第25話 報酬 (上)
シオンがシグルーン前伯爵ジースとの初邂逅を終えてからしばらくして。カナリアから改めて報酬の話があるとしてシオンは呼び出されていた。
「シオンさん! 出来ましたよ! 報酬の目録です! 御目通しください!」
メイドに案内されて入室してきたシオンをカナリアは謎のハイテンションの笑顔で出迎える。その笑顔のままカナリアからシオンに手渡されたのは3㎝にも及ぶ分厚い資料だ。その中身をカナリアはにこにこしながらシオンに見せて説明を始める。
「では、最初はここから。報酬目録をご確認願います。これは」
「長い。要旨書はないのか? そもそも、付属の書類を見てみたが貰う気が微塵もわかないものまで入ってる」
さっそく説明を開始しようとするカナリアに先んじてシオンは口を挟んだ。気分よさそうに話をしようとしていたカナリアだが、シオンのための説明会ということで自分のことを優先するのもおかしな話だということは理解しているためシオンの意見を聞くことにする。
「もう、贅沢さんですね? 折角の報酬を要らないなんて……因みにどれですか?」
「いや、普通に封土とか爵位とか。寧ろ良く持って来れたな?」
「え……」
空気が凍った。
「あの、それ、私、とっても頑張って勝ち取ったんですけど」
若干、目に込められた光が弱くなったカナリアは片言になりながらそう告げるも、シオンはバッサリ告げる。
「頑張りどころが悪いよな。絶望的にセンスがない。そもそもシグルーン前伯爵から聞いてないのか? カナリア、俺は元ラムダ家の長男だ。クリスも奴隷だが、ラムダ家から勧誘を受けている」
「らむだ?」
「そう。宮廷伯」
さび付いた歯車のようなぎこちない動きでシオンを見るカナリア。しかし、シオンの落ち着いた様子を見て彼女は勝気な笑みを浮かべた。
「は、ははーん! そうはいきませんよ! お仕事用の資料が多くてちょっと不安になっちゃったんですね? 大丈夫です。最初は大変かもしれませんけど、慣れます。それに、最初を乗り越えられるようにきちんと報酬の目録とかとは別の付属資料にお仕事の内容を分かりやすく―――」
「信じないなら仕方ない。俺の方はギルドカードを見せるとして……クリスは家紋が入った魔具のナイフをメイリアから貰ってただろ。出してやれ」
「は、はい」
シオンに言われるがままナイフを取り出すクリス。シオン自身は冒険者ギルドの登録カードを見せた。揃った証拠資料を何度も見比べるカナリアだったが、やがてすべてを理解したようだった。天を仰いだ後に目を見開いてシオンたちを見直す。
「ラムダ家のシオン様……!? 何で今まで黙ってたんですか!?」
「いや、家の恥として追い出されてるのをわざわざ人に言わないだろ」
「どうするんですか! 私、自信満々にこれでシオンさんも喜んで第三王女の陣営に帰参するでしょうって言っちゃったんですけど!?」
「まぁ、これやったらラムダ家から目の仇にされるのは間違いないぞ。家族とは仲が悪かったしな」
カナリアは頭を抱えた。
「どうして、どうして……」
「まぁ、事前に裏取りしておかない方が悪いかな……普通に考えたら一般市民に一代貴族でもない叙爵をいきなりする訳ないだろ?」
貴族の世界にいればそれくらい知っていて当然の話だ。上級貴族になるには魔力量も必須要素だが、それだけで新入りが許される世界ではない。シオンはカナリアが
「上はラムダ家のお家騒動で敗れた方が思いの他、優秀だったから再利用しようとか色んな思惑で今回の話を決めたんだろうが……取り敢えず爵位の下賜や封土についての話は破棄。それに伴い貴族がやるべき仕事の資料もいらないな」
「あぁ、私の一週間が……寝る間も惜しんで頑張ったのに……」
さめざめと泣くカナリア。最初は大変だろうからしっかりサポートしてあげよう。この方が分かりやすいかな? などとシオンのために悩んで頑張った時間は一瞬で無に帰した。それでもシオンは何事もなかったかのように続ける。
「さて、俺が元ラムダの人間ってことで色々与えられないのは理解しただろうから」
「うぅ……シオンさぁん、どうするんですかぁ……」
「まぁ、討伐の報酬は分かりやすく金でいいよ。金で。控えめに6000金くらいで。第三王女陣営って資金がないのは有名だし」
「シオンさん……」
弱々しい声でシオンの名を呼ぶカナリア。そんな彼女にシオンは続けて言った。
「で、ラクシャミル姉妹の面倒を見る方は支度金が400に月の生活費が20金くらいでどうかな? かなり勉強してあげてると思うが」
「うぅ……色々残念ですけど、ありがとうございます……! それなら……」
「ただし、これを最低限の生活を送るために必要な金額とする。幸運結晶が欲しいなら……分かるな?」
「う……」
シオンの問いかけに言葉を詰まらせるカナリア。今回の一件で期せずして第一王女陣営からラクシャミル姉妹の監督権を奪取することに成功した第三王女陣営だが、監督権を得たからには成果を出さなければならない。具体的には幸運結晶の入手が必要になる。ペスティーシャが不正手段を使っていた時よりかは少なくても問題ないはずだが、一般的に産出される量を下回ることは許されない。
それを踏まえるとシオンが言う最低限の生活では足りないということだ。ただ、カナリアたちの方にも予算の都合がある。
「分かってます……が! そこは出来高制にしませんか?」
「出来高制は幸運結晶自体の分配の話だろ? 生活費はまた別の話だと思うが」
「いやいや、月の生活費って普通の王都民で月に10金ですよ? その倍を払っているんですから」
「そりゃあ、二人分の面倒見てるんだから倍だろ。それに普通の王都民を参考にしてどうするんだ。ラクシャミル姉妹は国賓だぞ?」
早くも劣勢に立たされるカナリア。用意していた資料はどれも参考には出来るが、あくまで参考にしかならない少しズレた資料のようで、シオンに次々と論破されていく。
「あぅぅ……わ、分かりましたよぉ。月に40金お支払いいたしますので何卒……」
「まぁ、俺も鬼じゃないから。それくらいで今回は手を打つことにするよ」
「! 今回は、と言ってくれましたね? でしたら、また次の時も相談に乗ってくださいよ? よろしくお願いしますね!」
完全にやり込めていたシオンだが最後にちくりとやり返された。シオンは次回の協力を取り付けようとするカナリアの言葉をはぐらかしたがそこは流石にカナリアも宮廷貴族の一員だ。他はさておくとしても何故かその点だけは譲らずに次回の協力を取り付けた。シオンはその点だけ折れた形になる。
「分かったよ。次、何かあった時は話だけは聞く。話だけな。いいか? 話を聞くだけだぞ」
「ありがとうございます! では、明日から授与式の練習を」
「ラムダ家を追い出された人間だって言ってんだろ? 表舞台に出れるわけがない。褒賞はそっち経由で金だけ渡してくれ」
「せめて王女殿下にだけ会っていきませんか? とぉっても可愛いですよ?」
何をとち狂ったのかそんなことを宣うカナリア。シオンは当然拒否の構えだ。
「そんな気軽に会える存在じゃないだろ。不敬罪で処されるぞ?」
会っただけで何かあると勘繰られるのが貴族の世界だ。その中心である王族など出来れば関わりたくない。心の底からそう思って言ったシオンだが、カナリアは微妙に納得してないようだ。
「ルーミアティ様のことを何も知らないのにそんなこと言う方が不敬ですよ」
「知らねぇよ。褒賞の話は終わったってことでいいのか? なら帰りたいんだが」
「むぅ、私の予定としては説明が終わる頃には夕方になっていて、夕食をご一緒した後、第二部のお話をするつもりだったんですが」
「予定より早く終わってよかったじゃないか。じゃあ帰るから」
腰を浮かせるシオン。カナリアは非常に不服そうだ。それでもシオンはこの世界のお貴族様の作法に付き合って微妙な味の食事をしても何にも楽しくないのでさっさと帰ることを選んだ。
「では、失礼させていただく」
「はぁい……」
「クリス、行くぞ」
クリスを伴い、不満気なカナリアを尻目にシオンはシグルーン家別邸を後にした。
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