとしてもクリスに愛想をつかされるのは時間の問題だろう。金銭面での縛り、そして精神面での縛り、その両方の枷が外れればクリスがシオンから離れるのは当然のことだ。
そう思ってクリスを見ていると彼女はビガー・ボアのステーキの下準備を済ませており、メイリアの方を振り返っているところだった。彼女は準備が済み、目が合っても何も言わないメイリアを見て首を傾げて尋ねた。
「メイリアさん、どうかされましたか?」
「……いえ。明日から中層ということですが大丈夫ですか?」
クリスの純粋な眼差しを受けて適当に誤魔化すメイリア。ただ、メイリアにとってはこの問題も気になるところだった。つい2週間前までは戦闘をするという事実だけで怯えていた少女が中層に踏み入れて狩りをするというのだ。負担になっていない訳がない。
そう思って問いかけたのだが、クリスは意外にもあっさりと問題ないと頷いた。
「ご主人様の判断ですし、大丈夫だと……何かありますか?」
「……いえ、クリスなら大丈夫だと思いますが念のため確認です」
「ご主人様がついて来てくれるということなので大丈夫です」
(やけに信頼してますね……?)
訓練などで散々実力を見せた自分ならまだしも、誰にも手の内を明かすことのないように後方で待機していただけのシオンに何故そこまで信頼を置くのか。メイリアはかなり気になった。
「坊ちゃまを信頼しているんですね」
「はい」
即答。いつの間にそんな信頼関係を結んでいたのだろうと思うメイリア。この拠点に来てからメイリアだけ別室での寝泊りになっているが、その間に何かしたのだろうか? 色々と気になるメイリアだったが、あまり追及し過ぎるのも野暮ったい。彼女はラムダ家から派遣された出来るメイドなのだ。疑問を飲み込んで適当に誤魔化しておく。
「では信頼に応えられるように今後も頑張ってください」
「はい! よろしくお願いします」
その会話を最後に二人は調理に専念し、明日の冒険のために二人はシオンに黙っていつもより少しだけ豪勢な食事を作ることにするのだった。
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