第20話 事情聴取 (上)
シオンたちが成り行きでモンスターラッシュを制した二週間後。激闘を終えて何もしたくないとだらだらしていたシオンだったが、一週間前にカナリアから届けられた招待状を片手に豪勢な館へとやって来ていた。
「あ~しんどい」
門番にカナリアからの親書を見せて中に入るシオン。クリスと一緒に小部屋で少し待たされた後、軍服を着たカナリアが使用人を伴ってやって来た。
「お待たせしました」
「御託はいい。いくらだ?」
「せ、せっかちですね……」
二の句を継がせない勢いで本題に入るシオンに苦笑しながらカナリアは告げた。
「褒賞についてはもう少し待ってください。流石にあの数の魔物を全て換金し、その危機を未然に防いだ我々に対する報奨金となると前例のないものになりますから」
「じゃあ何で呼んだ?」
率直なシオンの疑問に対し、カナリアは笑顔の仮面を張り付けて答えた。
「シオンさんに会ってほしい人がいまして」
「あぁ?」
ラムダ家の人間やシグルーン家の人間だったら嫌だなと思ったシオンはガラの悪い表情になって威圧的な声を出してしまう。カナリアはそれを宥めながら使用人に指示を出した。
そして現れたのはモノクルをつけた三十代中頃のインテリ系の美男子、そして美女と美少女の三人だった。
(あれは……確か、ヤシャエルム連合国の……)
シオンが憑依する前に抱いた強烈な欲求の記憶に思わず額に直接宝石がある美女たちの方を見ているとその前にいた美男子が口を開いた。
「初めまして。私はペスティーシャ。宮廷医師長を務めさせて貰っている。こちらは薬師見習いのカミラとアメイジアだ」
ペスティーシャの案内を受けてカミラとアメイジアの二人はシオンにお辞儀する。桃色の長い髪をしたおっとり系の美女がカミラで水色のボブヘアの凛々しい顔つきの美少女がアメイジアと言うらしい。
「……シオンだ。白銀等級冒険者をやっている。こっちはクリス。同じく白銀等級の冒険者だ」
挨拶を返しておくシオン。あまり友好的な態度ではないのはこの後がどう転んでも面倒臭そうな予感しかしなかったからだ。
(回復術を教えろとか、俺の技術で誰か助けてほしいとかそんな感じか?)
金を積まれればやらないことはないが、金額次第だ。シオンがそんなことを考えているとペスティーシャは真面目な顔でシオンに告げた。
「シオンくんだね。君には回復魔術を悪用して女性を惑わしている疑惑がある。調査に協力してもらえるかな?」
「は? おい、シグルーン嬢。どういうことだ?」
予想外の方向から殴られた気分のシオンはこの場をセッティングしたカナリアの方を鋭い視線で睨む。彼女はしどろもどろになりながら言った。
「だ、騙すような形になってしまったのは申し訳ありません。でも、ペスティーシャさんに数日クリスちゃんを預ければ身の潔白を示すことが出来ます。そうすれば今後の活動にも……」
「……やり口が最低だな。まるでゲータリノ大帝の時の異端審問会だ」
シオンの吐き捨てるような口ぶりにカナリアは申し訳なさそうな顔をした後、顔を少し背けた。ペスティーシャはそれに構わずシオンの方を見ながらあくまで口調は柔らかく、しかし強めに確認を行う。
「シグルーン様の言う通りだ。数日預ければ身の潔白が示せるんだから君が何もしていないというのであれば、大人しく」
「預けた時点でそこの二人みたいに薬で洗脳する気だろ。自分たちが魔術薬を使ってやってるからって俺まで巻き込むなよ面倒臭い」
「……何だと?」
シオンの言葉にペスティーシャの目が鋭くなる。シオンは彼の鋭い視線を受けても一歩も引かずに険しい目でペスティーシャを睨み返した。
狼狽えたのはカナリアだ。
「シオンさん、どういうことです?」
ペスティーシャを制してカナリアが前に出る。シオンは前に出てきたカナリアの方は見ずにペスティーシャをまっすぐ見たまま告げた。
「今なら見なかったことにして帰ってやる。こちらとしても厄介ごとに首突っ込みたくないしな。だが、やり合う気ならこっちにも考えはあるぞ?」
「シオンさん! 私のこと無視しないでください! 薬で洗脳って何ですか!?」
「無礼な……君がなぜ、そう言っているのかわからないが、私がそうしているという根拠でもあるのか?」
「今はらりってる状態で洗脳されて黙ってる二人に聞けばいいだろ。薬抜けば二人が正常な判断を取り戻して色々と教えてくれるだろうよ。どうする? やるか?」
挑発的に笑うシオン。先程までの余裕を僅かに崩しているペスティーシャ。ただ、我慢の限界を迎えたのか、カナリアがペスティーシャとシオンの間に割り込んだ。そして彼女はシオンの真正面に立ち、至近距離で食って掛かる。
「やるか? じゃないですよ! やってください! 額の宝石! あなたも王都民の端くれならこの二人が誰なのか知っているでしょう!?」
「あ? 知っているが何だ?」
「知っていて治さない選択肢がある訳ないでしょう⁉」
カナリアの言葉を受けてシオンは無言で薬師の美女二人に目を向ける。
彼女たちは王国とは緩衝国一つを挟んだ先にある覇権国家ヤシャエルム連合国より留学生として送り出されているラクシャミル族の姉妹だ。彼女たちが有名なのは種族特有の美貌だけではなく、本人が幸せを感じている間に幸せを貯蔵した幸運の結晶を生み出してその幸運の結晶を持つものに幸せを授けるとされていることだ。
その結晶は平均的に一年かけて50gほど生み出され、国家間で定めた公式な取引において1gで4000金に値する。しかも、現物はそれ以上の幸運をもたらすということで市場に滅多に出ることはない。
その効果の程はヤシャエルム連合国が覇権国家となったのは幸運結晶を生み出せるラクシャミル族の協力のおかげだと言われているほどだ。
そんな貴重な種族を留学という形で貸し出されている状態で、王国は彼女たちに幸せを感じさせる方法を広く国民に募集している。そのため、少なくとも王都に住む者であれば彼女たちのことを知っているはず。
そう考えてのカナリアの発言。それに対してシオンは面倒臭そうな顔を全く隠そうともせずに一つ溜息をつくと言い切った。
「いや、治したら絶対面倒なことになる。首突っ込みたくない」
「いいからやってください!」
「いいからって……薬物でらりってる状態で紛い物の幸せを感じてる状態だから治すとその多幸感の状態が解けるぞ? その意味をちゃんと分かっているんだろうな? ちゃんと責任取れるのか?」
「い・い・か・ら!」
シオンは少し考える。取り敢えずこの場でペスティーシャを黙らせるために言った言葉が思いの他、面倒な事態を引き起こしてしまったようだ。
(シグルーン嬢もグルで俺たちを陥れようとしていると思ったんだが……)
カナリアはペスティーシャにただ丸め込まれただけのようだ。判断ミスにシオンは心底面倒臭い気分にさせられる。だが、そうしてもいられない。この状況に至ってはペスティーシャを犠牲にしなければ自らの潔白は証明出来ないだろう。
「はぁ……じゃあ、クリス。二人をこっちに」
「はい」
「おい、勝手に何をしてるんだ! そうやって洗脳するつもりか⁉」
「お二人さん。いくぞ?」
ペスティーシャに取り合わず、シオンはクリスに連れられて自分の方にやって来た美女、カミラの額の宝石に手を触れる。
瞬間、カミラの金色の瞳が見開いたかと思うと彼女は絶叫した。
「―――っ! あぁ!」
カミラの脳内に蘇るペスティーシャによる筆舌に尽くし難い辱め。情けない痴態を晒し、最愛の妹を危険へと誘い込んでしまった屈辱。それらが一気に噴き出し、彼女はその場に崩れ落ちる。
「お姉!」
カミラの異常を察してアメイジアがカミラに駆け寄る。何度も謝罪の言葉を重ねる姉の姿に涙を流すアメイジア。そんな二人を見てシオンは意外に思った。
「ん……? そっちは、まだある程度まともなのか? これだけ媚薬の匂いがするのに」
「……シオンさんって言ったわね? ちょっと言いたいこともあるけど、まずはお姉を助けてくれたことに感謝するわ! さぁペスティーシャ! あんたの悪事もここまでよ! 殺してやる!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいアメイジアさん!」
殺意露わにペスティーシャに飛びかかろうとするアメイジアをカナリアが止めた。
「何⁉ あんたもグルなの⁉ 放しなさい!」
「違いますよ! この人の罪はしかるべき場所で償わせます! ですから、あなたの手を汚してはなりません!」
「お姉はもう汚されたのよ⁉ 黙ってられると思う⁉ それに私だって汚されたの! 許せないわ! 放しなさい!」
暴れようと藻掻くアメイジア。万に近しい魔物の大群と戦って魔喰合いを済ませたカナリアにとっては彼女を抑え込むのは簡単だが、ペスティーシャへの対応もある。
彼女はすぐにシオンを頼った。
「し、シオンさん! 手を貸してください!」
「責任取るって言っただろ? 頑張れ」
興味なさそうにソファに座り直すシオン。カナリアはかちんと来た。
「シオンさんだってペスティーシャさんを逃がしたら不味いことは分かりますよね⁉ このままだと最悪、ヤシャエルムとの外交問題にも発展するかもしれないんですよ! 分かってます⁉」
「でも俺はカナリアが責任取るって言ったからやっただけだし」
「……お願いしますよぉっ! 私の手には余りますってば! って、シオンさん! カミラさんが何かなってます!」
アメイジアの後方で明らかに呼吸音に異常をきたし、苦しそうにしているカミラが視界に入ったカナリア。その声を聴いてシオンもカミラに視線を向けた。
「ん、禁断症状だな。相当強い薬物を使われてたみたいだ。成程、疑われても自信満々だっただけはある」
「お姉⁉」
ペスティーシャの方に意識を向けていたアメイジアがカミラの異常に気付いて後方に飛び下がった。それを見てペスティーシャが声を上げる。
「どけ! 僕は医者だ。彼女を治す!」
「誰があんたなんかに! シオンさんって言ったわよね? どうにか出来る?」
「まぁ出来ると言えば出来るが……ほっといても死にゃしねぇだろ。薬を抜くには通る道だ」
「それでもお願い、お姉を治して……! 私のたった一人の家族なの」
アメイジアの言葉を受けてシオンは考える素振りを見せるがやがて面倒臭くなったのか、カミラに近づくと彼女の額の宝石に手を触れた。途端に安定する呼吸。それどころか意識も安定し、シオンに目の焦点を合わせて尋ねてきた。
「あ、あなたは……」
「通りすがりの回復術師だ。後のことは全部そこにいるカナリア・シグルーンが面倒を見る。いいか? 俺じゃなくてカナリア・シグルーンだ。あの金髪だ」
「シオンさん! ふざけてる場合じゃないです!」
すぐ近くで再びアメイジアとの小競り合いに戻ったカナリアの叫び声が聞こえたがシオンは大真面目だった。これ以上は面倒を見ていられない。そもそも、報酬の話が出来ないと分かった時点で帰ってないだけ感謝してほしいまであった。
「シグルーン嬢、ペスティーシャが悪いのは見れば分かるだろう? そこの子の気が済むように死なない程度にぼこぼこにさせてやればいいんじゃないか? 三回までならシグルーン嬢が治療費出せば瀕死の状態から治してやるから」
「……どうなんですかそれ」
何か色々と突っ込みどころはあるが、それで落ち着くのであれば一考の余地はあるかな。そう考えたカナリアだがアメイジアはお気に召さないようだ。
「殺してやらなきゃ気が済まないわ!」
「んー……じゃあ一回だけ殺していいよ。そのあとすぐに蘇生するけど。シグルーン嬢、貯金は幾らある?」
「私がこの人の治療費も払うんですか⁉」
「責任は……」
「あぁもう分かりましたよ! アメイジアさん、一回だけですからね?」
大層倫理観の歪んだ発言の後、アメイジアによる私刑が執行される。しかし、戦闘も戦闘用の訓練もしたことのないアメイジアの拳や蹴りでは相当時間がかかることになるのだった。
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