第21話 事情聴取 (中)
アメイジアがペスティーシャを殴殺してしばし。シオンがペスティーシャの回復を済ませると彼は姉のカミラを心配しながら尚も射殺さんばかりにペスティーシャを睨みつけているアメイジアを震えながら睨み返して声高に主張した。
「こ、この野蛮人どもめ! 本当に死んだらどうするんだ⁉」
「シグルーン嬢の財布が持つ限りは治してやるよ」
「シオンさん煽らないでください……さて。それではペスティーシャさん。色々とお世話になっているあなたに言うのは少し躊躇われますが……あなたには取り調べを受けてもらいます」
凛とした視線でペスティーシャを睨みつけるカナリア。流石のペスティーシャでも宮廷内でも武門の出、しかも先の戦いでは万に近しい魔物の群れを屠ったとされるカナリア相手に強く出ることはできない。彼は何とか取り繕いながらシオンを糾弾する。
「ち、違いますシグルーン様。あれは恐らく、そこの者が話の矛先を逸らすため姉妹を錯乱させる魔術を使ったに違いありません」
「……どこからどう見ても回復魔術を使っているようにしか見えませんでしたが」
「それが偽装なのです! あの者は回復魔術を使っているように見せかけてあの姉妹を錯乱させ、心の隙を生み出して催眠したのです! そう! あの猫人のように!」
「いや、少なくとも今の俺にそんなこと器用なことは出来ない」
シオンの断言にカナリアは正直、凄く微妙な気分にさせられた。
「色々と言いたいことがある台詞ですね、それ……いや、今は出来ないということで不問にします。差し当たって、ペスティーシャさんは取り調べを受けてもらいます。ご同行を」
カナリアがペスティーシャに近づいてすぐに捕縛する。報酬の話と思って内心では楽しみにしてこの場に来ていたシオンだったが、ことは既に色々と面倒臭そうなことに発展していることを肌で感じ取っている。そのため、彼は早めに撤退したかった。
本来であれば己が欲求に従って無言で帰りたいところだが、流石にそれがまずいのは理解している。帰る前にシオンはカナリアに一言声をかけることにした。
「……もう帰っていいよな?」
「ダメに決まってます。色々と説明してもらいますからね。重要参考人です」
「はぁ……散々人のこと疑っておいて、必要になったら掌返し? 虫がいい話だ」
「べ、別に掌返しなんてしてません。それに、私だって最初は止めましたし、シオンさんのことをちゃんと庇っていたんですよ? ただ、ペスティーシャさんがどうしてもって言って……あの人の方が王都で顔が広いのは分かってくれますよね? 無理に断ると私まで洗脳されたことにされてしまいますし……」
シオンの口撃を受けて言葉に詰まりながらも自己弁護を図るカナリア。だがシオンは彼女の言葉を切って捨てる。
「でもあの態度からして最終的にあの男の言うことを信じて俺らを疑ったんだろ?」
「違いますぅー! シオンさんたちの方を信じてましたよ! だ・か・ら! 困ってたんじゃないですか! ここであの人を何とかしておかないと困るのはシオンさんも一緒なんですから協力してください!」
「……調子の良いことばかり言いやがって。これだから信用出来ないんだ。はぁ、後で今みたいにいちゃもんつけられても困るし仕方ないか……」
渋々ついて行くことにするシオン。カナリアに引っ立てられたペスティーシャの後に続こうとした、その時だった。カミラがまた痙攣し始める。それを見たアメイジアが即時悲鳴に近い声を上げる。
「シオンさん! お姉が! また!」
「はいはい。そっちも治しながら行けばいいんだろ? 被害者もいた方がちゃんとした尋問にかけられるだろうし」
「お姉を頼みます……! ペスティーシャ、あんただけは絶対許さない……!」
姉に寄り添いシオンに頭を下げたかと思うと一転して殺意のままにペスティーシャを睨みつけるアメイジア。シオンがカミラの額の宝石に触れて回復魔術を施すと彼女の呼吸は落ち着き、痙攣も収まる。そして彼女は再び目を開いた。
「あ、私、また……」
「……申し訳ないが俺の技術じゃ触れている間しか治療が出来ない。手でも何でもいいから何か触れた状態で移動願えるか?」
「あ、でしたら、手を……」
「承知した。じゃあ今度こそ行こうか」
カミラが落ち着いたところで再び移動を開始する一行。カナリアの口利きで衛兵によるペスティーシャへの詰問と実態調査が行われるが、当然ながら一日で終わるものではない。続きはまた後日ということで夜遅くに容疑者であるペスティーシャ以外は解放されることになった。
「あぁ疲れた。最悪だ。別途料金出せよ? シグルーン嬢」
夕飯代は国庫からの支出で賄ってもらったが割に合わない仕事だったと思いながらシオンはカナリアに文句代わりの代金請求を行う。彼女はそれに対して頷いた。
「えぇ、問題が解決した暁には必ず報奨金を払います」
「……ってことで、今日はもう帰る。ではカミラ嬢、失礼。クリス、行くぞ」
現地は取ったとばかりにカミラの手を離して夜の街に戻っていこうとするシオン。
しかし、カミラはシオンの手を離してくれなかった。それどころか困り顔になって先程までより強くシオンの手を握る。
「カミラ嬢? 帰りたいんだが」
これでは帰れない。そう思ったシオンがカミラに抗議すると彼女はますます困り顔になった。ただ、言わなければ伝わらないのだろうと判断し、意を決して告げる。
「シオンさん、先程の取り調べの時の私を治療しながら話をされていたのですから私の状態をご存じですよね? 私、あなたから離れると……」
「あぁ。その辺はシグルーン嬢が責任取ってくれるって言ってたから大丈夫だ」
「えっ」
「え?」
急に水を向けられたカナリアが驚きと戸惑いの混じった声を上げる。シオンは何故そこで疑問の声を上げる? そう言わんばかりの目でカナリアを見た。すると彼女は目を泳がせながら答える。
「シオンさん? 私が責任取るって言ったのはですね……」
「まさか男に対してトラウマがある客人のことを何も考えずに責任取るって言ったんじゃないよな?」
「と、トラウマ、ですか。でもシオンさんとは手を繋げてますし、シオンさんがそのまま面倒見てくれれば大丈夫かと」
「何で責任取るって言ったのに俺任せなんだよ。責任取るのはお前だろ?」
揉め始めた二人を見てカミラは困り顔のまま成り行きを見守る。ただ、妹であるアメイジアの方は不満気な顔だ。彼女はシオンから一方的にやられているカナリアをしばらく見ていたがやがて口を開いた。
「あの、シオンさん? いくら言おうともあなたのような優れた回復術師をすぐに呼べる訳ないですよね?」
「シグルーン家にならいる。多分」
断言するシオンにカナリアは情けない表情になりながら言い返す。
「流石にこんな時間からこっちに来てとは言えませんよ……もういい時間なんですからカミラさんが眠るまで面倒見てくださいよぉ~私ももう眠たいんです」
「……カミラ嬢をちゃんと寝かせようと思ったら一晩中回復魔術をかけ続ける必要があるんだが?」
「……すみません」
「悪いのはお姉じゃないでしょ! シオンさん、厚かましいと思われるとは分かっています。でも、お願い出来ませんか?」
アメイジアの懇願にシオンは苦い顔になる。ここで揉めた分だけ寝る時間が減る。幸か不幸か、シオンにとって寝ながら回復魔術をかけるのは苦ではない。仕方がないのでシオンは折れた。
「……分かった。今晩は引き受ける。ただしシグルーン嬢、ちゃんと明日以降のことを考えておけよ?」
「……と、取り敢えず持ち帰って検討しますね」
カナリアの何とも言えない返事にシオンの目が険しくなる。それを敏感に感じ取ったカナリアはしどろもどろになりながら取り繕った。
「こっ、こんなことになるなんて思ってなかったんですよぉ! ちゃんと持ち帰って検討するって言ってるじゃないですか! 私だって頑張ってるんですよ!」
「あっそう。もっと頑張れ」
「泣きますよ!?」
「泣いて問題を誰かが解決してくれるのを待つは赤子の時だけにしておけ。腐ってもシグルーン家の一員なんだろ? やろうと思えば何とでも出来るはずだ」
シオンの指摘に嫌な顔をするカナリア。しかし、シオンは深く追及せずに自分と共に宿に向かう面々に告げた。
「ラクシャミル姉妹は両隣に来てくれ。クリス、先導は任せた」
「はい」
「私はお姉の隣に」
「アメイジア嬢も媚薬が入ってるだろ。ついでに抜く」
自分の隣に来るのを拒む素振りを見せたアメイジアに釘を刺してシオンはカナリアに背を向けた。
「じゃ、明日になったら引き渡す。それまでにどうするか考えておくように」
「私に対して冷たくないですか? もっと優しくしてくださいよ」
「は? ……いや、いいや。文句は明日まとめて言うことにする。取り敢えず今日はさようならだ」
「……お二人のこと、よろしくお願いします」
(……ツインの部屋を一室しか借りてないのにこいつら連れて帰ったら狭いなぁ)
いっそのことカナリアに費用請求して別の宿を借りるか検討するシオン。しかし、その考えを実行する気にはならなかった。
(広い部屋を借り直しても俺はどっちみち狭い思いするのは確定だから交渉にやる気が出ないな……はぁ。思うところは色々あるが、帰り着くまでにアメイジアを治しておかないと俺のベッドに三人は入らん。だからと言ってクリスのベッドに入れて放置しておけばベッドにぶち込んだ奴がうるさくてクリスが眠れないだろうし、はぁ)
カナリアの言葉を背に、シオンは気怠さを隠さずに帰路に就くのだった。
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