第13話 大密林 完了

 シオンたちがナステラーナ大密林に潜るようになってから一月が経過した。当初の想定以上の成果を得たシオンたちは王都の冒険者ギルドで依頼達成の報告やそれ以外の換金手続き等を済ませた。

 その後、ラムダ家へ報告を入れるというメイリアと別れてシオンとクリスは王都を出る前に使っていた件の隠れ宿に戻っていた。


「はぁ……久々によく寝れそうだ」

「それはよかったです」


 ナステラーナ大密林で稼いだため、ある程度は懐に余裕があるということでツインベッドの部屋を借りたシオンはシングルのベッドで横になっていた。


「クリスも広々と寝れて嬉しいだろう? 遠慮せずに寝ろ」


 同意を促す言葉。しかし、クリスは微妙に影のある表情で愛想笑いを浮かべるだけだった。そんな彼女を見てシオンはほんの僅かながら不機嫌さを滲ませる。


「何だ? 文句があるのか?」

「……せっかく私の分のベッドを取ってくださったご主人様には申し訳ないですし、はしたないと思われるかもしれないのですが……その、私は一緒の方が……」


 しみ一つない白い頬を朱に染めて、伏し目がちながら僅かに期待を覗かせる視線を含めてそう告げるクリス。シオンは軽く眉を顰めた。


(……回復魔術の調整失敗したか?)


 痛みの緩和、ひいては精神の安定までの作用をもたらす回復魔術をクリスが眠っている間に使用していたシオンはクリスが軽い依存症になってしまった可能性があると少しだけ反省した。だが、彼にも言い分はあるのですぐに思い直す。


(でもまぁあれはクリスの適切な成長には必要なことだったし、ストレスフルな環境でクリスの精神があれ以上壊れないようにするにはそれこそ不可欠なものだったしな……まぁ、これから依存性を抜いて行けば問題ないだろ……)


 連日それなりの量の魔力を使って安定させる必要があったクリスの精神状態のことを考えるとシオンの回復魔術なしの環境でクリスが眠っていた場合、彼女は睡眠障害に陥っていた可能性が非常に高い。現にナステラーナへ向かう移動日だけはクリスに回復魔術を使っていなかったが、その日の彼女は眠れなかった様子だった。


(うん。俺は悪くない)


 自己正当化を済ませて頷くシオンだが、特にフォローを入れることはなかったので彼の無言についてクリスは自分との同衾をシオンが嫌がったと取ったようだ。非常に申し訳なさそうな顔で頭を下げてクリスは謝罪の言葉を口にした。


「あ、で、でもご主人様は私なんかと一緒に寝るのは嫌ですよね……すみません」


 申し訳なさそうに縮こまるクリス。シオンはクリスが自分を卑下することで今後のパフォーマンスに影響が出そうだと判断してフォローを入れた。


「……別に嫌とは言ってないだろう。必要があれば構わない」

「え……その、必要、とは?」


 期待を覗かせて頭を下げたまま伏し目がちにシオンを窺うクリス。シオンはそんな彼女の視線を受けて少し考えたが面倒臭くなって適当に答えた。


「まぁ、どっちかが一緒に寝るべきだと思えばそうすればいいんじゃないか?」

「わ、私が一緒に寝たいと思った時でも、いいんですか?」

「……まぁ、必要だと思ったらな。例えば、怪我したとか回復が必要だとか、疲れたとか、魔喰合まぐあいがキツいとか……」

「なるほど……」


 ナステラーナ大密林で活動していた時は確かに大体その条件に当てはまっていた。クリスは一緒に寝るための条件を理解して頷いた。


「……じゃあ、今日は移動以外には特に疲れるようなことはしてないので別、ということですか」

「そうだな」

「分かりました……それなら、仕事したいです。疲れてたら、いいんですよね?」


 期待を込めてシオンに尋ねるクリス。しかし、シオンは気怠そうにその言葉を一蹴した。


「たまには休め」

「……分かりました」


 隠そうとして不服そうな態度を隠しきれていないクリスだが、あくまで彼女は奴隷という立場だ。主人に却下されればそれ以上の反論は出来ない。


「じゃあ俺は寝るから。クリスは適当に遊んでろ」

「はい」


 そう言ってそっぽを向いて眠りに就くシオン。遊んでいろと言われたクリスの方も特にやりたいことはないのでベッドに入ってそのまま眠りに就くのだった。




 ところ変わって。


 王都の貴族街。その中でも王城に近い、つまり高位の貴族が住む館の一室にてその報告は行われていた。


「……ナステラーナにおける坊ちゃまに関する報告は以上になります。憑依の可能性は極めて高いですが、確定までは出来ません。ただ、憑依があったとしても新たな魂の性質は今までの坊ちゃま以上に怠惰で王国に仇為す可能性は低いかと思われます」

「そうか……」


 クラシックタイプのメイド服を着た美女……メイリアからの報告を受けてラムダ家当主のラムダ伯爵は重々しく頷く。


「シオンが集めていた蒐集品の検分もある程度は終わったが……憑依に関する確たる証拠は見当たらなかった。結果としては目利きの才能はあったらしいという形だけが残された」

「確かに、物品に限らずあらゆるものに対して目敏いですね」


 メイリアの含みを持たせた言葉にラムダ伯爵は資料に目を通して応じる。


「奴隷、か。お前の報告では恐ろしいほど優秀だとか?」

「はい。私を超える素質を持っておきながら勤勉で従順。坊ちゃまに憑依者の可能性がなければラムダ家で召し抱えることも考慮いただきたいほどです」

「……確かに、魔喰合まぐあいなしの初戦闘でフォレストデーモンを討伐、か」


 いかに身体能力に優れている獣人とはいえ、未発達の少女が成し遂げた出来事としてはやり過ぎな気がする。ラムダ伯爵はメイリアに確認した。


「シオンからその奴隷に何らかの付与魔術を行った形跡は?」

「特にありませんでした」

「何とも言えないな。憑依者にしては口伝と異なり過ぎる。何の未練があってシオンに憑依したのかが全く分からん」


 富を求めるのであればその目利きの才能を最大限活かして商人をやればいい。

 名声を求めるのであればその魔力を最大限活かして冒険者をやればいい。

 権力を求めるのであればもっと実家にしがみつくか別の権力者に近づくはずだ。

 恋愛を求めるのであれば痩せる、鍛える、稼ぐ等の行動に出て自己研鑽するはず。


 だが、今のシオンはそのどれも生きていく上で必要な最低限度しか行っていない。メイリアがそれとなく誘導しても自分の行動を曲げようとする気はなかったという。


(……この状況で問題を起こされると今までのシオンの延長線という見方が強く出て憑依者であるという逃げが打ち辛い。何とかぼろを出してもらいたいが……憑依者の目的は何だ?)


 現状、憑依者の目的は何か分からずにラムダ伯爵も首を傾げるしかない。しかし、分からないからと言って投げ出す訳にもいかないため、伯爵はメイリアに命じる。


「……一先ず、ご苦労だった。今後もしばらく奴の監視を頼む」

「畏まりました」



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