第19話 魔物の群れ 殲滅 (下)
「クリスちゃん! 交代!」
「はい!」
「シオンさん、回復お願いします!」
「あいよ」
魔物の群れとの戦闘が始まって一時間半が経過していた。周囲は夥しい数の魔物の群れの死骸で埋め尽くされ、血臭で息苦しさを覚えるほどになっている。
少し遠くにあるシオンが起こした大爆発で生まれたクレーターも今や魔物の死骸で埋め尽くされ、逆に隆起している有様だ。
「そろそろ折り返しですかね……流石に魔物たちも私たちに恐れをなして進軍ペースが落ちたせいでキルペースこそ落ちてますが、中々いい感じじゃないですか?」
「……そうだといいが」
「なんだか含みがある言い方ですね」
(当たり前だ。これだけ魔物が殺されている状況で尚も進軍してくるような状態なのに警戒しない方がおかしい)
カナリアは個人戦に特化し過ぎておつむの方が弱いんじゃないかと思ってしまったシオンだが、それは口に出さずに代わりに回復を施し続ける。カナリアは疲労困憊の状態から一気にリフレッシュされて身体を伸ばした。
「ん~っ! はぁ……まぁ、何かあってもシオンさんが回復してくださる限り私たちは戦えそうですし。何とかなりますよ!」
「まぁ……辺りにこれだけ行き場のない魔力があれば俺の使える魔力が尽きることもないと言えばないんだが……」
それでも不気味なものは不気味だ。シオンがそう思った矢先。目前の光景に異変が起きた。
「魔物が、止まった?」
カナリアも見てわかる異変。それは先程まで必死にこちら側へ通り抜けようとしていた魔物たちが急に止まったことだ。
「逃げ始めたな……」
戦いの最前線にあるクリスはまだ気づいていないが、後続の魔物たちが無理矢理進んで来るのを止めたことで前線の奥にいる魔物たちが敗走している。
「や、やった……勝ったんだ! ですよね⁉ シオンさん!」
魔物が迫り来る方向を見ていたカナリアだったが、敵の撤退の様子を見てシオンの方を振り返り、ハグしながら跳んで喜ぶ。
ただ、カナリアに抱き着かれたシオンの方は険しい顔をして魔物の群れが来ていた方向の遥か遠くを睨んでいた。
「ご主人様……?」
シオンが睨んだ方向から魔物との戦闘を終えたクリスが戻って来る。彼女はシオンの表情とカナリアの状態の温度差を見て首を傾げるが取り敢えず報告してきた。
「ひとまず、敵は片付けられたようです。この後はどうされますか?」
「……ご苦労だった」
色々と考えるところはあるが、まずは配下の功を褒めるシオン。今後、気になる点は多々あるがその問題に対応するのは自分である必要はないと自分を納得させて彼は次に何をするか指示を出す。
「取り敢えず、後始末はカナリアにやらせて俺たちは先に戻ろうと思う。カナリア、特別褒賞を忘れないように。文句を言う奴がいたらこの惨状を見せてやれ」
「え、シオンさんも一緒に報告してもらいたいんですが」
跳ねるのを止め、先程までの歓喜の抱擁から逃がさないぞという拘束の抱擁へと姿を変えたカナリアがシオンの顔を見上げながらおねだりする。
シオンは当然、それを断った。
「俺はとても疲れたから帰って寝る。一睡した後は
「え、私も同じように体調不良になると思うんですけど、私への配慮は?」
「金以外の、貴族にとって大事な名誉を譲るんだからその辺で相殺しといてほしい」
「うぐぐ……し、仕方ない、のかな……うぅん」
微妙に納得いっていない様子のカナリアにシオンは追撃を入れた。
「そもそも、俺らみたいな平民風情がお上に何言ったって手柄を途中で奪われるだけだろ。今回の一件、最初に聞いてた感じだとカナリアは騙されてここに投入されたんだろ? その辺り、きっちり清算させないと騙した奴らの手柄にされるぞ」
「そ、そうですね」
「そうですねじゃない。絶対許さないぐらいの気概で潰しにかかれよ。自分のために」
後、シオンたちの今後のためにも頑張ってほしい。そう思いつつシオンはカナリアを諭した。しかし、カナリアは不安そうだ。
「そうですよね……ただ、あの……正直言って私あまり頭がよくはないので出来ればシオンさんについて来てほしいなぁって」
「何、この状況を目の当たりにしてそれでも強気に出て来れる奴がいたら逆に教えてほしいぐらいだ。あんただけで何とでもなる。俺たちは金だけでいい」
「いや、あの……あ! じゃあ、お金払うんでアドバイザーになってください!」
「……アドバイスだけなら今してやる」
「ひとまず、それで」
シオンは納得いかなかったら逃がさないぞという顔をして未だに自分に抱き着いているカナリアの両肩を掴んで少し自分から離した後、尋ねた。
「お前は俺たちと敵対したくないよな?」
カナリアは無言で頷く。シオンは続けた。
「それは、俺たちが実力を見せたからだ。これだけの魔物を殺し続けられる実力を持った相手と敵対すれば何をされるか分からない」
「そうですね」
「で、その実力は何も実際に戦っているところを見せなくとも分かることだ。特に、この戦場を見せれば馬鹿でも分かる。シグルーンの名前と夥しいまでの魔物の死骸を見て実力を疑う奴は少数。仮に実力を疑ったとしてもこれだけの魔物を殺せるだけの何かとのつながりがあるということは簡単に推測出来るだろう」
(まぁ、普通はシグルーンの前当主のことを思い浮かべるだろうが、それでいい)
この惨状を生み出した役者として自分たちのような素性の知れぬ輩を無理矢理思い浮かべるよりもシグルーン家のご令嬢の危機にシグルーンの前当主、爆砕のジースが出張ったと考える方がスムーズだ。その思考誘導に成功すれば、今回の一件で払う褒賞が渋られることはないだろう。
名誉よりも働かないで済む報酬のことを考えているシオンはそう考えつつカナリアに色々と含みを持たせたような言い方をするように婉曲的に伝える。
しかし、カナリアはよくわからなかったようで要点を求めてきた。
「つまり?」
「……自分と冒険者二名だけでこれだけの魔物の屍山を作ったと胸を張って言って、信じないなら私とこの戦場で戦った者が相手をすると言え。そしたら大体の相手は黙る。何なら先に逃げだした冒険者たちを宣伝に使ってもいい。あいつらも引け目はあるだろうし何より俺たちだけが残って戦ったのを誰よりも知ってるからな」
あんまり理解する気ないなこいつと思いながらシオンはある程度カナリアに何をすべきかまとめて言った。それが功を奏したのかカナリアは頷く。
「分かりました。じゃあ、逃げた冒険者たちを証人として呼びます。この戦場の状態を見れば彼らも嘘はつかないでしょう。そんなことをすれば今回の一件の魔喰合で更にパワーアップした私たちに怒られるのは目に見えてますからね」
「……そうしてくれ」
「で、これをやったのが私たち三人ってことをしっかり伝えて、私を騙した人を糾弾します。そして、私の功績をアピールします! こんな感じですね⁉」
「まぁ、うん。そんな感じ」
多分、トカゲの尻尾切りに遭ってカナリアを騙した本当の首謀者には逃げられるとは思うシオン。だが、少なくとも勢力の一部を切り崩すという点において相手に痛手を与えることは出来るだろうともシオンは考えた。
「功績アピールはどんどんしていけ。後は……報奨金はちゃんとせしめるんだぞ?」
「分かりました!」
内心で色々と考えているシオンの感情の機微は読み取れていないが、ようやく納得してくれたらしいカナリア。その間、シオンは遥か遠方からこちらを見ている何者かがいることを感じ取っていたが、それに対処するのは自分じゃないと気付かないふりをしておいた。
「ご主人様……」
「クリス、帰るぞ。いいな?」
「はい……」
何か言いたげなクリスに何も言わせずに遠方からの視線を背中で受けることにしたシオン。その視線はしばらくの間こちらに向けられていたが、やがて消えた。
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