第14話 基礎訓練完了

 シオンがナステラーナ大密林から王都に戻ってからそれなりの月日が経過した。


「はぁっ、はぁっ……」

「素晴らしい上達です。もう、この私から一本取るとは……」

「あ、ありがとうございまし、た」


 ギルドの訓練場にてメイリアは心底驚いた様子でクリスを褒める。寸前まで乱れていた衣服は既に正されており、呼吸も少し荒い程度でクリスに拍手している。


 対するクリスは息も絶え絶えと言った様子だ。その様子を見ていたシオンが争いに巻き込まれぬように張っていた障壁を消してクリスに近付く。


「とうとうメイリアから一本取ったか」

「! ご主人様! やりました!」


 息切れしているというのに近付いて来たシオンに駆け寄るクリス。シオンが彼女の頭に手を触れて回復魔術を施し始めると彼女は気持ちよさそうに目を細めた。


「んっ、ぁ……はぁ……」

「それにしても凄いな……メイリア相手に小細工抜きの真っ向勝負で一本取るとは」

「素晴らしい集中力でした。この分であれば王都周辺の魔物に後れを取ることはないでしょう」


 回復中の二人に近付きつつ称賛の言葉を送るメイリア。金等級冒険者でも指折りの存在である自分から一本取るというのは実際相当なものだ。メイリアはラムダという名門伯爵家に仕える者としても異質な存在として王侯貴族たちにも名を知られている程の戦闘力を有するメイドだ。そんな彼女から半年程度の手解きで一本取れるようになったというのは驚嘆に値する。


(本当に見る目はあるんですね……)


 驚くべき成長を見せたクリスに感心しながらその才を見抜いたシオンの慧眼にもメイリアは内心で舌を巻く。

 これだけの成長を遂げておきながらクリスには尚伸びしろがある。いずれメイリアを超えることは間違いないだろう。

 そんな逸材を破格の値段で手に入れ、彼女に忠誠を誓わせているシオンの手腕は素晴らしいの一言に尽きる。メイリアがそう思いながらシオンを見ていると回復が終わったらしく彼はクリスから手を離した。そしてメイリアに尋ねる。


「それで、この後はどうなるんだ? まだ面倒見てくれるのか?」

「……いえ、私の当初の予定は坊ちゃまの護衛です。その目的は今のクリスであれば問題なく達成出来るでしょう。クリスへの訓練は以上とさせていただきます。同時に私はお屋敷に戻ることになり、坊ちゃまの護衛の任を解かれます」

「分かった。父上にはよろしく伝えておいてくれ。ご苦労だった」


 メイリアの回答を受けて何の感情も見せずに流れるようにシオンは別れを告げる。そんな主人のすぐ隣でクリスはあわあわしながら何とか事態を飲み込んでメイリアに頭を下げた。


「あっ、ありがとうございました! メイリアさんのおかげで私、強くなれました! 本当にありがとうございます!」


 深く謝意を示すクリスを見てメイリアは少しだけ微笑み、シオンと向き合っていた状態からクリスの方に向き直って言った。


「クリス……一応、今日で私の訓練は終わりになります。しかし、あなたはまだまだ強くなれます。くれぐれも慢心しないように」

「はい!」

「いい返事です。では、これを」


 クリスの返事に満足したメイリアは薄く笑いながらどこから出したのか不明な銀色のナイフを取り出し、クリスに渡した。


「これは……」

「ラムダ家の家紋が入った特別なナイフです。具体的にはアンデッドや悪しき霊体に対して効力を発します。隠密武器にしてもいいですし、クリスがラムダ家に縁のある者であるという証拠に使っても構いません」


(いや、俺は家を追放されてるんだからダメだろ)


 シオンは内心で突っ込みを入れたが、メイリアはどこ吹く風だ。それもそのはずでメイリアはナステラーナから王都に戻って来てシオンたちの動向をラムダ伯爵に報告した時点でこのナイフをクリスに渡す許可を伯爵から貰っていたのだ。


「坊ちゃまに愛想を尽かしたらいつでもラムダ家へ来てください。我々は貴女を歓迎します」


(……あぁ、なるほど。俺じゃなくてクリス個人がメイリアたちラムダ家と繋がっているってことにしたいわけね)


 メイリアの口ぶりから実家の思惑を察したシオンは面倒臭いという感情を素直に表情に出した。

 要するに今は奴隷法によってシオンから引き離すのは難しそうだから諦めるが、隙が出来たら引き抜くと言っているのだ。当然、シオンの機嫌は悪くなる。隣で不機嫌オーラを出すシオンを無視してメイリアは笑顔でクリスにナイフを差し出し続ける。

 板挟みになったクリスは非常に困った。一応、最優先事項であるご主人様の方を先に見るが、シオンは苦い顔をしたまま何も言わない。仕方がないのでメイリアの方を見ると笑顔だが何か強く威圧されている気分になる。


(ご、ご主人様……)


 救いを求めてシオンの方をじっと見ることにしたクリス。するとシオンは意外にもすぐに助け舟を出してくれた。


「受け取れ」

「は、はい」

「よく頑張りましたね。では、私はこれで」


 踵を返して訓練場から出ていくメイリア。シオンとクリスはその後ろからゆっくりギルドの受付窓口の方へと移動する。


「さて、今日でメイリアがいなくなったから基本的にお前に全部任せる」

「あ、はい」

「今日は疲れてるだろうから明日以降の依頼を探せ。費用対効果がいい依頼を選ぶように。ただ、あんまりにも報酬がいいやつは裏があるかもしれないからダメだ」


 シオンのオーダーを聞いてクリスは依頼書を見ながら難しい顔になる。やがて彼女は眉を八の字にしてシオンに言った。


「……難しいです。ご主人様、幾つか依頼を選んでくれませんか? その中から選びたいです」

「自分で考えることを放棄してたら無理難題を押し付けられるぞ」

「ご主人様は大事に使ってくれるので大丈夫です」

「……まぁ壊れたら全部自分に返ってくるからな。仕方ない」


 純粋な眼差しで見上げられ、いたたまれなくなったシオンは顔を逸らして依頼書を見る。その中の一つをとってシオンはクリスに見せた。


「……ゴブリンの集団討伐ですか。分かりました」

「人数分の旅費が出るみたいだから俺も行こう」

「ありがとうございます。ご主人様は万一の時に備えて後ろで見ていてください」

「よろしい」


 シオンが選んだのは百体を超えるゴブリンの群れを冒険者の集団で討伐するというものだ。名門貴族からの依頼のため、金払いに問題はないと見て選んでいる。

 また、依頼した貴族自身が参加するということで道中の露払いだけで安全性にも問題はなく、貴族のお付きとしての旅程が約束されていると見てのことだ。


(百を超えるだから二百はいかないだろう。シグルーン家のお嬢と側近で五人確定の上に冒険者を五名募集。で、現在三名入っていて日程的にノルマは一人一日十体討伐ってところか。それで日当が50銀ならまぁ、旨い仕事だ)


 安全マージンを取って銀等級以上の冒険者を雇うということらしいので相場としては間違っていないが、移動時間も給金が出すのであればおいしい仕事だ。


「じゃあ、明日からはこのお仕事ですね。それまでにこのナイフをしまっておくものを買っておかないと」

「金、貸した方がいいか?」

「あ、ご迷惑でなければお願いしたいです」

「お前の借金が増えて返す期間が長くなるだけだから別に……」


 そう言いながらシオンはクリスに1金渡して彼女との契約が術式として込められている首輪に借金を加算した。

 クリスとしては奴隷をやめてもどうやって生きていくか想像出来ないため、シオンへの借金が増えて奴隷期間が長引くのはむしろ望むところなので異論はない。


「じゃあ、お買い物に行ってきます。宿はいつものところでいいですか?」

「あぁ。じゃ、行ってこい」


 クリスを送り出して依頼を受けるシオン。その晩はクリスが自分へのご褒美として借りたお金の残金で夕飯を豪華にしたりして英気を養うのだった。



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