第15話 魔物の群れ 討伐 (上)
「お集まりいただきありがとうございます。私はカナリア。王家の剣たるシグルーン家の次女です。これより皆さんには私の指揮下に入ってもらいます」
(……珍しく腰の低い。貴族、ましてやシグルーン家ほどの名門貴族なら冒険者相手にもっと高圧的に出てもおかしくないが……まぁ奇人変人狂人の魔窟とも言われるシグルーン家ではスタンダードなのか?)
クリスがメイリアから免許皆伝してもらった日の翌日。
シオンとクリスは昨日ギルドで受けた依頼内容の指示に従って王都の東門にいた。現在は自分たちを含めて冒険者五名にシグルーン家のご令嬢が一名、彼女の付き人が四名で計十名が揃い、軽い自己紹介をしている。ちなみにシオンは特に周囲のことを覚える気はないので適当に聞き流していた。
ただ、流石に自分の自己紹介の番になっては口を開かざるを得ない。彼は億劫そうに口を開くと簡単な自己紹介をする。
「俺はシオン。白銀等級の冒険者で、ヒーラーをしている。こっちはクリス。同じく白銀等級で前衛職だ」
「クリスです。よろしくお願いします」
シオンが名乗った時にシグルーン嬢は少し思い悩む顔をしていたが、シオンは何も気にせずに視線を次に移す。
自己紹介のバトンを受け取った冒険者たちはいずれも白銀等級のようだ。魔術師のスカーに剣士のコミィが女性パーティで、最後の一人は個人で活動している戦士のズックと名乗った。
「では、自己紹介が済んだところで移動を開始します。馬車の御者は私の護衛が持ち回りでするため、移動の間に日程と今回の目的の再確認といきましょう。まず最初はシオンとズックのグループからですね。こちらの馬車に乗ってください」
カナリアはそう言ってシグルーン家の家紋が印された大型の魔馬車に乗り込んだ。彼女に倣ってシオンたちも乗り込む。
(……かなりいい魔馬車だな。制震や強化、防風なんかの移動に関する基本魔術に加えて簡易だが回復系の魔術が施されてる。これは快適な旅が期待出来そうだ)
既に移動時間は寝る気満々なシオンだが、流石にシグルーン嬢が今回の遠征の目的や日程について解説している間は眠る訳にもいかない。シグルーン嬢が移動の開始を宣言して魔馬車が動き出す中、少し黙って大人しく話を聞くことに徹した。
「今回の遠征目的はゴブリンジェネラルの駆除並びにその勢力の殲滅です。この馬車で二日ほど移動した先の村でゴブリンが何度も確認されています。何度か討伐しても翌日にはまたゴブリンが出てくる始末です。それなりの規模のゴブリンの巣があると見て間違いないでしょう。
皆さんには移動日を往復で四日、討伐を三日で行ってもらいたいと思います。報酬は契約通り支払う予定ですが、良い働きをした場合はシグルーン家に口利きするのを約束しましょう」
自信満々にそう告げるシグルーン嬢の言葉にズックは目を光らせて問い返した。
「そいつぁ、シグルーン伯お抱えの騎士団への口利きってことでいいんで?」
「えぇ。約束します」
「ひゅー! こいつぁ願ったり叶ったりだ。ゴブリンごときの駆除であのシグルーン家お抱えの騎士団になれるってんなら何匹でも殺しまさぁ! なぁ、シオン!」
「いや、俺は自由に生きたいから必要以上には働く気はない」
ズックの言葉を迷惑そうに拒否するシオン。気まずい空気が馬車内に流れるが彼の知ったことではない。そんな中、シグルーン嬢がフォローを入れた。
「ま、まぁ色んな考えがあるでしょう。無理に、とは言いませんが……」
「あぁ、そうしてくれ。給料分は働く。クリスが」
「はい! 任せてください!」
「……いや、まぁ、二人がそれでいいならいいんですが」
何とも言えない気分になりながらシグルーン嬢は頑張ってくれそうなズックの方に狙いを定めて色々聞き始める。ズックは角刈りの厳めしい大男だが、貴族に始まる権力者には弱いようだ。まだ僅かに幼さの残る凛とした金髪美少女のシグルーン嬢に対して平身低頭になって質問に答えていた。
しかし、それも次第に終わりに近づく。郊外に向かう魔馬車専用街道の入り口に入ったところで魔馬車は一度停止し、シグルーン嬢はスカーとコミィのいる馬車の方へと移動した。
その移動を確認したところで魔馬車は高速で移動を開始する。
「じゃ、寝る」
「はい、お休みくださいませ。あ、枕になりましょうか?」
「いや、そこまでは寝ない」
「そうですか……分かりました。お休みなさいませ」
シオンが浅い眠りについたのを見て微笑むクリス。クリスはずっとシオンのことを見ているが、ズックは暇だ。今後の連携もあるため、ズックはクリスと話をしようとも思ったが、彼女はこちらを見ようともしない。
(……あんなののどこがいいんだ?)
目の前の光景を見ていればクリスがシオンに対して普通ではない感情を抱いているのはすぐにわかる。だが、稀に見る美少女であるクリスが冴えない太ったシオンのことを好きになる要素はわからない。
(……あんな奴より俺の方がいいと思うんだがなぁ)
ズックは自分のことを美男子と思っているわけではないが、だらしない身体をしているシオンよりは鍛えている自分の方がいい男だと思っている。それに向上心のないシオンより向上心のある自分の方が優れているとも思った。
だからこそ、シオンのことを大事そうにしているのが分かっていてもクリスに対してこんな言葉が出たのだろう。
「おい嬢ちゃん、そんな奴より俺の方がいい男だぜ? 鞍替えしねぇか?」
「……は?」
今までシオンに対して慈母のような眼差しを向けていた目とは思えないぞっとするような冷たい目がズックを射抜いた。失言だったとズックは気付いたがもう発言は取り消せない。
「ご主人様を愚弄したの? 私のことを馬鹿にしたの? どっち?」
シオンを馬鹿にしたのであればクリスは許せない。また、クリスを馬鹿にしたということはクリスを買ったシオンを遠回しに馬鹿にしたということだ。これもまた許されることではないとメイリアから薫陶を受けている。意図せずして強めの威圧になってしまったが、クリスは後悔しない。強い視線でズックのことを睨みつける。
「あ、い、いや……」
対するズックはどこに地雷があるのかわからず、何と言えばいいのか不明で何とも言えない声を出すだけだ。
(不味い、こいつ、白銀等級でも化物寄りだ……!)
クリスの威圧によってズックは彼女が自分と同じように歴戦の強者として白銀等級に居座り続けるタイプの存在ではないことを悟っていた。彼女はまだ未完。これから更に強くなっていく。そんな奴を敵に回した状態で戦場に赴けばどうなるか。
ズックに取れる行動は謝罪。それだけだった。
「す、すまねぇ。つい、出来心で……あんたみたいに強くて可愛いのが一緒にいてくれれば、なんて思ってな」
「……ご主人様がお休みになられていることに感謝するんですね。どちらにせよ、次はないと思ってください」
その後は無言になる馬車内。それはシオンが起きるまで続き、彼が起きてからは甲斐甲斐しくシオンの世話を焼くクリスを見て色んな意味でこいつはヤバい奴だと思うズックだった。
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