第22話 事情聴取 (下)
ペスティーシャとの邂逅を済ませた翌日の昼。シオンはラクシャミル姉妹と護衛のクリスを連れてカナリアの屋敷を訪れていた。
(ふむ、昨日の屋敷と比べると控えめな感じに見えるが内装はかなりいいものだ)
控室に入れられて少し時間を潰すことになるシオンだが、調度品を見て少し感心する。クリスは芸術や調度品の価値がよくわからないがシオンが見ているのを後ろから見ていた。カミラとアメイジアはソファに座っている。
「お待たせして申し訳ありません。こちらへ」
広めの応接室に案内されるとそこは王家から貰った勲章や盾などが置いてあった。それらには大して興味がないシオンは応接間に入るとシオンたちを部屋で待ち受けていたカナリアに単刀直入に尋ねる。
「シグルーン嬢、責任を果たしてもらおうか」
「あ、あはは……せっかちですね。席に着いてすらいませんよ?」
「せっかち? なら、本題に入るまでの前段として先の魔物の群れへの対処の報奨金でも話してもらえるか?」
「そちらについてももう少しお時間いただきたく。それと、シオンさんには昨日の件を含めて会ってほしい人がいるんです」
昨日も似たようなことを言っていたが、碌な目に遭わなかった。シオンは嫌そうな顔になった。それを見てカナリアは申し訳なさそうな顔になる。
「すみません、昨日の今日で……ただ、責任を取るとは言ったからには家の許可が必要で、そうなると流石に私だけでどうこう出来る範囲の問題ではなくなってましてですね」
「そういう、誰かに引き合わせるとかいう話は事前に話を通してほしいんだが?」
「おっしゃる通りです。はい。ただ、前回は抜き打ちテストも兼ねてましたし、今回はかなり突発的なことでですね」
「もういい。さっさと用件を済ませて帰らせてくれ」
釈明を始めようとするカナリアの言葉を面倒臭そうに遮ってシオンがそう告げるとカナリアは不満気な顔になった。彼女にも言い分はあるのだろうが、シオンにとってはどうでもいいことだ。それを態度で示すとカナリアは溜息をついて言う。
「はぁ……これから私の祖父であるシグルーン前伯爵をお連れします。祖父はかなりラフな形で接してくると思いますが、いきなり爆発する可能性があるのでくれぐれも粗相のないようにお願いしますね」
(爆砕のジースか……)
有無を言わせずに使用人を呼びつけてシグルーン前伯爵を呼んだカナリア。それを受けてシオンは嫌な顔にならざるを得ない。
奇人変人の魔窟と称されるシグルーン家の中でも歴代当主は頭抜けて変人が多い。その中でも取り分け変人と称されるのが爆砕の二つ名を与えられたジースだ。
(何でも、自分の行く道を阻むモノは王家だろうが敵国だろうが何でも爆砕して我が道を行く狂人という話だが……いや待て。カナリア、ナチュラルに爆砕のことを祖父って言ってなかったか?)
「カナリア様、前伯爵をお連れ致しました」
「失礼するよ」
シオンが割と衝撃の事実に驚いている間にシグルーン前伯爵であるジースが部屋に到着する。取り敢えず、敬意を示すためにシオンはその場に膝をついた。
(……成程。噂は伊達じゃない)
現れたのは老紳士と言って差し支えない細身の男性だった。だが、内包された魔力や隙のなさから言って成長した今のクリスでも歯が立たないだろう。
「初めまして。楽にしていい。席に着いてくれ」
「畏まりました」
笑顔のままカナリアの隣の席に移動するジース。彼はラクシャミル姉妹とクリスを見た後、シオンに視線を合わせて好戦的な笑みを浮かべて言った。
「君が僕の可愛いカナリアを狙う不届き者かい?」
「違いますが?」
「何だと? 僕の可愛いカナリアに魅力がないと言いたいのか?」
「いえいえ、私如きではお嬢様に相応しくないのであくまで狙える位置にすらないという意味で申し上げたまでです」
口では出任せを言いながら内心でなんだこいつと思ったシオン。だが、ジースは隣のカナリアの様子を見てシオンを睨んだ。
「カナリアを傷つけたな? 表に出ろ」
「シグルーン嬢、あなたの祖父を止めていただきたい。何のために会わせたんだ?」
「あ、あぁ……おじい様の圧力を前にしてこの胆力、やっぱり本物ですね……」
溢れ出る魔力でシオンに重圧をかけながら会話をしていたジース。そんなジースをカナリアは窘めるが、彼はどこ吹く風だ。
「カナリア、君は落ち着けと言うが可愛い可愛い孫娘に手を出しに来た盗人が目の前にいるんですよ? 落ち着いていられますか?」
「よく言いますね。捨て駒にしておきながら」
何かむかついたシオンの舌鉾にジースは苦い顔になる。だが彼が何か言うよりも前にカナリアが割り込んだ。
「あれはナディアの言葉と信じて確認せずに独断専行した私が悪いんです」
「いや、その件については監督不行き届きだ。僕に責任がある。シオン君、その節はご助力感謝すると共にご迷惑をおかけしたこと、謝罪する」
「おじい様……!」
「カナリア、君も頭を下げるんだ。この件に関してはシオン君は被害者だ。僕たちの誤った情報で命の危険にさらしたのは事実だから」
祖父の言葉を聞いて頭を下げるカナリア。それに対してシオンはどうでもよさそうな顔で言った。
「はぁ。まぁ、きちんと報奨金さえ払ってもらえればその件は別に」
「……申し訳なかった。では、この件はお金を積むことでシオン君が納得してくれたからいいとして。カナリアのことをどう思う?」
「お・じ・い・さ・ま?」
唐突な方向転換にカナリアはジースを笑顔で睨む。しかし小娘の圧力如きで発言を取り消すようなシグルーン前伯爵ではない。彼はシオンを睨みながら答えるように促した。彼の言葉に応じてシオンは淡々と答える。
「堅実な剣にそれを支える魔術。いい騎士に育つかと」
「女性としては?」
「まぁ、引く手あまたでしょうね。はい」
「……ふむ。回りくどかったかな? 僕は君がカナリアのことをどう思っているのか聞きたいんだが?」
首を傾げながら単刀直入に聞き直したジース。シオンはそれをただ流した。
「別に何とも」
「……この愛しのプリティエンジェルカナリアを見て何とも思わない? 失礼だが君は本当に生きているのか?」
「……死んでいるのかもしれませんね」
自虐的に笑うシオン。ジースはその答えを聞いて少し考える素振りを見せた。
「……カナリア、ちょっと時間が欲しい。君は先に別室でラクシャミル姉妹と今後についての話をしておいてくれないかい?」
「え」
「真面目な話さ。頼んだよ」
暴走気味の祖父のストッパーになれるのは自分しかいないと思っていたカナリアに別室への移動が言い渡される。だが、決してふざけている様子ではない。
「……おじい様、シオンさんは絶対悪い人じゃないです。それに、私のことを助けてくれた人ですからね?」
「分かっているよ。ただ、ちょっと確認したいことがあるだけだ。そう警戒しないでくれスウィートエンジェル」
「信じますからね……カミラさん、アメイジアさん。別室に移動してもらえますか? 今後のことについて私からお話が」
「行く前に少し回復術式をつけておいてくれ。それで少なくとも一時間は大丈夫なはずだから」
カミラにシオンが術式を施して一行は別室に移動する。この場に残ったのはシオンとクリス、そしてジースの三人だけになる。
そこでジースは言った。
「さて、これで気兼ねなく話せるかな? ラムダ家を追放されたシオン君」
「……気兼ねなく、ですか? 無理ですが」
案に正体を知っているぞという脅迫紛いを聞かされた直後に放たれた言葉にシオンは嫌な顔になる。それとは対照的にジースは笑みを深めた。
「ははっ。僕を前にしてそんな態度が取れるなら上出来だよ。さて、そんなことより本題に入らせてもらおう」
そう言って更に笑顔になったジースから告げられたのは一つの問い。
「君、憑依者だね?」
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