第17話 魔物の群れ 殲滅 (上)

「な、何で……何でこんなに……? 報告では……ゴブリンジェネラルに率いられたゴブリンが百体程度のはず……託宣だって!」

「ゴブリン? はは。どんな節穴してたらあれがそう見えるんだろうな?」


 シグルーン家に率いられた冒険者の目前に広がるのは村から一行が狩りをしていた森へと続く長い山道を完全に覆い尽くし、その果てが見えないほどの魔物の群れ。

 無秩序に形成されたそれは明らかに依頼内容とは異なっていた上、種族的にも人間の体躯を大きく超える大型の魔物が混ざっていた。

 そしてその行軍速度からしてもはや逃げられるものではない。様子見に放っていた先遣隊もこの分では生きてはいないだろう。


「どうすれば……」


 泣きそうな顔で狼狽えるシグルーン嬢。そんな彼女にシオンは無情にも告げる。


「どうすれば……じゃねぇよ、ド無能。クリスやスカーが言ってた通りだっただろうが。まずは謝れよ」

「ふぐっ……も、申し訳ない……」

「謝って済むと思ってんのか?」


 じゃあなぜ謝らせた。理不尽なシオンに憤りを覚えるシグルーン嬢だが、この場に居る者たちにとっては忠告を無視してこの状況を招いたカナリアの方が理不尽な存在だと思うと怒ることも出来なかった。

 彼女に出来るのは粛々と謝って何とかこの場から彼らを逃がし、王都へ応援を呼びに行ってもらうことくらいだ。


「本当に申し訳ない……それで、誠に勝手ですが予定変更です。皆さんには村へ避難誘導と王都へ応援を呼びに行って下さい。ここは、私が……」


 悲壮な覚悟を決めたカナリアは守るべき者を逃がすためにここに残って魔物と戦う道を選択する。

 これ程までの規模の魔物の群れを相手にするとなれば流石に武門の名家でも優秀であるシグルーン嬢であっても生きて王都に帰ることは叶わないだろう。

 しかし、全てを見捨てて逃げ帰って汚名を残し、敬愛する第三王女の迷惑になる位ならばここで華々しく散るべきだ。シグルーン嬢は目に強い信念を宿し、多勢を前にして完全に腰が引けている冒険者たちを見る。


「引き留めてしまい、申し訳ない。だが、最期にこれだけはお願いしたい。ズックさんには村の避難誘導を」

「う、うるせぇ! 命あっての物種だ! 俺は逃げさせてもらう!」


 つい先ほどまで協力的だった人間すらこの有様だ。だが、シグルーン嬢はそれでも彼に頭を下げた。


「そこをなんとか! 村で歓待を受けた時、あなたは自分に任せろと言っていたではないですか!」

「依頼内容と違うことを言って俺たちを騙した奴が何言ってんだ! 話している時間がもったいない! あばよ!」


 ズックはその場から走って逃げだした。それに倣ってスカーとコミィも黙って逃げ出す。後に残されたのはシオン、クリス、そしてシグルーン嬢だけだ。


「……あの様子ではどこに逃げたかもわかりませんね。すみません。最後まで残ってくださったあなた方にお願いがあります。一度、先の村に立ち寄って魔物が来ることを教えてください。その後はまっすぐ王都に向かって逃げてもらって構いません」


 諦めの滲んだ表情でシグルーン嬢はシオンに鍵を渡しながら告げる。


「王都に戻ったら私の私室にある大きな机の一番上の引き出しに入っている手紙を姫にお渡しして、お伝え願いたい。カナリアは最期まで立派に戦ったと」

「何自分のミスで死地に飛び込んだのを美談にしようとしてんだ間抜け騎士」

「……頼みましたよ!」


 未練を断ち切るようにしてその場から走り去ろうとするシグルーン嬢。そんな彼女の後ろ髪をひっ捕まえてシオンは溜息をついた。


「はぁ……本当に人の話を聞かない奴だな。そんなんだから嵌められるんだぞ?」

「ふぐぅ……何なんですか! 確かに私のミスで皆さんを危険に晒してしまったことは申し訳ないですけど! 私だって命懸けで頑張って皆さんを何とかしようと……」


 地団太を踏んで抗議するシグルーン嬢だが、シオンはどこ吹く風で彼女を無視してクリスの方を見ていた。勿論、火に油を注ぐ行為だ。


「だ、大体ですね! お二人にだって責任はあるんですよ? ちゃんと話をして説明してくれてたら私だって」

「きゃんきゃん吠えるなよ……」

「きゃんっ……! 騎士を侮辱しますか!」

「主語が大きい。こんな大失態を犯すようなすっとぼけた奴が騎士を代表するなんておこがましいにもほどがある」

「このっ……!」


 シオンが適当なことを言ってシグルーン嬢を煽ると彼女は顔を真っ赤にして怒る。しかし、敵影が大きくなってきているのを受けてシグルーン嬢は遊んでいる暇はないと真面目な顔をして大きく息を吐いた。


「はぁ……いいですか?」

「よくない」

「……クリスさん。そこの無礼者を連れて振り返らずに走って逃げてください。後のことは頼みました」

「……ご主人様、どうしたらいいですか?」


 シオンを無視してクリスに後を託そうとしたシグルーン嬢だが、クリスはどうしたものかとシオンを見上げる。するとシオンは深く溜息を吐いた。


「……そろそろ真面目にやるか」

「最初からまじめにやってください!」

「あ? 役立たずは黙ってろ……クリス、行けそうか?」

「え、えぇと……皆さんが協力してくだされば、何とか」


 控え目ながら問題ないと告げるクリスを見ながらシオンは頷いた。そして彼は次にシグルーン嬢の方を見る。


「おい、幾ら出せる? きちんと報酬出すなら戦うが」

「……いやいや! 無理です。この数が相手では太刀打ち出来ません。あなた方にはせめて情報を持ち帰ってもらいたい」

「あのなぁ。託宣があったんだろ? なら、少なくとも教会は相手の規模ぐらい既に把握済みだ。お前は足止め、もしくは目障りだから捨て石にされたんだよ。情報を持ち帰ったところで誰も喜ばねぇ」


 シグルーン嬢が認めたくなかった事実を突きつけるシオン。託宣は間違っていないが歪曲されてシグルーン嬢に伝えられた。その可能性は一瞬考えたが、それが事実であれば真面目に働いてきた彼女にとっては辛いもので、すぐに否定したものだ。彼女が仕える第三王女の勢力を弱めるためだとしても王国のために共に働いてきた仲間にお前は邪魔だから死ねと言われるのは堪える。


「じょ、情報を持ち帰るのに意味がないとしても、ここで死んだら……」

「死ななけりゃ治してやるから死なないように戦え。障壁を張るからクリスと交代で戦い続けろ。幸い、隘路が近くにある。そこに陣取れば無理に行軍する魔物たちは前がつかえても無理矢理進もうとして前線は勝手に轢き潰されるか谷底に落ちていく」

「いや、でも……」


 尚も否定的なシグルーン嬢。そんな彼女を無視してシオンはクリスに確認をとる。


「クリス、相手の数はざっとどれくらいだ?」

「いっぱいいてよくわかりませんが……恐らく、数千。一万は行かないかと」

「じゃあ大体八千四百としよう。一秒に一体死ねば八千四百秒。約百四十分で殲滅可能だな。十分交代制で各七セット。全力で戦い続けろ」


 シオンの言葉を聞いてシグルーン嬢はなんか行ける気がしてきた。想像力の足りていないアホの子とも、流石はシグルーン家の人間とも言えそうな状況だった。

 しかし、いかにシグルーン嬢が楽観的に考えていても目前にオーガやギガンティアという大型の魔物の影が見えると、一秒一殺はやはり難しい気する。

 それでも目の前の二人は悲観的な素振りを見せずに前を見ている。シグルーン嬢も覚悟を決めた。


「分かりました……もう止めません。シオン、クリス。後ろは任せました」

「ようやく覚悟を決めたか……それでこそ王国に名高いシグルーンの一員だ。じゃあまずはクリスから。いいか?」

「はい。頑張ります」


 接敵まで後僅か。猛スピードでこちらにやって来るダチョウのような恐鳥たちを前にクリスは一度呼吸を整える。


「さて、【障壁展開】」


 シオンの言葉で無色透明な障壁が隘路に設置される。次の瞬間、激しい激突音が響くと恐鳥たちはその場に立ちすくみ、後続の魔物に轢き殺された。


「じゃ、正面は防ぐから間を縫って攻めてくる魔物を取りこぼしの内容に処理しろ。いいな?」

「はいっ!」


 鶴翼の如く広げた障壁の中心に作られた小さなスペースの中でクリスが舞う。それは魔物たちにとって死の踊りとなるのだった。



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