第18話 魔物の群れ 殲滅 (中)

(凄い……! 凄過ぎる! どうしてこの子のことを私は知らなかったの⁉)


 目の前の光景が信じられない。一秒一殺などとシオンは無茶なことを言っていると思っていたが、それ以上のペースで魔物たちの屍の山が築かれていく。

 そしてその屍山は障壁が自動で運んでクリスの行動の邪魔にならないような場所に運ばれていく。それは次第に障壁の代わりとなる死肉の壁を作り上げていた。


(だが、このペース、いつまでもつのかな? 既に相当息が上がって……)


 だが、この快進撃がいつまで続くかわからない。シグルーン嬢は後のことを考えてクリスの状態を心配し始めた。


 しかし、その前に後方にいるシオンから声がかけられる。


「おい、そろそろ十分だ。クリスを下がらせろ。で、あんたも戻ったらフルで回復してやるから十分後のことは考えずに全力を出して来いよ」

「……わかり、ました」


 クリスほど戦える自信はないが、それでも彼女の休憩のために頑張ることぐらいはしなければならない。シグルーン嬢は覚悟を決めて前に出た。


「クリス! 交代だ!」

「分かりました!」


 斬撃を飛ばし、大きく跳躍してその場から飛び下がるクリス。同時に新しい障壁が生まれ、うず高く積み上げられていた魔物の死骸を勢いよく前に押し出す。その隙にシグルーン嬢は障壁の過ぎ去った鶴翼の胴体部分に突っ込んだ。


「はぁぁあぁぁっ!」


 白刃が魔物を切り裂く。それは一度に留まらず、屍の山で寸断された魔物の群れを的確に処理し始めた。


(……シグルーン家の噂と違って地味だけどちゃんと戦えているな。地味だけど)


 クリスのように軽やかに舞うように戦う。というわけにはいかないが、目の前にやってきた敵を確実に殺している。堅実な剣だ。シオンはシグルーン嬢のことを少しだけ見直した。


「ご、ご主人様ぁ。疲れました」


 シオンがシグルーン嬢を見直している間に魔物の返り血まみれのクリスがシオンの方に戻って来た。先程までの美しき戦姫の姿はそこになく、返り血で汚れて若干涙目の猫人の子どもがいるだけだ。


「はいはい」


 頭を洗うのと冷やすのを兼ねてクリスに水魔術を少しだけかけるとシオンは回復魔術を行使し始める。


「ぅにゃ……」


 目を細めて気持ちよさそうにし始めるクリス。目の前では魔物の群れが血飛沫を上げて共に虐殺されているのにリラックスムードだ。そして彼女はしばらくそのままシオンに癒されることになる。

 ただ、クリスが回復している間にシグルーン嬢のペースが崩れ始めた。それは時間経過と共に隠し切れなくなり、前線を交代してから八分が経過した頃にはシグルーン嬢に危険な状況が幾度となく訪れ始める。


(……クリスの方は問題なく殺しまくっていたが……シグルーン嬢の方は流石に敵が異常を感じて進まなくなってきたこと、そして足の速い雑魚どもじゃなくてそれなりに大型の魔物が増えて来たことを含めて処理が安定してないな……)


 このままではシグルーン嬢が倒れ、クリスも危うい状況に陥る。そうなれば必然的にシオンも危険だ。仕方がないのでシオンは早めに手を打つことにした。


「シグルーン嬢! 一旦退け!」

「ま、まだやれます!」


 シオンの言葉に反発するシグルーン嬢。シオンはシグルーン嬢の集中を切らすのも説得するのも面倒だと判断して事実を端的に投げつけた。


「一帯の魔物の死骸に含まれた魔石を使って大爆発を起こすがいいんだな⁉」

「え⁉ すぐ下がるんで待ってください!」


 慌ててその場から走って逃げるシグルーン嬢。抜けた穴を障壁で塞いだ後、シオンは即座に詠唱を始める。


「死よ、死の炎よ、地獄の業火よ。此にある亡者の骸を地獄へと導き給え―――【煉獄爆火れんごくばっか】」


 瞬間。


 障壁越しでも身体が震えるほどの振動を伴った爆発が起きた。反射的に目を瞑っていても瞼の裏が赤く見えるほどの光量。轟音が耳を劈き、リラックスしていたクリスは跳ね起きる。


「あぁ、悪い悪い。すぐに治す」


 ほんの僅かにだが抗議する目を向けてきたクリスの耳を癒してシオンは黒煙が巻き起こり視界が不明瞭になった障壁の向こうを見る。その目は険しい。


(……二度と使いたくないな)


 平然とした様子を取り繕いながらシオンは内心でそう呟く。この身体には不相応な魔術を使った結果、シオンは心臓を鷲摑みにされたかのような苦痛を味わうことになり、呼吸困難に襲われていた。今、立っているのは味方への鼓舞と意地、そしてシグルーン嬢の視線を感じてのことだ。クリスだけであればその場に崩れ落ちていただろう。


 そんな感じでシオンに警戒されているシグルーン嬢だが、彼女はわなわなと震えていたかと思うとシオンの右肩を掴んで叫んだ。


「な、な、な、何ですか今の⁉」

「……俺には分不相応な儀式魔術だ。今回は魔力を持った怨念が大量にある状態で色々と条件が揃っていたから何とか発動出来たが、次は厳しい」

「そ、そうですか……やっぱりそういうものですよね。お爺様たちみたいに何度も出来るものじゃないですよね……すみません、私が不甲斐ないばかりにとっておきを使わせちゃって」


 興奮状態から一転して落ち込んだ様子になるシグルーン嬢。クリスのようにシオンにも何か凄い実力があるのではないかと勝手に思っていたのだ。普通に考えると障壁を張りながら完全回復級の治療を行うだけでも凄いのだが、まだ治療されていないシグルーン嬢にはその凄さが伝わっていない。

 そんなシグルーン嬢の状態はさておき、障壁の向こうの視界が晴れてくるにつれて先の一撃の威力がはっきりする。シオンが起こした爆発は地形が変わるほどの大きな一撃だったようで隘路は悪路の属性も付与されていた。


「……ふむ。これで敵にとっては更に攻め辛くなったな。こっちの有利だ。クリス、そろそろ十分だ。行けるか?」

「はい!」

「シグルーン嬢、十分の休憩だ」


 シオンの言葉に元気いっぱいに返事をするクリス。彼女を見送りながらシオンがシグルーン嬢に休息を促すと彼女は少しだけ考えてから言った。


「……カナリアでいいです。非常事態ですから、お二人は私を名前で呼ぶことを許可します」

「そうか。どっちでもいいが休憩だ。回復するからこっちに来い」

「……はい」


 せっかくこちらが歩み寄ってあげたのになんて態度だと思いながらシグルーン嬢、もといカナリアはシオンの近くに寄る。そして彼の手が頭に触れた。


「やんっ!」

「危なっ」


 腰砕けになるカナリアを間一髪で抱き留めるシオン。カナリアは命を懸けた戦場にいながら初心な生娘が愛しの君を前に甘く媚びるように出した声にも似た音が自分の口から出たことに驚き、そして羞恥が大半を占める様々な感情が混じった状態で顔を真っ赤にしてシオンに抗議した。


「い、今のは本当に治療ですか⁉ この機に乗じて私に変なことをしようとしたんじゃないでしょうね⁉」

「この状況でするわけねぇだろ。馬鹿か? それか回復なしでぶっ続けで戦える自信があっての言葉なら先に言ってくれ。クリスの回復と障壁の操作に専念するから」

「~っ! い、いいでしょう。変なことしたら承知しませんからね」


 シオンの冷たい視線を前に勢いをなくしてカナリアはシオンの回復に身を委ねる。


(……こいつはちょっと鎮痛作用を抑えて少し痛めに回復させるか)


 何故かシオンが思っていたよりもこちらのことを信頼していたらしく、カナリアの回復魔術への抵抗が少なかったので微妙な感じになったと推測するシオン。

 彼はカナリアの様子を確認しながら彼女への術の通りを再度確認しつつ回復魔術を少しずつ調節し始める。


 そして三分後にはこの状況下で眠りについたカナリアを片手にシオンは呆れることになるのだった。



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