第16話 魔物の群れ 討伐 (下)
ゴブリン軍団討伐のために王都を出発した三日後。シオンたちは王都近郊の魔馬車専用道路が敷設されている範囲を抜けた先の村に入り、村人の歓待を受けて翌日の朝を迎えていた。
「これで村の者の不安も払拭されます。ありがとうございます」
「任せてくれ。では、出発といこう」
村人にゴブリンの集団がやってくる方角を教えてもらい、冒険者とシグルーン家の者たちが移動を開始する。
「では、これより実戦です。皆、相手はゴブリンとはいえ心してかかるように」
「へっ、楽勝だぜ」
流石に村の周辺には魔物が出てくる気配はない。そのため、スカーの探知魔術でゴブリンを探しながら森の方へと徒歩で進んでいく。
森は危険なものとして管理されているらしく、その入り口は少しボロボロだが柵で囲われていた。その唯一の出入口から森の中に入るとスカーの探知魔術にさっそく何かが引っ掛かったようだ。
「コミィ、あっち」
「あぁ!」
スカーの一声でコミィが動き、ゴブリンの居場所を突き止める。その後は一方的な虐殺だ。数分でゴブリン六体が死骸となった。
「お見事、では続けていきましょう」
白銀等級冒険者の実力に満足して頷くシグルーン嬢。そんな中、見せ場がなかったズックから提案がある。
「なぁシグルーン様よぉ、これじゃ効率が悪いと思いませんかね? 各自でゴブリン狩りした方が……」
「む、そうですね……確かにそうかもしれません。では、各自ゴブリン狩りを任せることにしましょう。討伐証明のため、各々魔石は確保するように。半日ほどしたら進捗確認のために我々が入ってきた森の入り口に一度集まりましょうか。何かあった場合は村で渡しておいた警光灯を上げてください」
「おうよ!」
意気揚々と去っていくズック。スカーとコミィからも異論はなさそうだ。彼女たちもシグルーン嬢の許可を得て去っていく。そんな中、クリスがシオンに耳打ちした。
「あの、大丈夫ですかね? ゴブリン以外にもたくさんの魔力が向こうの方から来ている気配が……」
「……もっと早く言ってあげるべきだったな。いなくなってから言ってもなぁ」
「あぅ、すみません……」
「どうしました? 君たちはまだ行かないのですか?」
一瞬でこの場から離れた冒険者たちとは異なり、この場でぐずぐずしているシオンたちのことを見てシグルーン嬢は疑問を抱く。そんな彼女にシオンは答えた。
「あー……まぁ、多分、今回の一件はゴブリン退治じゃ済まない。もっと厄介な数の魔物の群れがいるってクリスが感知してるから少し動くのを待った」
「……失礼だが、クリスは前衛職でしょう? 探知に優れた後衛職であるスカーほどの索敵術を持っているとは思えないのですが。それに、巫女の占いで……」
「まぁ信じないなら仕方ない……クリス、行くぞ」
「え、あ、はい」
まだ話している途中だったのにいいのかなと思いながらもシオンからの命令は絶対なのでクリスは大人しくシオンを連れてこの場から去る。シグルーン嬢はそんな二人の後姿を見送って溜息をついた。
「まったく、舌先三寸で給金だけを貪ろうとする輩はどこにでもいるんですね。我々も行きましょう。民草のため、ひいては姫様のため、我々も働かねば!」
付き人に索敵を任せ、シグルーン嬢も張り切って動き出す。クリスは彼女から離れながらもシグルーン嬢の実力も優れたものだと感知した。
だが、それはそれとして彼女の最優先事項はシオンだ。彼が移動しやすいように道を確保し、エスコートしながら進んでいくと少し開けた場所に出た。
「で、接敵はどれくらいになりそうなんだ?」
「このペースでしたら……恐らく、足の速い先頭集団の魔物たちとは二時間後には接敵するかと」
「……それ、今度からもう少し早く言おうか。それとも、クリスだけで何とかなるレベルなのか?」
「ご主人様がいらっしゃれば、多分私とシグルーンさんがいて要衝を抑えれば何とかなるかと」
(……どの程度俺に期待してるのかわからんが……まぁ大丈夫と言ってるなら大丈夫か)
クリスの言葉を信じるのであれば問題ないのだろう。最悪、自分だけであればどうにでもなる。そう考えるとこれから二時間程度の時間をどう過ごすかが問題になってくる。
(さて、どうしたものか。ゴブリン相手に無駄な消耗は避けたいが……何もしないのも暇だな)
とりあえず、ここ三日ほどは食べて飲んで寝る生活を送っていたので少ししか寝る気にはならない。しかも、今回は厄介な数の敵が出てくるというのだから流石に今から寝直すのは難しそうだ。
「……クリス、徒歩三分圏内にゴブリンが出たら教えてくれ。少し運動する」
「はい!」
有事の際、発言力を少しでも大きくするためにゴブリンを狩ることに決めたシオンはそれでも楽な範囲で行動することを決める。
そして、一時間が経過したところで警光灯が空を突き抜けた。
現場に急行する面々。その中でシオンとクリスは最後の到着となる。叫ぶスカーをシグルーン嬢が宥め、コミィが撤退を促す中でズックが困惑しているという状況になっていた。
「あぁ、やっぱりこうなったか。逃げるか?」
「! 話が早いですね! えぇ! 一刻も早くこの場から逃げなければ!」
「おい、お前最後に来たのに状況分かってんのか?」
「まぁ、散会する時点でシグルーン嬢にはクリスに大量に敵が来るって言われたから伝えておいたし」
冒険者たちの厳しい視線がシグルーン嬢に向けられる。しかし、彼女は逆に全員を睥睨して言い返した。
「宣託の巫女より今回の主題はゴブリン退治と言われている。スカーやクリスが見たのはどこからか逃げてきた魔物の集団でしょう。巫女の言葉にないということは脅威はゴブリン以下。我々がいれば問題ないはずです」
「そんな数じゃない! とにかく私たちは抜けさせてもらう!」
「まぁまぁ、シグルーン様が既に索敵隊を出したんだろ? それの報告を待ってからでも遅くないんじゃねぇか?」
「~ッ! だからそんなのを待ってたら逃げ遅れると言ってるだろう! 先遣隊は既に全滅した! 待っていても来るのは敵だけだ!」
口論を見ながらシオンはクリスの方を見た。彼女は難しい顔で考え込んでいたがシオンに見られたことに気づくとすぐに顔を上げる。
「クリス、状況は?」
「えぇと……概ね、スカーさんが言っている通りですね。ただ、既に逃げるには遅い時間かと」
「何だと? お前たち、我が精強なるシグルーン家の騎士たちを愚弄するか! それに託宣の巫女の言葉を蔑ろにするとはそれでも王国民ですか?」
「……無知って罪だなぁ。まぁいいや。とにかく、まだ日はあるんだから一旦引いて様子を見るくらいの落としどころしかないと思うが、いかがかな?」
妥協案を出す、という名目の下シオンは寝覚めの運動中にクリスが言っていた地点まで引き返すことを提案した。このままではパーティが崩壊する状況。シグルーン嬢はその提案を呑むしかない。
「うぅむ……仕方ないですね。ですが、何事もなければまた進みますよ? 君たちの提案によって下がったのですから何事もなかった場合には今後、私の意見に従ってもらいます! いいですね?」
「何事もなければね! 行くよ、さっさと逃げないと!」
慌ただしくこの場から撤退する一行。そしてその更に一時間後、彼らの前には絶望の光景が広がるのだった。
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